第七十八話 拉致
「う、ぅ……」
ふーっと意識が再浮上していくのを実感します。
まあ、持久力はなかなかのものがありますから、後頭部に一撃を食らったところで長い間気絶するような軟な男ではありません。
ズキズキと痛む後頭部に快感を覚えながら、まだかすむ視界から情報を得ようとします。
ごとごとと身体ごと揺らされる感覚、そして流れていく景色。
私は、馬車か何かに乗せられて移動しているのでしょうか。
「まったく……急にどこかに走って行くから、驚いたじゃないか。ちゃんと報告しなよ」
「ごめーん。でもさ、噂に聞いていた人がそこにいたんだよ? アマゾネスとしては、後先考えずに突っ込んでも仕方ないでしょ?」
「何でも種族性のせいにするんじゃないよ」
近くから、そんな二人の女性の会話が聞こえてきました。
一人は呆れたような、一人は謝罪しつつも悪いとは思っていないような声音です。
しかし、驚くべき場所はそこではありません。
彼女たち、今アマゾネスと言いましたか?
あの、いつかお会いしてボコボコにしてほしいと思っていた……?
「あ、目を覚ました?」
「っ!」
私が期待していると、ひょこっと女性の顔が目の前に現れました。
クリクリとした大きな目と、褐色の肌が特徴的な女性です。
褐色の肌……それは、まさしくアマゾネスの特徴そのものですね。
「ええと……」
「あ、もしかして頭がまだ痛い? ごめんね。でも、欲しかった人がそこにいたから、つい強引にしちゃったんだ」
色々と聞きたいことがあります。
たとえば、あなたが誰なのか、ここはどこなのか、どこに向かっているのか。
しかし、それを聞く前に目の前の女性が申し訳なさそうに謝罪してきました。
シュンと落ち込む様子は、悪いことをして咎められた少女のようです。
うーむ……いきなり後頭部を殴りつけて気絶させてくるようなことをするのであれば、もっと理不尽な性格をしてくれた方が嬉しかったですねぇ……。
「アンネ。いきなり謝られたって、勇者からすれば意味が分からないよ。ちゃんと説明してやらないと」
「あー! そっかそっか。ごめんね!」
目の前の少女は、アンネさんですか。
彼女をたしなめた女性は、馬を操っていました。
「悪いね、勇者様。今、アタイたちはあんたを誘拐させてもらっているよ」
「はぁ……」
悪びれもなくはっきりと言われてしまうので、そんな気の抜けた言葉しか発せませんでした。
すると、その女性から呆れたような目を向けられます。
その肌はアンネさんと同じく褐色ですが、顔つきは彼女よりもキリッとしている強気な印象を受けます。
アンネさんは、愛想の良い感じでした。
「あんた、誘拐されてんだよ? もう少し、『止めろ!』とか『どういうつもりだ!』とか言えないのかい?」
「理不尽なことには慣れていますから」
「はぁ?」
レイ王からの命令に比べれば、頭部に一撃を食らって誘拐なんて優しいものです。
これくらいの理不尽、少しくらいしか快感を得ませんとも!
「もー。どうでもいい話はいいよ、カタリーナ。それよりもさ、あたし、聞きたいことがあるんだけど」
「はい?」
私を誘拐していることがどうでもいいとは……アンネさんも、なかなかに理不尽な気があるようですね……ありがたいことです。
しかし、馬を操っている方の名前はカタリーナさんと言うんですね。
「ねえねえ。君、本当に勇者なの?」
「ええ、まあ。レイ王から任命されて、今代の勇者ということになります」
「やっぱりぃ!? うーん……でもなぁ……。何だか、噂で聞いていたのと少し違うような……」
目を輝かせますが、また悩む表情に変わります。
アンネさんは、表情豊かなんですね。デボラを思い出します。
「利他慈善の勇者、『守護者』、『狂戦士』。大層な二つ名がたくさんついているけど、それほどでもないって言いたいんだろ?」
「そう! あたしの攻撃、避けられなかったでしょ?」
なかなか酷いですねぇ。
とはいえ、私は本当にそんな大層な二つ名をつけられるような実力はありませんからね。
ただ、死なないというだけであって、戦闘能力は大したことありません。
「そうですね。鋭い攻撃で、避ける暇もありませんでした」
「えへへ」
照れたように笑うアンネさん。
やったことは、背後から頭部を出血するほど強く殴りつける危険な犯罪行為なんですが、まるで子供が褒められたような反応……不思議ですねぇ。
「なにのんきな会話をしているんだい、まったく……」
はぁっと呆れたようなため息を吐くカタリーナさん。
アンネさんと彼女の間柄というものが、なんとなく想像できますね。
「そう言えば、何故私を殴りつけて誘拐したんですか?」
「うん? それはもちろん、闘争のためだよ!」
私が聞けば、アンネさんがニッコリと笑って言いました。
口からでてきた言葉は、太陽のような笑みとは比べ物にならないくらい危険なものでしたが。
「あんた、後ろを見てみな」
少し唖然としていると、カタリーナさんが含み笑いをしながら後ろを見るよう促してきます。
振り返ると、私たちを乗せる馬車に牽かれるような形で檻が追随していました。
そして、そこにはいかにも屈強で粗暴そうな男たちが閉じ込められているではありませんか。
「あの人たちは……」
「犯罪者たちだよー。これから、血と闘争の凄く良い場所に送られるんだ!」
アンネさんはニッコリと笑って教えてくれます。
うーん……とても良い場所に聞こえますねぇ……。
「あんたは罪を犯したわけじゃないから、本当ならアタイたちの場所に連れてこられるなんてことはないんだけどね。アンネに捕まっちまったんだ、諦めな」
「えへへ、ごめんね」
なんと……これはなかなかいい理不尽ですよ。
少し快感を得てしまいました。
「もしかしたら死んじゃうかもだけど、あたしは君に凄く期待しているんだよ、勇者! あんなに凄い噂があるんだから、やっぱり只者ではないと思うんだよね! 死んじゃわないように、頑張ってね!」
「アタイはアンネみたいに期待していないけどね。線は細い方だし、とても強そうには見えないね」
「もぉ、そんなこと言ったらダメだよ、カタリーナ。人は見た目に寄らないんだからね」
好き勝手言ってくれる二人に、私もゾクゾクきてしまいます。
死んでしまうかもしれないような場所に送り込まれるんですか……。
犯罪者が送り込まれるような場所ということは、それはかなり厳しいところなのでしょう。
そんな場所に、何も悪いことをしていない私が理不尽に放り込まれるとは……素晴らしいですね!
「あたしたちアマゾネスは、強い人が好きなんだ。だから、勇者には凄く期待しているんだよ?」
アンネさんが顔を近づけてきて、うっすらと微笑む。
その姿は、快活で愛想の良い彼女とは思えないような色気がありました。
そして、口を近づけてきて、ぽつりとつぶやきます。
「弱かったら、嫌だからね?」
ゾクリと背筋に冷たいものが走りました。
これが、アマゾネス。血と闘争を好む戦闘種族。
……いいですねぇ……。
「……さ、そろそろ着くよ。あんたも降りる準備をしな」
カタリーナさんの言葉に顔を上げます。
前方には、規模の大きそうな街並みが見えてきました。
そして、何よりも目を引くのは中心地にありそうな巨大な闘技場です。
それなりに離れているここからでも見られるということは、かなり大きいのでしょう。
「あそこが、あたしたちの街だよ!」
アンネさんが、顔を近づけてきて教えてくれます。
戦闘種族アマゾネスたちのいる危険な街に、私は拉致されていたのでした。