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第七十四話 王と宰相

 










「膿は搾りだせたな」


 ヴィレムセ王国の王城で、レイ王は満足気に頷いていた。


「まだまだ深いものはありますが……しかし、その一つが処理できたのは事実です」


 彼の忠節の騎士である宰相も、コクリと頷いて笑った。

 彼らは、ナータンが反王族派であることを知っていた。


 そして、近頃怪しげな行動をとり始めていることも、ちゃんと調査済みであった。

 だが、証拠がなかった。これでは、糾弾することはできない。


 そこで、エリクを使ったのだ。

 彼には真実を伝えず、ナータンと行動を共にするように仕向けて……。


 流石にナータンも馬鹿ではないので、彼自身ではなく腹心の手ごまを使ったようだが……その手ごまに顔を背けられたのは面白かった。


「しかし、奴も面白い駒を持っていたものだ。エレオノーラ・ブラトゥヒナか……その力は凄まじいものだな」

「ええ。あれが勇者以外に向けられていたならば、大抵の者が命を落としていたでしょう」


 エレオノーラの圧倒的な暴力。それを受け止められるのは、おそらくエリクだけだろう。

 不死のスキル、それはあまりにも効果を発揮していた。


「ですが、あの騎士も勇者に懐いてしまいましたな」


 宰相の懸念することは、エレオノーラを王族派に引き込めなかったことである。

 王族派ではなく、エリクの元に行ってしまった。


 無理やり引き離してこちら側に引き込むこともできないことではないのだが……しかし、あの正義に対する強烈な執着心と盲目的な性格を御しきれるとも思えなかった。

 デボラと共に勇者の元へ……戦力的に見れば、すでに彼の勢力は無視できないものになっていた。


「うぐぐぐ……デボラ、どうしてあんな奴の元へ……!」

「しまった……」


 親馬鹿の悪いところを刺激してしまったと、宰相は頭を抱える。

 レイ王は清濁を併せ呑むことができて、冷徹だが有能な王なのだが、どうにも娘に対する愛情が深すぎる。


 デボラ王女が盾にとられたら、毅然としていられるのだろうかと、少し不安になってしまう。


「しかし、捜査をしていく中で浮上してきたのは、ビリエル・ヘーグステットとナータン・ビュートウがつながっていたということですね。これは、大きな問題です」


 宰相の言葉に、レイ王に理知的な雰囲気が戻ってくる。

 そう、これは大きな問題だ。


 結局、大規模な混乱にはつながらなかったが反乱を起こしたビリエルと、国家の中枢に潜り込もうとしていたナータン。

 彼らのつながりは、本当に二人の間だけのものなのか?


「ワシも恨みは色々な場所から買っているからな」

「それらがあまりにも大きいと困りますが。『救国の手(ノットファル)』なる組織も脅威です」


 宰相の言葉に、レイ王は鼻で笑った。


「ふん。何が脅威だ。恭しい名前を付けようが、所詮はワシを殺して権力を手にしたい貴族の集まりだろう? そんな連中に、ワシの国を与えてなるものか」

「……はっ」


 レイ王の言葉に、頭を下げる宰相。

 この肝の大きさが、王という立場で非常に大切になってくるものなのだ。


 自身を殺そうとしてくるというのが、個人ではなく組織として存在していることがわかれば、多くの人は怯えてしまうだろう。

 だが、レイ王にはそれを受け止めるだけの胆力があった。


 これこそが、宰相の求める王としての資質である。


「まあ、そうなれば騎士団を大々的に動かすことはよっぽどのことがなければできんからな。その分、勇者には過労死するほど働いてもらうとしようか」

「そうですな」


 くくくっと笑うレイ王。

 デボラ王女が懐いている彼をいたぶるときは、楽しそうである。


 まあ、実際エリクほど使い勝手のいい駒もないだろう。

 個人の戦闘能力は決して高いとはいえないが、彼の大きな利点は死なないということである。


 壊れない道具は、とても魅力的だ。

 そんなエリクを従わせられている理由は、彼の故郷への手厚い支援である。


「(……だが、私ならできないな)」


 宰相は、エリクの任務が非常に過酷なことを知っている。

 それを、他人のために引き受けて弱音を吐かずにやり遂げているということは……利他慈善の勇者、守護者と言われる所以だろう。


 そう呼ばれるにふさわしい人格を持っているということだ。

 そんな彼をこき使うのは心苦しいが……これも国家のためである。


 国と個人では、比べるまでもないのだ。


「(だが、幸いなことに、勇者は私たちに……王族に対して恨みや敵意を持っていないようだ。彼のパートナーである少女は、そうではないようだが……)」


 あれだけレイ王からの理不尽とも言える命令を何度も下されているのにもかかわらず、エリクは一度として敵意を向けたことがないどころかそんなそぶりを見せたことすらないのだ。

 彼の善性があまりにも強すぎるのではないかと、逆に不安になってしまうほどに。


 それならば、ミリヤムのように分かりやすく敵意を向けてくれる方が、まだ幾分マシである。

 だが、今までのように安心していていいのかと言われれば、そうでもない。


 最近では、エリクの元に癖はあるが強大な力を持つ人材が集まっている。

 王族に身を置きレイ王からの愛情も多分に受けており、さらに『爆発』という使いこなすことができれば非常に強力なスキルを持つ『癇癪姫』デボラ。


 正義感が異常なまでに強く悪に対する苛烈な罰を加えるが、一般市民には優しく多くの人々を助ける戦闘能力の高い『断罪騎士』エレオノーラ。

 この二人がエリクのことを憂いて王国に牙を剥けば……それは、非常に危険である。


「(流石に、そこまではないだろうが……)」


 宰相は自身の考えが杞憂であると笑う。

 デボラは父がレイ王であるし、エレオノーラも王国に忠誠を誓うべき騎士であるからだ。


「国王陛下!!」


 宰相が色々と考えている時、扉をこじ開けて騎士が入ってくる。


「なんだ、騒がしい。大したことでなければ、お前にはそれ相応の処分を……」

「デボラ王女が抜け出しました!」

「なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」


 騎士より明らかに狼狽して騒がしいのはレイ王の方であった。

 玉座から飛びあがって目を剥く。


「わ、ワシのデボラがどこに……!? いや、間違いなく勇者のところだな! おのれ、勇者め! 捕まえ次第、処刑にしてくれるわ!!」


 レイ王はそう言って走り出してしまった。

 そんな彼を見送り、宰相は痛そうに頭を抱えて騎士はポカンとする。


「あ、あの! 国王陛下をあんな形で外に出していいのでしょうか?」

「良いわけなかろう。とりあえず、入り口付近で陛下を確保しろ。捜索隊を組んで、デボラ王女を探すことも忘れるな」

「はっ!!」


 敬礼して出て行く騎士。


「……はぁ、しんどい」


 宰相は誰もいなくなった玉座の間で、ため息を吐くのであった。

 なお、このすぐ後にレイ王は確保されるのであった。



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