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第八十七話 勝者の要求

 










 わぁぁっと大歓声が上がる。

 エリクとユーリの戦いが終わったということを、観客のアマゾネスたちが認めたのだ。


 そして、下馬評では圧倒的に優位であり、この闘技場最強の剣闘士であるユーリが新人であるエリクに下剋上されたということで、非常に盛り上がっていた。

 さらに、エリクの戦い方が血と汗にまみれた泥臭いものだったため、そういう戦い方が大好きなアマゾネスたちは大興奮である。


「…………」


 ユーリは首筋に当てられる剣を、どこか遠い所で感じるような錯覚に陥る。

 現実感がなかった。


 勝つ自信はあったし、事実、勝てた試合であった。

 おそらく、もう一度試合をやれと言われて戦えば、勝つのはユーリだろう。


 だが、彼は知らなかったのだ。エリクの異常性を。


「あんなこと、普通の人間ができるはずがない……」


 傷つきながらも前に進むことができる人間は、数こそ少なくとも存在するだろう。

 その傷の深浅にもよるが、それくらいの相手ならばユーリだって何度も戦ってきた。


 しかし、だ。情報の大部分を収拾する目を潰されても前に進める者は、いったいどれほどいるだろうか。

 しかも、付け加えるならばエリクは自らその目を差し出した。


 そんなこと、常識のある人間ができるはずはない。

 できるとしたら、頭のねじがいくつもぶっ飛んでしまった……。


「『狂戦士(バーサーカー)』……」


 自身の受ける痛みすらも喜びに代えて戦い続ける異常な戦士。

 エリクは、まさにその戦士だったのだ。


 人当たりの良さやコミュニケーション能力がしっかりとしていることから、ユーリはその噂を偽りであると切り捨ててしまった。

 だからこそ、ユーリは恐怖を抱いたのだ。


 全身から血を流し、片目を潰してもなお笑みを浮かべて剣を向けてくるその男に。

 また、ユーリが冷酷非道な男ではなかったということも、大きな敗因となっている。


 エリクと既知の間柄だから、人が良いことを知っているから、ユーリは戦いで手加減こそしていないものの、殺したくはないと思っていた。

 だから、エリクが自ら目を捨てた際に酷く動揺してしまい、剣を落としてしまったのだ。


 もし、対戦相手が彼でなく同情の余地のない凶悪犯罪者だったら……ユーリはそんなへまをしなかっただろう。

 エリクの異常性が初見だったということと、ユーリが甘さとも言える優しさを持っていたということが、大きな敗因となったのであった。


「……はぁ、負けたか……」


 ユーリは息を吐いて気持ちを切り替える。

 これで、また一つ闘技場からの脱出への道が遠くなり、必然的にマイン・ラートの首も先に行ってしまった。


 だが、これで終わりではない。

 また奮起して、その険しい道を歩み始めるだけだ。


「ユーリさん……」

「気にするな、エリク。俺が弱かっただけの話だ。それよりも、お前は一刻も早く治療を受けろ。かなり危険な状態だぞ」


 気遣うように声をかけてきたエリクに笑いかけ、ユーリは逆に彼を案じる。

 怪我の重さなどを見れば、自分よりも彼の方が明らかに危ない。


 とくに、背中の深い傷と片目の傷が危険だろう。

 背中や身体の傷はどうにか治せるだろうが、目の方は……絶望的だと言わざるを得ない。


 感触を直に得ていたユーリは、そう思っていた。


「……すまない。お前の目を、そんなことにしてしまって」


 ユーリは頭を下げる。

 片目を失うことは、これからの人生を送るうえで大きなハンデになるだろう。


 そして、勇者という荒事にも巻き込まれやすいであろうその立場で目を失うことは、非常に危険なことだ。

 望んでしたことではないとはいえ、ユーリは自分が頭を下げるのは当然だと思っていた。


「いえ。これは、私が望んでしたことですから」


 エリクはユーリを咎めることをしなかった。

 ニッコリと笑って、自分の欲望のためにしたと断言する。


 片目を失う激痛とこれからのハンディキャップのことを思うと、もはや立っていられなくなるほどの快感であった。

 とにかく、不様にここでビクンビクンする前に、ユーリの言う通りに治療という形で退場しなければ、とエリクが考えていた時であった。


「少し、いいかな?」


 エリクとユーリの前に現れたのは、ガブリエルであった。

 高い場所に設けられた特別席から、一気に二人の側までやってきた。


 彼女の身体能力の高さがうかがえる。


「何でしょうか?」

「ごめんね。すぐに治療が必要だと思うけど、今しておかなければならないこともあるから」


 ガブリエルは、エリクにそう言う。

 ……何だか、エリクを見る目が熱っぽいような感じがするのは気のせいだろうか?


「さて、この戦いはエリクくんの勝ちで異論はないかな?」

「……ああ。俺の負けだ」


 ガブリエルの確認に、ユーリは頷いた。

 それに満足そうに彼女も頷く。


「ということは、エリクくんは見事に下剋上を成し遂げたということだよ」


 ガブリエルの言葉に、観客のアマゾネスたちが大きな歓声を上げる。

 最強の剣闘士を新人が打ち倒すなんて壮大な下剋上は、ほとんど見られることのないことだ。


 血と闘争を好む彼女たちが大喜びするのも当然だろう。


「じゃあ、エリクくん。君にはそれ相応のお願いを言って、それを叶えられる権利が生まれたわけだ。君は、何を望む?」


 ガブリエルの問いかけに、観客たちが歓声を止めてシンと静まり返る。

 ユーリも目を向けて、考え込むエリクを見る。


 今、この闘技場にいる全ての人の視線が、彼に集中していた。


「(おそらく、この闘技場からの解放、だろうな)」


 ユーリはそう予想していた。

 この闘技場に放り込まれた剣闘士たちが望むのは、ほとんどがこの願いだろう。


 そして、それはガブリエルや観客たちもそうだと思っていた。

 とても駄々をこねそうな妹を縛り付けて降りてきていることから、ガブリエルはエリクの願いを叶える気が満々だった。


 拉致されてきたエリクを解放してあげたいという気持ちは強いし、解放されて当然だろう。

 最強の剣闘士であるユーリに勝てたことは、良い理由になる。


「(少し残念な気もするけど……こういう風に思ってしまうところが、アマゾネスのダメなところなんだよねぇ……)」


 心の内でそんなことを考えて苦笑いするガブリエル。

 血みどろになり、人体の重要な部位を破損しても、なお戦い続ける意思を持つエリク。


 彼の戦いをもっと見たいという気持ちを押さえつけ、彼の言葉を待つ。


「そうですね……」


 エリクは少し考えて、薄く笑って口を開いた。


「ここに不当に入れられている剣闘士の解放をお願いします」

「…………え?」


 私をここから解放してください、と言うかと思いきや、思いもしていなかった言葉にガブリエルは思わず聞き返してしまう。


「まず、私ですよね。それに、ユーリさん……もしかしたら、他にもそういうことでここに囚われている人がいるかもしれません。その人たちの解放が、私の望むところです」

「えーと……ちょっと待ってね」

「はい」


 ガブリエルは辺りを見渡してみる。

 近くにいたユーリもポカンと口を開けているし、観客たちもざわつきはじめた。


「どうして自分だけ解放してくれって言わないの?」


 それだったら、即決で了承することができたというのに。


「そうですね……。私も無理やりここに入れられたことで、同じ苦しみを持つ人の気持ちが分かってしまうんですよね。だからこそ、私一人だけさっさと抜け出すということができなくて……」

「うーん……」


 ここで、勇者の悪い部分が出てしまったのか。

 こういう状況では、自分だけでもさっさと抜け出すことが賢い選択なのだ。


 ガブリエルはエリクにその選択をしてほしかったのだが……利他慈善の勇者は、それでは満足できないらしい。


「やはり、難しいでしょうか?」

「うーん……ちょっとね。エリクくんだけだったらいいんだけど、たとえばユーリくんはこの闘技場最強の剣闘士なわけだから、あっさりと二人揃って解放ということを、他のアマゾネスたちが認めないと思うんだよね……」


 心情的には、二人揃って解放してあげたい。

 ユーリがそんな不当な理由でここに閉じ込められていることも、ガブリエルは今初めて知ったのだから。


 だが、ユーリは非常に人気がある。この試合一つで解放することになるのは、アマゾネスたちが認めないかもしれない。

 彼女たちを納得させるためには、もっと大きなことを成し遂げなければならない。


 ガブリエルがうんうんと悩んでいると……。


「ああ、でしたら、私がもっと戦えばいいんですね?」

「それはそうかもしれないけど……でも、最強の剣闘士に勝っちゃったわけだから、エリクくんの要求が通るまでにどれくらい試合をしないといけないか……」

「では、アマゾネスの方と戦わせてください」


 エリクの言葉に、闘技場が静まりかえった。

 ユーリとガブリエルは唖然とした表情をエリクに向けて、観客のアマゾネスたちも最初こそそのような顔を見せていたが、彼が何を言ったのか理解すると、まるで捕食者のようにニヤリと笑って舌なめずりをする者まで現れた。


「ば、馬鹿! 取り消せ! そんなこと、できるはずがないだろう!?」

「でも、そうするしかなさそうですし……。おそらく、一人のアマゾネスの方を倒しても納得いかないでしょうから、何人かのアマゾネスの方と連日連戦でどうでしょうか?」

「もう口を閉じろ! 馬鹿が! 俺のことはいいから、自分だけでもここから抜け出せ!!」


 ニコニコと笑いながらとんでもないことを言い続けるエリクの口を塞ごうとするユーリ。

 しかし、静まり返っていた闘技場では、エリクの言葉が広く響き渡っており、すでに遅かった。


『――――――!!!!』


 アマゾネスたちから、わっと歓声が上がった。

 舌なめずりをして、武器をうちあわせている者もいる。


 もはや、彼女たちの間では、エリクと誰が戦うかということで持ちきりであった。


「くっ……!」


 いくらエリクでも、アマゾネスと連日連戦を繰り広げていれば、間違いなく命を落としてしまう。

 そう思ったユーリは、アマゾネスの中では比較的まともそうなガブリエルの方を見て……。


「ふ、ふふふふふふ……っ」


 恍惚としたガブリエルの表情に、こいつもダメだったと察した。

 まともそうでも、彼女はアマゾネスたちの女王である。他のアマゾネスよりも欲が強くて当然だった。


 良識で今までそれを抑えてきたのだが、エリクの言葉で完全にふっ切れてしまったようだった。


「うん、そうだね。エリクくんがアマゾネスたちを何人か倒せば、君とユーリくんは解放してもいいと皆思うようになるだろうね」

「おお、本当ですか? それでは、私の申し出は……」

「うん、いいよ。それでいこうか」


 ガブリエルとエリクの会話に、ユーリは頭を抱える。


「そうだな……三人くらいにしようか。エリクくんが、三人のアマゾネスを倒せば、君たち二人と不当に捕まっている人……まあ、これはいないと思うけど、それらを解放しよう」

「ありがとうございます」

「でも、できるかな?」


 頭を下げるエリクに、ガブリエルは悪戯そうに微笑んで問いかける。


「アマゾネスは戦闘種族だよ? それに、エリクくんの戦いを見て、彼女たちの中でも強い戦士たちが戦いに名乗り出るに違いない。それでも、君は戦うの? 何だったら、今から願いを変えてもいいよ」


 これは、ガブリエルの優しさに聞こえる。

 しかし、ユーリはこの女王がどこか期待しているように問いかけていると分かった。


 彼女は答えてほしいのだ。こうして甘い餌を目の前に垂らされても……。


「いえ、険しい道であることは分かっています。それでも、私はあなたたちを倒して罪のない人たちを救いたい」

「~~~~っ!!」


 こうして強い目で、闘争を選んでほしかった。

 褐色の肌を赤くして、口をぎゅっと閉じてブルブルと震えるガブリエル。


 歓喜で身体を震わせていることに気づかなかったのは、エリクくらいであった。


「よし、わかった。君と戦う相手は、ちゃんと選んでおくからね。楽しみにしているよ、エリクくん。今回の戦い、かっこよかったよ。あたしも久しぶりに熱くなっちゃったくらいには、ね」


 ガブリエルは片目を閉じると、ひらひらと手を振って去って行った。


「お前は……なんということを……」


 ユーリはエリクの悲惨な未来を想像して頭を抱えてしまう。

 そして、肝心のエリクは……。


「(ふっ……計画通り、ですね……)」


 ニヤリと口角を上げていたのであった。



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