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第七十三話 二度目のキス

 










「うーむ……まさか、こんなことになるとは……」


 エリクはベッドの上で、不思議そうにつぶやいた。

 そう、彼は今病院に入院していた。


 不死のスキルを持ち、欠点はあるものの卓越した回復魔法を扱うことのできるミリヤムをパートナーにしているエリクならば、本来であれば決して厄介になることのない場所に、今の彼は大人しく在籍していた。

 かつて、ビリエルの反乱軍をたった一人で食い止めたときでさえ、入院することはなかったというのに、だ。


 その理由は、もちろんミリヤムに回復をしてもらえなかったということである。

 いや、腹部の傷は一般人からすれば致命傷なので、そこは駆けつけた彼女が半狂乱になりながらも回復してくれた。


 しかし、その後エレオノーラからエリクがした無茶な行為に激怒したミリヤムは、少しは大人しくするようにという意味も込めて、ある程度のところで治療を止めてしまったのである。

 まあ、それでもエリクに甘い彼女なので、一週間も休めば完全回復してしまうほどには回復してしまったのだが。


 また、彼としてもミリヤムが自分のためを思って怒ってくれていることは分かっているので、しつこく回復を要求することもできず、Mを発散することができない禁欲の入院生活を強いられているというわけであった。


「少し、やりすぎましたか……」


 自身の腹部を貫きつつ、敵を倒す。

 いつかエリクがしてみたいと思っていた自傷行為である。


 実際、彼だけの攻撃でナータンを倒すことはできず、エレオノーラの助けがなければ逃げられていたかもしれなかったのだが、成功したといっていいだろう。

 エリクは思い出すだけでゾクゾクした。


 あの腹部を完全に貫いて致命傷を自ら作り出した時の快感、そして、それをミリヤムに治してもらった時の激痛。

 どれも素晴らしいものだった。


 シチュエーションというのもよかったのかもしれない。

 そんな感じで、ミリヤムが反省を促すためにしている本意も彼にはまったく届かず、ニヤニヤとしながらベッドの上で大人しくしていると……。


「おや? どうぞ」


 コンコンとノックをされたので、エリクはあっさりと入室を促す。

 これがどこぞの暗殺者ならば、もっと嬉しいことになるからだ。


 しかし、入室してきたのはそのような無法者ではなく、黒髪をおかっぱ風に切りそろえたエレオノーラであった。


「エリクさん、寝ていなくて大丈夫ですか?」

「ええ、少し暇をしていたくらいですから。相手をしてくれると嬉しいです」


 まず、自分のことを案じてくれるエレオノーラに物足りなさを覚えるエリク。

 これがデボラであったならば、そんな心配微塵もしないだろうに……。


 エリクに促されて、エレオノーラはベッドの近くの椅子に座った。


「これ、見舞いの品です。よろしければ、お食べください」

「おお、ありがとうございます」


 エレオノーラは近くのテーブルに果物の詰め合わせを置く。

 うーむ……と、礼儀がなっていてエリクは不満である。


「その……傷は大丈夫ですか?」


 エレオノーラは普段の感情を表に出さない凛々しい女騎士の仮面を脱いでおり、心配そうに上目づかいでエリクに尋ねてくる。

 男ならグッとくるはずなのだが、性癖があれな方向にふっ切れているエリクの心はビクともしない。


「ええ、まったく問題ありませんよ」


 ズキズキと痛んでくれるのであればエリクも嬉しかったのだが、彼に甘いミリヤムがそんな傷を残すはずもなかった。


「そう、ですか。私のせいで傷つけてしまって、申し訳ないです」

「何をおっしゃいますか。あれは、私が身体を支配されてしまったことが原因なのです。エレオノーラさんが気負う必要はまったくありません」


 頭を下げてくるエレオノーラに、エリクは本心を伝える。

 ナータンの魔法で彼女が操られてボコボコにしてくれたらさらに嬉しかったのだが……かの老人の魔法では、加虐性を除いて完璧な騎士である彼女を支配することはできなかった。


 まあ、エリクの精神も鋼なので、支配することはできなかったが。その支柱がMというのが残念でならない。


「ふふっ……本当にエリクさんは優しいですね。私の加虐性を含めて本当に私を認めてくれて、傷を負って……」

「優しいということはないんですがね」


 エレオノーラはクスクスと微笑む。

 エリクからすれば、己の欲望を満たすためにやっているのだから、優しいという評価は少し違ってくるのだが。


 しかし、彼の悪癖を知らないエレオノーラや他の人々からすれば、彼のしていることはまさしく善行であり、賞賛されてしかるべきだろう。

 多くの人が、エリクの行為に賛同するに決まっている。


 彼のしていることは、傍から見れば自己犠牲の精神にあふれた博愛主義者そのものなのだから。


「いえ、優しいですよ。だから、あなたは――――――」


 エレオノーラは身を乗り出す。

 基本的に暴力を振るってくれるかもしれないという期待から他人に対して無防備なエリクは当然身構えるなんてことはなく……。


「――――――私を救ってくれました」


 だから、エレオノーラの柔らかい唇が頬に当たる時も、避けることなんてできなかった。

 エリクはポカンとする。

 頬とはいえ、キスをされたのはこれが初めて――――。


「(いえ、これは……)」


 エリクの脳内にノイズが走った。

 初めて? いや、初めてではない。これは二度目だ。


 では、最初のキスは……。


「(いったい、だれが私に……)」


 エリクは思い出すことができなかった。


「これからは、私があなたのことを救うことができたら、と思います」


 エリクは深く考えそうになるが、エレオノーラの言葉で意識を浮上させる。

 すでに彼女は自分から離れており、恥ずかしそうに頬を染めて笑っていた。


「……ですが、加虐性はまだ一人で押さえつけられるとは思えませんので、エリクさんのお力をお借りできればうれしいです」

「え、ええ。それはご安心ください」

「そうですか」


 エリクが戸惑いつつも了承すれば、エレオノーラはニッコリと笑う。


「それでは、エリクさん。私がこのあたりで……完治すれば、また一緒に警邏に行きましょう」

「はい」


 エレオノーラは微笑んで退室していった。

 エリクは彼女を笑顔で見送り、ふーっと息を吐いた。


「……頭の中でよぎったあれは、何だったのでしょうか?」


 誰かとキスをした記憶がある。

 しかし、それが誰なのか、さっぱり思い出せない。


 過去、自身と親しくしてくれていた人の中で、自身にキスをしてくれそうな人……。


「思い浮かびませんねぇ……」


 うーんと唸るエリク。

 すると、そんな彼の耳にドタドタと大きな足音が聞こえてきた。


 そして、ノックもなしにバンッと強く扉がこじ開けられたのであった。


「エリクー! 元気かーい!?」

「で、デボラ……」


 考え込んでいた時に部屋に飛び込んできたのは、相変わらず元気なデボラであった。

 エリクも不意打ちの大声には驚かされ、ちょっとした快感を得ていた。


「どうしたんですか?」


 エリクがそう聞けば、デボラは不機嫌そうに頬を膨らませた。


「どうしたもこうしたもないよ! 僕がパパに勉強を強いられている間に、エリクはあんな楽しそうな冒険をしていただなんて!」


 冒険、というかはさておき、それでもエリクが過ごした濃密な日々は、デボラにとっては羨ましく見えたようだ。


「もぉぉっ! 思い出したら腹が立ってきた! エリクを爆殺したいくらいだよ!」

「是非に」

「ん?」


 一瞬、おかしな返事が聞こえた気がしたが……気のせいだろうとデボラは意識の外にやる。


「まあ、とにかくそういうわけだから、お城を抜け出してきた!」

「おぉ……」


 誇らしげにない胸を張るので、拍手をするエリク。

 しかし、よく親馬鹿なレイ王の監視網を潜り抜けてきたものだ。


「さ、エリク! 冒険に行こうか!」

「……はい? 申し訳ありませんが、今私は入院中でして……」

「うん? 死なないんだから、入院しなくてもいいでしょ?」


 キョトンと、何を言っているんだと首を傾げるデボラ。

 何の悪意もない理不尽に、エリクは快感を得る。


「ふっ……行きましょうか」


 エリクはベッドから抜け出す。

 こんな理不尽、彼が見逃すはずがなかった。


 デボラは満足そうに彼を見ていたが……。


「パパに見つからないようにしないとねー」


 そのことも、エリクはバッチリと想定済みである。

 親馬鹿なレイ王は、抜け出したデボラを責めることはせずに共に行動していた者を罰するだろう。


 捕まらなければデボラと病み上がりの冒険ということで自身を痛めつけることができ、捕まれば理不尽な処罰が下されることになる。

 エリクからすれば、どちらでも美味しいのである。


「行きましょうか、デボラ」

「うん!」


 ドMと癇癪姫は、微笑みあって病院を抜け出すのであった。



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