第七十六話 剣闘
『わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!』
大歓声が、私の頭上で響き渡ります。
立っている大地が、その声量と熱気で揺れると錯覚するほどのものでした。
耳を圧迫するこの音……全て私を罵倒するようなものであれば、どれほど歓喜できたでしょうか。
しかし、あながち現在の状況と異なっているというわけではありません。
おそらく、今私を見ている彼女たちは、私ではなく前に立つ男を応援しているでしょうから。
私の敵というほどではありませんが、決して味方ではないのです。
「……大歓声だな」
私の前に立つ男――――ユーリ・ヴァレンニコフは観客たちを見まわして、そう話しかけてきました。
「そうですね。どれも、あなたの活躍を期待するものでしょう、ユーリさん」
「ふっ……かもしれんな。俺はここに縛り付けられてから長い。お前はまだ来て間もないからな」
皮肉気に微笑むユーリさん。
「私は自らの意思で来たわけではないのですが……」
「仕方ないさ。あいつらは、そういうやつらなんだ」
改めて私たちの周りを囲む観客席を見るユーリさん。
よく彼が浮かばせている苦笑いではなく、どこか諦めの感情が浮かんでいるような気がした。
ユーリさんは、私がここに拉致されるずっと前からここで戦ってきたのです。どれほど羨まし……もとい過酷な経験をしてきたのか……。
想像しただけで羨ましくてはち切れそうです。
「だから、お前とも戦わなければならない、エリク」
スラリと剣を抜き放つユーリさん。
その鋭い目は、私を攻撃することにもはやためらいはないことを伝えてきます。
その刀身はとても細くて頼りなく見えますが、こんな危険な場所で長年生き延びることができていたことは事実であり、油断することはできません。
まあ、油断しなくともズタズタにされるのでしょうが。
どれほど親しい間柄でも、この場に立てば命を取り合う関係に変貌します。
その切り替えができることで、ユーリさんは生き残ってきたのでしょう。
「ええ、分かっています」
私としても、顔見知りからボコボコにされることはやぶさかではありません。
剣を抜き放ち、ユーリさんと対峙します。
そうすると、さらに観客たちの熱気が高まり、私たちの衝突を今か今かと待っていることが伝わってきました。
私はここ、女戦士たちの楽園であるアマゾネスの闘技場で、剣闘士として強敵ユーリ・ヴァレンニコフさんと血みどろの戦いを繰り広げるでしょう。
観客たちは、血と闘争に飢えた獰猛な女戦士たち。
アマゾネス……最強の戦士たちの部族と言ってもいいでしょう。
その特徴は、女性だけで構成されているというものです。
普通、戦闘などの荒事は男性が向いており、やはり同じくらいの訓練を受ければ女性よりも男性が力的に強いことが一般的なのですが、このアマゾネスの集団にはそれは当てはまりません。
アマゾネスの戦闘能力は、かなり訓練を受けた精強な騎士たちとも互角以上に戦えるものです。
そんな彼女たちは、キャアキャアと言いながら私とユーリさんの戦闘を見ています。
まるで、王都で衣服を売る店を冷かしている若々しい少女のよう。
ただし、アマゾネスたちが求めるのは、そのような可愛らしい衣服ではなく血と闘争です。
彼女たちからすれば、この闘技場はまさに楽園と言えるでしょう。
そして、ここに囚われてしまった人たちからすると、まさに地獄となるのです。
「ふっ!!」
鋭い突きが、ユーリさんの剣によって放たれます。
私はそれを、首を傾けることで避けますが、ピッと頬に傷ができてしまいます。
ふっ……私にとっては、ここはアマゾネスの皆さんと同じく天国ですね。
強制的に誰かと望まない戦闘をさせられる理不尽……快感です!
とはいえ、私のように考えられる人など、ほとんどいないことは分かっています。
目の前で決死の攻撃を仕掛けてくるユーリさんも、この戦いを望んでしているわけではないことは明らかです。
ふーむ……そうなると……。
「ぐっ……!」
私はユーリさんを剣で弾き、その間に距離をとります。
そして、満員のアマゾネスたちがいる観客席の中で、一際高い場所に設置されている席を見ます。
そこには、普段はなかなか現れない一人の女傑の姿がありました。
他のアマゾネスよりは興奮して私たちの戦いを見ているわけではありませんが、その目の色はまったく興味がないというわけではないということを教えてくれます。
彼女こそ、このアマゾネスたちの王。
そんな人が、私たちの戦いを見ているのです。
そう、ですね……これは、チャンスなのかもしれません。
私の考えていること、これを実行するのに、今日ほど適した日はないでしょう。
「ならば、頑張らないといけませんね」
私は小さく呟きます。
それを実行するのであれば、まずはユーリさんに勝つことが大前提です。
下馬評では、圧倒的に彼が期待されています。そんな彼に勝つことができれば……多少のわがままは通してくれるのではないでしょうか?
そのわがままが通れば私は……ふふ、興奮してしまいました。
「笑みを浮かべているのか? その余裕を見れば、流石、勇者と言われるだけのことはあるな。……いや、もしかして、『狂戦士』という異名の方が正しいか?」
「さて、どうでしょうか?」
不敵に笑いあう私とユーリさん。
再び衝突するのに、あまり時間はないでしょう。
そんな時、私はふとミリヤムやデボラ、そしてエレオノーラさんというパートナーや最近親しくなった人たちのことを思い出しました。
彼女たちに、ちゃんと別れを告げてアマゾネスの闘技場にやってこられたわけではないですから、少し心残りがあります。
彼女たちは、今何をしてどう過ごしているのでしょうか?
気になりますが、ずっとそんなことを考えていて勝てるほど、ユーリさんは生易しい相手ではありません。
ふっ……強制的に命を懸けた戦いをさせられて、それを見世物にされる……なかなか良い理不尽です。
私は、どうしてこんなありがたいことになったのか、思い返すのでした。
新章の『アマゾネスの女王編』スタートです!
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