第八話 オラース王子
デボラ王女が「ちょっと外で待っていて!」と言うので、扉の前で待たされている私とミリヤム。
私はというと、ミリヤムの回復魔法のおかげで自分の足で立つことができるようになっていました。
相変わらず、彼女の回復魔法は凄まじい効力ですね。
痛みをも与えてしまうという重大な欠点さえなければ、ミリヤムはどれほど多くの人々を救っていたでしょう。
しかし、このデメリットのせいで、受けられるのは私だけだという悲しい現実が……。
まあ、彼女が誰でも治せる完全無欠の回復魔法使いであれば、レイ王にでも召し抱えられて私と共に旅をすることもできなくなっていたでしょうから……。
「……ごめんね、エリク」
「はい?」
突然、隣にいるミリヤムが謝罪をしてきました。
うーむ……謝られるようなことがあったでしょうか?
私が感謝する必要はありましたが……。
「私のせいで、またあなたが傷ついちゃった……」
眉尻を下げてシュンとするミリヤム。
……まあ、確かにミリヤムと口論になった結果、デボラ王女の癇癪が起こったのでしょうけれど。
「ふっ、いいんですよ。ミリヤムは私のためにデボラ王女と言い争ってくれたんですよね?それだけで、私は嬉しいんですよ?」
そう、ミリヤムは私のために怒ってくれたのです。
嬉しさこそあれど、彼女に対する怒りなどは微塵もありません。
彼女を庇うことで、私も爆発を受けることができましたからね。
まさに、至れり尽くせりでした。
「そ、そうだけど……。でも、やっぱり私があなたの側にいたらまたあなたが傷ついてしまう。それだったら……」
目に涙を溜めて恐ろしいことをのたまうミリヤム。
こ、これから先の言葉を予想するのは至極簡単であり、そんなことは決して認められません!
「ミリヤム!!」
「な、なに!?」
私はこれまでにないくらい強い口調で彼女の名前を呼びます。
そして、彼女の肩もがっしりと掴んで、私の方を向けさせます。
今までにないほどの私の強い感情を受けて、ミリヤムは目を白黒とさせています。
しかし、私が必死になるのも当然。
もし、ここでミリヤムが離脱してしまえば、私はあのすばらしき回復魔法を受けることができなくなるのです。
そんなの、ダメ、絶対。
「私にはあなたが必要なんです」
「…………ッ!?」
しばらくポカンとしていましたが、ボッと一気に顔を赤らめました。
なかなか強い口説き文句だとは思いますが、私にとってのミリヤムとはそのような存在なのです。
「私はあなたと旅がしたい。あなたとなら、どのような苦難も乗り越えていけるのです」
「え、ええええエリク……!?」
あわわわわわと口を動かすミリヤム。
私は彼女と以外なんて旅はできないのです。
回復させる過程で激痛を与えてくれる回復魔法使いなんて、彼女以外にいるでしょうか?いえいません。
それに、回復能力は凄まじいものです。痛みにさえ耐えれば、死んでいなければ回復させてくれるのですから。
もちろん、この子の優しい性格も大好きですが、私的にはもう少し私に厳しくしてくれてもいいとは思います。
「だから、悲しいことは言わないでください……」
「……ごめん」
ミリヤムが私の元を去ってしまったときのことを想像してしまい、落ち込んでしまいます。
もし、そうなったらしばらくはへこむでしょうね……。
……去られる快感はどれほどなのでしょうか。
「そ、その、エリク……私――――――」
ミリヤムが私に何かを言おうとしているようです。
どこか決心したように強い表情を浮かべ、私の目をじっと見てきます。
私も彼女の言葉を待っていると……。
「うん?そこにいるのは……」
「おや……」
別のところから声が聞こえてきました。
聞き覚えのある声音に振り向くと……。
「勇者殿、久しいな」
整った顔立ちの青年が、人当たりの良さそうな笑みを浮かべて近づいてきました。
簡易的な鎧を身に着けたこの青年のことを、私は知っていました。
「これはこれは……オラース王子ではありませんか。お元気でしたか?」
「ああ、お前も……いや、元気なはずがないな」
オラース王子。この国の王子であり、王位継承権は第一位だったはずです。
そもそも、レイ王の子供はそれほど多くないと聞いていますが。
彼は私を見て、申し訳なさそうに一瞬眉を顰めます。
「ミリヤムも久しいな」
「…………はい、お久しぶりです」
オラース王子はミリヤムにも声をかけますが、大分間が空いてから彼女は答えます。
基本的に無表情な時が多いミリヤムですが、今はムッとしている感が出ていますね。
「ふっ……残念ながら、俺は嫌われているらしいな」
「いえいえ、そんなことは……」
割と王子には失礼な態度だったというのに、オラース王子は苦笑するだけで済ませてしまいます。
くっ……ここはもっと怒るとか……!
それにしても、ミリヤムは確かに王族を嫌っている感じがありますが、オラース王子にはそれほどでもなかったような記憶だったのですが……。
彼のことも嫌いになったのでしょうか?
奇遇なことに、私もあまり好きではないんですよねぇ……。
「しかし、それも当然だろうな。お前たちに……とくに、勇者殿には父上がかなりの無理難題を言いつけていると聞く。本当にすまない」
オラース王子は驚いたことに、私に向かって少し頭を下げます。
そう、私があまり好きになれないのは、こういうところです。
オラース王子は、本当にレイ王と血がつながっているのかと疑いたくなるほど清廉潔白の良い王子なのです。
この国ではレイ王や『癇癪姫』と呼ばれるデボラ王女に対しては畏怖と嫌悪を向ける人々が多いのですが、オラース王子の評価はかなり高いのです。
それが、私のような者にも頭を下げる性格の良さからきているのです。
……違うでしょう。王子とは、そういうものではないでしょう!
「いえいえ。私も故郷を助けていただいているのです。ギブ&テイクというやつですよ」
「……そう言ってくれると助かる。俺からも、父上に勇者殿の待遇の改善を進言しておく」
いえ、お構いなく。
くっ……相変わらず人道的な王子ですね、この人は!
もっと、わけがわからないくらいむちゃくちゃな要求をしてくるレイ王や、癇癪で人の身体を爆破してくるデボラ王女を見習っていただきたい!
「そう言えば、勇者殿たちはどうしてここに?父上の理不尽で、またあちらこちらに飛ばされていたと思っていたのだが……」
私は勇者という肩書がありますが、この王城にやってくることなんてほとんどありません。
レイ王や貴族は、私のことを下賤な庶民だという見方をしているでしょうから。
……そんな人たちにこき使われる……いいですねぇ……。
「ははっ、理不尽かどうかは分かりませんが、確かにさまざまな所に行かせてもらいましたねぇ」
デボラ王女のわがままで連れ戻されました、なんてことを言えばこのできた王子であるオラース王子はまた騒ぎだしそうなので、私は曖昧な笑みを浮かべて誤魔化すことにしました。
そんな私をじーっと咎めるように見ていたミリヤムは……。
「……今日は、デボラ王女のおねだりで、レイ王がエリクを呼び出したそうです」
「あっ……」
あっさりばらしちゃいました。
み、ミリヤム……?
「な、なにぃっ!?」
「おっまたせー!」
驚愕すると同時に、勢いよく開かれる扉。
中から、元気にデボラ王女が飛び出してきたのでした。