第七十五話 新たな敵
「ビリエルに続いてナータンもやられたか。ふん! 馬鹿め」
「まあ、ナータンに限っては明確に王族に反したというわけじゃなく、飼い犬にかみ殺されたようなものだがな」
二人の男が向き合って話していた。
一人は恰幅が良く、そして顔も厳つい貴族である。
名を、マイン・ラートという。
片方は、顔の整った青年の容貌をした男であった。
彼に関しては、どのような地位にいる男なのか、マインも知らない。
それどころか、名すらわからない。
彼が『救国の手』の支援をしてくれているということは分かっているのだが、それ以上のことは分からないのだ。
「ふん! あいつは本性を隠しているから、足元をすくわれたのだ。隠し事は、そうそう隠し通せるものではないという当たり前のことを知らなかった奴の失態だ」
マインは雷のような大きく厳つい声で、『救国の手』の仲間であったナータンをあざ笑う。
まあ、この組織での仲間というのも、一般的な意味でのそれとは少し違う。
彼らはヴィレムセ王国の現体制を変化させるという目的では一致しているが、その動機は様々である。
たとえば、ナータンのように国家の中枢にもぐりこむだけで満足する者もいれば、マインのように自身が台頭しなければ気が済まないような者もいる。
「俺は王になる! そのために、ビリエルやナータンのように、途中で不様に倒れることはできん!」
マインは『救国の手』の中でも最も野心的な男であった。
こうまでレイ王を弑して王になろうと高く主張する者は、彼を除いて他にいないだろう。
だが、男にとってマインの主張など、どうでもいいことであった。
ヴィレムセ王国の王となるのが、レイ王であろうがマインであろうが知ったことではない。
「それで? お前はどうやってその目標を目指すんだ?」
「決まっている! 昔から、革命や下剋上を為す時に使われてきた手段など、一つしかない。武力だ」
男の問いかけに、ニヤリと笑うマイン。
彼は、他のメンバーと違って武力をかなり重視する傾向にあった。
なるほど、最も手っ取り早いのは、武力で現在の体制を転覆させることだろう。
「(それを実行した時の混乱や民が受ける不利益のことは……何も考えていないのだろうな)」
男は内心でマインを低く評価する。
王などの権力者というものは、民を思いやるものだと彼は思っている。
今のレイ王も決して優しい王というわけではないが、内戦というとてつもなく民たちが被害を受けるようなことをしようとしているマインを、レイ王より評価することはできない。
「(ま、俺には関係ないか)」
男はヴィレムセ王国の民のために、マインを止めるようなことはしない。
する理由もないからだ。
「だが、現在の体制を転覆させるだけの武力を、どうやってレイ王たちにばれないように集めるつもりだ? そんなこと、不可能に近いだろう?」
彼は、レイ王が貴族たちを信用していないことを知っている。
マインの領地にも、王の手の者が潜んでいて、何か不穏な動きを見せたらすぐに報告するに違いない。
だが、そんな男の懸念を、マインは大きな笑い声でかき消す。
「ははははははっ!! まさか、今から戦力を集めるとでも思っているのか? そんなわけがないだろう! すでに、俺の手の中に集まっているさ!」
「なに?」
ニヤニヤと厭らしく笑うマインに、怪訝そうな顔つきを見せる男。
マインの私兵団は、確かに他の貴族のそれに比べれば荒々しくて屈強だが、精鋭の騎士団を抱えている王国を打ち倒すほどではないはずだ。
しかし、そこまで考えてあることを思い出した。
「……なるほど、あの勢力を使う気か? ……だが、あの勇猛な集団が大人しく言うことに従うと思うか?」
「ふん! お前は奴らの性格を知らんようだな。奴らは闘争さえあれば、それでいいのさ。それさえ与えられていれば、俺の言うことにも従う連中だ」
「……そうか」
マインの自信満々の言葉に、男はただ頷いた。
確かに、彼もあの集団のことを詳しく知っているというわけではないため、これ以上マインに言うことはない。
彼がどうなろうと、知ったことでもない。
「奴らを使い、俺が王になる! そして、大陸最強の国家を作りだしてみせる!!」
立ち上がって両腕を上げ、大きな声で吼えるマイン。
男はうるさそうに眉をひそめて彼を見ていたが、もはやここに用はないと立ち上がった。
そんな彼の背中を見つめ、マインは呟く。
「……俺はお前のことも知りたいぞ」
「…………」
「俺を含め、『救国の手』に所属している奴らは、このヴィレムセ王国をどうにかしようとする連中だ。お前もそうなのか?」
マインの質問に、男は振り返って答える。
「勘違いしているようだから言っておくが、俺は別にあんたらの組織のメンバーではない。そうだな……助言者のような者だ。お前たちの誰かがこの王国を支配すれば、その後に俺の目的のために力を貸してもらう」
「目的?」
不穏な言葉を聞いて、マインは探ろうと聞き返す。
「なに、難しいことを頼むわけではない。ただ、領域内で情報収集をしてほしいだけだ」
「情報収集、か……」
王となれば、人員を裂いてその情報を探せということか。
なるほど、それくらいならば、別に不利益になることはないだろう。
数が多いほど情報は集まりやすいので、彼が『救国の手』に手を貸している理由も分かった。
「そうか。ならば、お前も直接的に手を貸せばどうだ? そうすれば、俺が国をとることができるのも早まるだろう?」
「いや、それは遠慮しておこう。俺の目的がいつ現れるか、わからんからな。その時に消耗していたら、話にならない」
男はそう言って、今度こそ退室していった。
今度は、マインも彼を止めることはなかった。
どかりと椅子に深く腰掛け、くくくっと笑う。
「ビリエルとナータンが消えた今、『救国の手』の中での有力な貴族は数えるほどだ。俺と同等のあいつも、今は忙しいみたいだからなぁ……。くくくっ、やはり、俺の時代が来たようだなぁ……!」
マインはこみあげてくる笑みをこらえることができず、ひたすら笑い続けるのであった。
これで第二章の断罪騎士編は終わりです。
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それでは、是非次章もお付き合いください!