第八十一話 ユーリの事情
闘技場の戦場に立つ私。
しかし、私の想像していたものとは、少し違っていました。
まず、観客がとても少ないです。
そして、一つの戦いというわけではなく、闘技場の中で一度に一対一の戦いが複数行われるようでした。
私の前に立つ男は、ニヤニヤと嗜虐的に笑っています。
彼は、明らかに犯罪者といった風貌でした。人を見た目で判断するのはどうかと思いますが。
「くくっ、お前、本当に犯罪者か? そこらへんに歩いている一般人と同じような顔をしているぜ?」
まあ、そんなものですしね。私、犯罪者じゃありませんし。
「まあいい。お前をボコボコにして、ここから抜け出す踏み台にさせてもらうぜ」
「はじめ!!」
男の言葉が言い終わると同時に、戦闘開始となりました。
「うぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
大声を上げて突貫してくる男。
私は適度に痛めつけられようと考えながら、彼を迎え撃つのでした。
◆
「ほう、勝てたか」
「ユーリさん」
私が戦場から戻ってくると、ユーリさんが出迎えてくれました。
待っていてくれたのでしょうか? お優しい人ですね。
「多少傷を負っているようだが……治療を必要とするわけではないようだな」
ユーリさんは私の身体をさっと見た後、そう言いました。
そう、私の対戦相手の人は、あまり強い人ではありませんでした。残念です。
当然、傷も負いましたが、ミリヤムの回復魔法を要するような重傷ではありませんでした。
ここに、彼女がいないので頼ることはできませんが……。
「ここの医療設備は比較的整っているが、怪我は負わない方がいいのは当たり前だからな」
それは、どうでしょうか?
しかし、ミリヤムのように優れた回復をできる者は、やはりいないのでしょう。
彼女の能力の希少さが、改めて実感されます。
「そう言えば、ユーリさん。観客が、とても少ないように思えたのですが……」
「ああ、それも当然だろう。観客は、アマゾネスだからな」
ユーリさんの言葉に、疑問符を浮かべる私。
アマゾネスだから、観客が少なかった?
分かっていない私を悟ったのか、ユーリさんは丁寧に教えてくれます。
「良いか? アマゾネスが血と闘争を求めることは知っているだろう? しかし、それは質の良いものを求めている」
「質の、良さ……?」
オウム返しをする私に頷くユーリさん。
「そうだ。他の闘技場などでは、素人が右往左往しているのを見て楽しむ悪趣味な者たちもいるらしいが、アマゾネスたちはそんな者は求めていない。彼女たちが求めているのは、質の良い闘争……強者と強者の戦いだ」
「強者と強者……」
強者とドMは許容してくださるでしょうか……?
しかし、流石はアマゾネスですね。
「だから、闘技場に入ってばかり同士の者たちの戦いは、彼女たちの興味を引かなかったのだろう。これから、ランダムに初心者からベテランまでぶつかって行く。この闘技場でも名が知られた者と戦うことになれば、嫌でも注目されるさ」
なるほど、そういうことだったんですね。
おそらく、名の知られた強者同士の戦いになれば、私たちのように何組かが一斉に戦うなんてことはないはずです。
一対一の一組が、大勢のアマゾネスたちに見られながらの殺し合い……心躍りますねぇ。
大勢の観客がいる中で、他人からボコボコにされたいものです。
「そう言えば、生きて帰ってきたら話してやると言っていたな。食事をとりながらでも、いいか?」
ああ、そんなことも言っていましたね。
そう言えば、私も少しお腹がすきました。
いきなり拉致されて、その後はすぐに闘技場で戦わせられて……素晴らしい体験が続いたせいか、空腹が気にならなかったのです。
ユーリさんに誘導されるがまま、私は食事をとることになりました。
食事をとってきて食べ始め、少ししてからユーリさんは口を開きました。
「俺は、このラート領を治めるマイン・ラートの私兵団に入っていたんだ」
ユーリさんは、この領地の領主のことを敬称なしで呼びました。
彼が領主のことを、どう思っているかがこれだけで何となく把握できます。
「マインは軍事力の増強に力を入れていてな。まあ、あまり治安も良いとは言えない場所だから何とも言えないが、今になって考えると少し膨らませ過ぎな気もするな」
そう言われると、私の脳裏に浮かび上がるのは一人の貴族です。
ビリエル・ヘーグステット。彼もそれなりに大きな規模の私兵団を持っていました。
その私兵団で彼が何をしたかというと、ヴィレムセ王国と王族に対する反逆です。
あの時、私は少数だったために王族を逃がすという目的を果たすため、一人しんがりとして残り彼らと戦ったのです。
あの絶望的な戦いは、今思い出すだけでも興奮します。
マインという貴族も、そんなことをしでかしてくれると嬉しいのですが……まあ、そう何度も幸運は続きませんよね。
「話が逸れたな。とにかく、当時の俺はそこで必死に働いていたんだ。マインに仕えて、この領地を良くしようと、な。訓練も真剣に取り組んださ。そのおかげで、俺はまだこの闘技場で生き残ることができている」
皮肉気に笑うユーリさん。
顔が整っているから、様になりますね。
「俺が訓練に明け暮れている時、一人の女性と出会ったのはそんな時だった」
女性、ですか。
何だか、こういう話の時に出てくると、嫌な予感しかしませんね。
「俺は恥ずかしながら、その人に一目ぼれをしてしまってな。なけなしの勇気を振り絞って、彼女に話しかけたんだ」
恥ずかしそうに頬をかくユーリさん。
「幸いにも、その人も俺のことを好意的に見てくれたようで、それから交流が始まったんだ。交流を深めれば深めるほど、俺はその女性のことが好きになった。そして、プロポーズをしようと決めた、その日だった」
ユーリさんの顔が、険しくなりました。
「マインが、その女性のことを見初めたんだ。この領地では絶大な力を振るえる貴族だ。どういう結果になったか、想像するのは容易いだろう?」
「それは……直接的なものは見られたのですか?」
「いや。幸か不幸か、その場面を見る前に、俺という邪魔者がいることを悟ったマインは、ありもしない罪を吹っかけて俺をここに放り込んだんだ」
恋敵を処分したわけですね。
表現しきれないくらい悪辣な手を使っていますが。
「だから、いつの日か必ずここを出て、その報復をしてやる」
ユーリさんの言葉は静かでしたが、しかしそこに込められた強い意志は感じ取れました。
その意思と戦闘能力があるからこそ、この闘技場で激しい生存競争を勝ち抜けてきたんでしょうね。
「しかし、私にそんな話をしてよかったのですか?」
まだ、今日会ったばかりの間柄なんですが……。
「なに、別に隠すようなことでもないしな。それに、俺が領主を殺そうとしていると知ったとしても、これをどうやって奴に伝える?」
なるほど。ここから抜け出せる人は、ほとんどいないと言っていましたしね。
おそらく、マインという貴族もここには来ないのでしょう。
領の中にあるとはいえ、アマゾネスたちの街ですからね。
従えようとすれば、反旗を翻されてあっという間に滅ぼされてしまうでしょう。
マインはそれを危惧しているからこそ大きな私兵団を抱えているのでしょうが、アマゾネスは生粋の戦闘種族です。数の差がとてつもないものでない限り、どうこうすることはできないでしょう。
「そうですね……。私にできることはありませんが、ささやかながら応援させていただきます」
「そうか。……だが、もし俺と当たることになっても、わざと負けるなんてことはするなよ?」
「もちろんです。私にも、待っているであろう人はいますから」
ミリヤム、デボラ、エレオノーラさん。少なくとも、彼女たちは私の帰りを待っていてくれているはずです。
ミリヤムは私のかけがえのないパートナーですし、デボラは忠節の騎士兼冒険の供兼爆発によるストレス発散対象という役目を私に与えています。
エレオノーラさんは加虐性の発散する相手が、不死の私です。
……三人とも、私をいらないと考えていたら……それはそれで興奮するのでありですね。
「ふっ。そういう目をしている間は、死ぬことはないだろう。ではな」
ユーリさんはふっと笑って去って行きました。
私に色々なことを教えてくれて、ありがとうございました。
……そう言えば、彼はどこに戻って行ったのでしょう?
確か、剣闘士は何人かと同じ部屋で過ごすはずなのですが……。
「よー、新人。お前、凄い相手と対等に話せんだな」
「はい?」
疑問に思っていると、私たちを見ていたのであろう剣闘士の方が話しかけてきました。
「凄い相手、とは?」
「あん? ああ、お前、新人だから知らねえのか」
凄い相手……ユーリさんのことでしょう。
彼は自分で長くここで生きていると言っていましたし、確かに凄いのでしょうが……。
「あいつ、確か49連勝していたんじゃねえか? アマゾネスを相手にしても、2人くらいに勝っているしな。今この闘技場で最強の剣闘士は、間違いなくあいつだよ」
「なんと……」
私の想像以上でした。
ユーリさんは、そんなに強かったのですか。
というか、それだけ勝っていても、なおここから抜け出せないのですか?
まあ、それだけ強い人なのだから、アマゾネスが離したくないのかもしれませんが……。
「アマゾネスから身請けの話もきているらしいが、自力で脱出したいんだとよ。まあ、アマゾネスに身請けされて抜け出せても、そいつの所有物になるから自由にはなれねえからな。それでも、こんな所から抜け出せるんだったら、喜んで買われるもんだぜ、普通」
ユーリさんは、この領地の主であるマインに報復がしたいからこそ、完全に自由の身になろうとしているのでしょう。
……彼の強い意志を感じられて、思わず身体を震わせてしまいました。
彼と勝負をするときが、楽しみで仕方ありません。
「俺だったら、ほいほい身請けされるぜ。だって、アマゾネスってエロいもんなぁ! あんな露出度が高くて美人な連中に買われるとか、まさに男冥利に尽きるぜ!!」
少し、眠くなってきました。
私は何やら言っている彼をおいて、あてがわれた部屋に向かうのでした。