第八十話 ユーリ・ヴァレンニコフ
私は男性に引き連れられて歩いていました。
これは……新人歓迎(物理)というものでしょうか?
ふっ……幸先がいいですねぇ。
どこか人目につかない場所に連れて行かれて、そこでは何人かの仲間が待っていて私をリンチするということですね、わかります。
さあ、どんな場所なんでしょうか!
ウキウキで彼の後ろについて行っていた私ですが、着いた場所はむしろ人が多い場所でした。
「ここは……?」
「食堂だ。ここで、俺たち剣闘士は食事をとる。簡単なものでも食べながら、少し話に付き合ってくれないか? なに、ここは俺のおごりだ」
食堂……? ここで私をリンチしてくださるのですか?
流石の私も、飲食をする場所で血を流すのはどうかと思うのですが……。
「さ、座ってくれ」
「ああ、どうも」
空いていた席に座ります。
……知っていましたよ、もうリンチがないことくらいは。
私も成長しているんです。
「それで、話とは?」
「ああ。まずは自己紹介からさせてもらおう。俺の名はユーリ・ヴァレンニコフ。ここで剣闘士をさせられている」
させられている、ということは、この男性――――ユーリさんも望んでここにいるというわけではないようですね。
私は全然自分から飛びこみたいくらいです。
「これはご丁寧に。私はエリクといいます」
「エリク……確かこの国の勇者がそんな名前だったような……」
「ええ、僭越ながら、レイ王に任命されています」
私がそう言うと、驚いたように目を丸くします。
しかし、私の名前はこの闘技場にまで届いているんですね。
そう言えば、アンネさんも私のことを知って襲い掛かってきたようですし……ふふ、アマゾネスの皆さんに求められるとは、光栄ですよね。ボコボコにしてくれそうです。
「なに? 勇者が何故このような所に……」
「誘拐されまして……」
「何があったんだ……」
私の言葉に唖然とするユーリさん。
いきなり背後から後頭部を打ち付けられただけです。
「だが、やはりそうか」
「やはり、とは?」
誘拐されることが、頻繁にあるのでしょうか?
「お前は他の者たちと違って、犯罪者の雰囲気や目ではなかった。欲に満ち溢れたギラギラとしたものではなかった。そういう者たちは、そもそも話ができないからな。だから、お前を選んだんだ」
なるほど、そうだったのですか。
しかし、私の内面はM的な欲望で満ち満ちているのですが……それは見通せていないようですねぇ。
「私を選んでくださったのは光栄ですが、そもそもラート領に住んでいるわけではなく、たまたま通っている時に誘拐されたものですから、この領地のことをほとんど知らないのです。申し訳ありませんが、もし最近の領地のことを聞きたいのであれば、役に立てそうにありません」
「そうか……。いや、大丈夫だ」
ユーリさんはうっすらと微笑みますが、少し落胆した様子です。
「俺からは聞けないが、お前から何か聞きたいことはないか? 俺はこれでもここに長いこといるからな。大体のことは分かるぞ」
ユーリさんは私を気遣ってくれてか、そう言葉をかけてくれました。
なんと……それはありがたいです。
「では、そもそもの話なのですが、ここはなんでしょうか?」
「そうだな……。まず、ここはラートという貴族が治める領地の中にある。アマゾネスたちはそこに街を作り、暮らしている。ここは、アマゾネスたちの最大の娯楽施設ということだ」
「娯楽施設、ですか……?」
闘技場というものは、人間の国や街にもいくつか存在しています。
ですから、アマゾネスが特別だというわけではないのですが……しかし、まさか私がここに参加できるとは思いませんでした。
人生、何があるかわからないものですね。
「そうだ、娯楽施設だ。アマゾネスの種族としての特性は知っているだろう? 血と闘争を心から好む女戦士たちだ」
「ええ」
ここに来る途中、アンネさんもニコニコと笑いながらそんなことを言っていましたね。
彼女のようなとっつきやすそうで愛想も良い子でも、血なまぐさい戦いを求めているということはなかなかに衝撃的ですね。
まあ、血まみれにされることは大好きですけど。
「ここでは、自ら参戦する者や、ラート領でそれ相応の罪を犯した者が送られてくる。そして、血みどろの戦いを繰り広げるというわけだ。まあ、俺もアマゾネスに誘拐されて放り込まれたなんて者は初めて見たが」
「恐縮です」
「……恐縮するところか?」
なるほど、これが刑罰に匹敵するということですか。
確かに、犯罪者同士を殺し合いさせるということは、手間もかからないですし重い罰を与えることできますね。
そんな所に、別に何もしていないのに放り込まれた私の快感は……!
「ここで、アマゾネスたちに認められるような試合を何度もしていれば、ここから抜け出すことができる。究極的に剣闘士たちの目指すものだが……まあ、そんなことができたのは両手の指で数えられる程度しか存在しない。俺が来てからも、一人も抜け出した者はいない」
「なんと……」
皆、死んでいっているということですか。素晴らしい……まさに、私の求める理想郷がここに……。
「だが、俺は何としてもここから脱出しなければならない。何をしようとも、だ」
ユーリさんの目は、強い意志を秘めているように思えました。
先ほど先輩たちと顔合わせをしたわけですが、彼のように強い脱出への執着心を持っていた人はいるのでしょうか?
私には、弱者をいたぶろうとする素晴らしい……もとい妥協しているような印象を受けました。
もうここから逃げ出すことはできない、どうしようもない。だから、せめて楽しんでやろう。
そんな感じを受けました。
それが悪いことか良いことかはさておき、ユーリさんのように考えている人は少ないのかもしれません。
「……何故あなたがここにいるのか、聞いてもいいですか?」
私はユーリさんにそう問いかけました。
彼はとてもじゃありませんが、罪を犯して送り込まれたとは思えないんです。
まあ、あまり興味はないのですが、これが彼にとって触れてほしくない部分であるならば、怒りを以て私を痛めつけてほしい。そう思って問いかけてみました。
「そうだな……」
ユーリさんが答えてくれようとした、その時でした。
「エリク! エリクという新入りはいねえか!? 早速出番だぞ!!」
私の名前が呼ばれたのでした。
出番、ですか……入ってきてまだ数時間も経っていないのですが……理不尽ですね。
しかも、私は犯罪者じゃないのですが……。
「……生きて帰ってこられたら、教えてやろう。だから、死ぬんじゃないぞ。お前みたいに穏やかで話が通じる者は、珍しいからな」
「了解しました」
ふっと笑うユーリさんに、私も笑みを返します。
何か、目の前の生きる目標があった方が、人は生きる確率が高いのかもしれません。
ユーリさんはそのような意図を持って言ってくれたのかもしれませんが……。
さてはて、早速痛めつけられに行きましょうかね。
私は呼び出しをした男の後ろを付いて行きながら、そう考えるのでした。