第七十七話 いつも通りの二人
「あー、楽しかったぁ」
私の前を歩くデボラが、そう楽しそうに破顔しながら呟きました。
長くてふわふわとした髪を揺らしながら、本当に楽しそうです。
「それはよかったですね」
「うん! お城に引きこもって勉強ばかりじゃあ、退屈で死にそうになるんだよねぇ。とくに、エリクと冒険する楽しさを知ってしまったから、なおさらだよ」
振り返って、私を見上げて微笑むデボラ。
その可愛らしい笑顔を見る限り、彼女が『癇癪姫』と恐れられ忌み嫌われているとは思えません。
まあ、最近では親しみやすさが生まれたためか、それほど避けられているというわけではないようですが……。
今日は、デボラに引き連れられて、彼女の言う冒険をしていました。
実際は、レイ王が苦虫をかみつぶしたような苦々しい顔をしながら与えてくる依頼を達成しているような形です。
しかし、デボラが私たちと行動を共にするようになってから、かの王から明らかに無茶な依頼はほとんどなくなりました。
愛する娘を失うわけにはいかないからでしょう。
逆に言えば、私たちのことはろくに考えてくれていなかったということです。嬉しい。
時折、デボラがいないときに理不尽な命令をくださるのですが……頻度は大幅に減ったので少し寂しいです。
まあ、彼女がとても楽しそうにしているのは、彼女の忠節の騎士としては嬉しい限りです。
「……退屈で死ねたらいいのに」
ボソリと呟くミリヤム。
後ろの髪を一つにまとめた物静かな彼女は、小さいながらも敵意がたっぷりと込められた言葉を吐くのでした。
当然、耳ざといデボラが聞き逃すはずもありません。
ギロリとミリヤムを睨みつけます。
その小柄な体躯からは想像もできないほどの威圧感。流石はヴィレムセ王国の王族と言えるでしょうか。
「はぁ? 何か言った? エリクの腰ぎんちゃく。声も小さいし、ろくに役に立たなかったから、いたことにも気づかなかったよ」
ぷふーっと口元に手を当ててミリヤムを嘲笑するデボラ。
確かに、ミリヤムは戦闘能力がないため荒事では活躍できませんが、その後の回復などでは大活躍をしてくれるんですよ。
とはいえ、激痛を伴う回復なので、万全に受けることができるのはドMな私くらいなのですが。
「いえ、聞こえなかったらいいです。この国の王族は、民の声も聞こえない耳が遠い人ばかりですから、仕方ないです」
ミリヤムも負けていません。
殴られたらカウンターをお見舞いします。
「……ほんっと、君って怖いもの知らずだよねぇ。僕が王族って分かっているの? 処刑してあげようか」
私を処刑していただきたい。
「……自身で掴みとったものではない地位にふんぞり返っていて、それが王族としてのあるべき姿ですか? そんな国、私は御免です」
私は大歓迎です。
「君のこと、やっぱり嫌いだなぁ」
「お互い様ですね」
二人揃って、ニッコリと微笑みあいます。
もちろん、友好的な意味での笑みではなく、敵意と殺意で満ち満ちた笑みでしたが。
そんな二人の間に立たされる私……二人の視線が心地いいです……。
しかし、二人は本当に仲が悪いですねぇ。
二人仲良くして私を痛めつけてくれた方が嬉しいのですが……。
とはいえ、致命的なまでに仲が悪いのではないのではないかと、私は勝手に思っています。
というのも、デボラが本当にミリヤムを処刑したり投獄したりしようとはしないからです。
事実、ミリヤムのような口の利き方をしていれば、本当に投獄されても不思議ではありません。
だというのに、一度もそんなことになったことはありません。
ということは、デボラもミリヤムのことを認めているということではないでしょうか?
彼女も今まで腫れもの扱いをされてきており、ミリヤムのように遠慮なくずけずけと言ってくる存在が貴重なのでしょう。
「……エリクのパートナーじゃなかったら、さっさと爆殺していたのになぁ」
「……本当に王族って嫌い」
なんだかんだいって、二人は仲良しなのかもしれません。
「あーあ。せっかく久しぶりにエリクと行動できると思ったのに、お邪魔虫がいて嫌だなぁ。何だか、最近ごっつい騎士とエリクはイチャイチャしているし。あいつも嫌だなぁ」
「イチャイチャはしていませんが……」
デボラが頬を膨らませて不平を言うのは、エレオノーラさんのことでしょう。
黒い髪を短くおかっぱに切りそろえ、キリッとした顔立ちの騎士。
装備の鎧や武器が厳ついことから、デボラはそう言うのでしょう。
「デボラ王女と同じなのは嫌だけど、最近エリクはエレオノーラさんと仲良しすぎる気がする」
「えぇ……そうですか?」
ミリヤムも不承不承というような感じでですが、デボラと同じような意見を言います。
そんなことはありませんが……。
私は、今頃王都で治安活動にあたっているであろうエレオノーラさんを思い浮かべます。
私が彼女とイチャイチャなんて、したことはないと思いますが……。
というより、イチャイチャなんてことをするよりも、私はボコボコになりたいのです。
「確かに、この後会う約束はしていますが……」
もちろん、それも男女の仲を深めようとするような待ち合わせではありません。
エレオノーラさんの加虐性を抑えるため、模擬戦をするための待ち合わせなのです。
彼女は自身の加虐性と向き直り、改善しようと努力しています。
悪人に対しても、ちょっとボコる程度で押さえていますので、我慢できない部分が出てきます。
それを、私との模擬戦で発散するのです。
そうなると、模擬戦とは言えないような本気の戦闘になり、実力差のある私はボコボコにされて……まさに、両者が願ったりかなったりの関係なのです。
だからこそ、ミリヤムやデボラの言うような関係ではないのですが……。
「でも、その後飲みに行ったりするでしょ?」
「ええ、まあ……お疲れ様、という形で……」
「そこなんだよねぇ……」
ミリヤムの質問に頷けば、デボラが不審そうに私を見ます。
……いえ、別に何もないですけど? お疲れ様会は、大体誰でもやるものではないでしょうか?
飲みに行くと、大抵エレオノーラさんが酔っぱらってしまい、何かしらの攻撃を仕掛けてくれるので欠かせません。
肉厚なお尻による顔面騎乗を代表例として、私のMをくすぐってくれるのです。
あの窒息寸前の感覚……素晴らしかったです。
「はぁ……まったく、エリクの周りには変な奴しかいないよね。僕の騎士なんだから、少しは選んだ方がいいと思うけどな」
「そうですね。王女のくせに、危険な冒険好きなロリとか」
「あ?」
「…………」
また空気が張りつめました。良い。
ギロリと睨み合う二人。もはや、私のことは蚊帳の外です。
無視される感覚……結構いいですね……。
しかし、このままだと、なかなか王都に戻れませんね。
レイ王からの命令は達成しているので、早く帰るべきなのでしょうが……。
「あ、そう言えば……」
ここに来るまでに、確か果実が生っていた木があったはずです。
そこから果物を拝借して、彼女たちに渡しましょうか。
多分、甘い物は好きでしょうし、少しは空気が和らぐでしょう。
私としてはギスギスした空間に閉じ込められるのも好きなのですが、ミリヤムとデボラが致命的なまでに仲が悪くなってしまうのは、それは少し危ないような気がします。
私は彼女たちから離れて、早速果実を採りに行きました。
つい先ほど通り過ぎたということもあって、すぐにそれは見つかりました。
「さて、どうやって採りましょうか」
木登り……は木の太さが足りないような気がするので、石を投げてぶつけて落としましょうか。
そう考えた私は、早速近くにあった石を拾い上げようとして……。
「見ーっけた!」
「はい?」
そんな朗らかな女性の声を聞きました。
デボラでもなく、ミリヤムでもない声音に振り向こうとして……。
「がっ……!?」
頭に強い衝撃を受けて、私は倒れこんでしまいました。
倒れ行く中、私の頭から出血しているのが目の端で捉えられました。
そして、倒れた後に目の前に来たのは褐色の脚。
……え、何ですか、この素晴らしい展開は?
私は頭部の激痛をかみしめながら、意識を少し飛ばすのでした。
◆
「ちっ。鬱陶しいな、君は」
「お互い様ですね」
デボラとミリヤムは睨み合う。
その敵意と殺意は本物だ。エリクがいなければ、デボラはミリヤムを爆殺していただろうし、ミリヤムも何かしらの手段を講じてきていたに違いない。
エリク関連で恐ろしく仲が悪く、激しい対立をしている二人であったが……。
「……あれ? エリクは?」
「…………っ!」
デボラがポツリと呟き、ミリヤムもハッと辺りを見渡す。
そこには、いつも苦笑いしながら二人の間を取り持っていたエリクの姿はなかった。
「……エリク?」