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第七十一話 ナータンの誤算

 










「ど、どうしてここに……」

「エレオノーラさんの危機を察知したから、と言えたら恰好よかったのですが……」


 エレオノーラの問いかけに、ふっと笑うエリク。

 なかなかに様になっている笑みなのだが、額から流血しているため恰好がついていない。


「デボラに癇癪を起こされましてね。少し、爆発で吹き飛ばされてきました」


 またもやふっと笑うエリク。

 あの爆発音は、エリクがデボラに癇癪を起こされて吹き飛ばされた音だったのだ。


 どこから、と顔を上げれば、王城で煙が上がっている一角が見えた。


「あ、あそこから……?」


 あんな離れた場所から吹き飛ばされるなんて、どれほどの威力がある爆発をくらったのだろうか。

 そして、高い所から叩き付けられて、何故そんな笑みを浮かべられるのか。


 彼が不死だということは知っているが、それでも納得できないエレオノーラであった。


「ああ、そうそう。エレオノーラさん、忘れ物ですよ」

「え……?」


 困惑しているエレオノーラにハンカチを差し出すエリク。


「かすかな声で一人だとかなんだとか聞こえてきましたが、今のあなたには私がいます。ご安心ください」

「あ……」


 別に、一人でも問題ない。事実、今まではそうだったのだから。

 しかし、何故だろう。自身の本性も受け入れてくれた人物にそう言われると、嬉しくて涙が出そうになる。


「……あのぉ……何故受け取ってもらえないのでしょうか? 放置プレイでしょうか?」

「あ、ち、違います。ナータンに身体の自由を奪われてしまっていて……!」

「ナータン?」


 ここで、ようやくエリクは老人を視界に入れる。

 忌々しそうにナータンは彼を見ていた。


「利他慈善の勇者……ここでもワシの邪魔をするか!」

「邪魔と言われましても……」


 エリクは困った笑みを浮かべながら、剣を抜き放つ。


「とりあえず、エレオノーラさんを解放してもらいましょうか」

「むっ!?」


 エリクは地面を蹴ってナータンに襲い掛かる。

 その上からの斬撃を、ナータンは何とか身をひねって躱した。


 近接戦闘の心得がない彼が避けられたのは、エリクの状態も万全ではないからであろう。

 ミリヤムの魔法が込められた道具で回復はしたが、爆発の衝撃と落下のダメージは未だに残っているため、その動きは精彩を欠いていた。


「怖い怖い。ワシが勇者と近接戦闘で勝てるわけがなかろうて」


 とはいえ、そのまま続けていれば倒されてしまうのはナータンであることは、彼自身が一番よく分かっていた。


「お前はエレオノーラほど凶悪ではあるまい? それならば、この宝玉が壊れない程度の力でも、御しきることはできるじゃろう」


 ナータンはニヤリと笑って、その杖をエリクに向けた。

 エレオノーラの場合は事前準備などをしたが、彼には本番勝負である。


 そのため、精神まで支配することはできないだろうが……。


「エリクさん! 逃げて……っ!!」

「もう遅いわ! 魔法、発動じゃぁっ!!」


 エレオノーラの忠告が届く前に、ナータンの持つ杖の宝玉が怪しく光った。

 当然、なすすべのないエリクはもろにその光を浴びてしまう。


 そして……。


「こ、これは……!!」


 エリクは目を丸くして驚愕する。

 身体を自由に動かすことができない。


「(意識があるままの金縛りプレイ……いいですね……!)」


 何か勘違いしていた。


「くくくっ、驚いたかの? 隷属魔法をワシが昇華させたものじゃ。本来であれば精神まで完全に支配して傀儡にすることができるのじゃが……魔力を惜しんだことと準備が足りていないこと、そして二人同時に魔法を使っていることで、身体の支配しか及ばんようじゃがな」

「身体の……支配……!」


 誰かに支配されるということに、エリクのMが刺激される。

 老若男女問わず快感を得られる彼は、ある意味で偉大なのかもしれない。


「ふーむ……」


 ナータンはエリクが快楽を得ていることなんて当然知らず、彼の顔を覗き込む。


「ふむふむ、勇者もなかなかに整った容姿をしておるではないか。これなら、貴族のマダムたちにも良い値段で買われることになるじゃろう」

「ま、まさか……奴隷ということですか!?」

「くくくっ、怖いか? 勇者でも、奴隷として売り飛ばされることは――――何故目を輝かせておる?」


 奴隷売買……まさか、自身が売られることになるとは……。

 エリクの心は躍り出す。やっほい。


「させませんよ……!!」


 しかし、エリクが奴隷として売り飛ばされ、他人のものになることを認めない人たちもいる。

 ヴィレムセ王国王女デボラ、勇者のパートナーマガリ(←ミリアム?)、そして……断罪騎士エレオノーラ・ブラトゥヒナである。


 彼女はゆっくりとではあるが、完全に支配されて不自由なはずの身体をゆっくりと動かしていた。


「そ、そんな馬鹿な!? ワシの魔法は完璧なはず……! それなのに、何故……!?」


 驚愕するのは、長い年月をかけて魔法を生み出したナータンである。

 今までの苦労の末にようやく完成した素晴らしい魔法が、今にも解かれそうになっているのだから、驚くのも当然だろう。


「ぐっ……! ふふっ……一人じゃないとわかったら、不思議と力が湧いてきました。私も、案外ちょろいのかもしれませんね……!」


 エレオノーラはそう言いつつ、一歩ナータンに向かって脚を踏み出した。

 それだけで、彼は全身を震わせて恐怖するには十分であった。


 精神のよりどころである魔法を撃ち破られそうになっていれば、大器というわけではないナータンが怯えても仕方ないだろう。

 だから、彼はエリクに目をつけた。


 彼の元に走ると、後ろから彼の首に腕を回して盾にしたのである。

 そう、人質だ。


「動くな! これ以上、ワシに一歩でも近づいてみろ。この勇者の首を引き裂いてくれる!」

「ちっ……!!」

「おぉ……!」


 切羽詰り汗を浮かび上がらせながら脅迫するナータンに、それを受けて忌々しそうに舌打ちをするエレオノーラ。

 そして、何だか嬉しそうなエリクという図が出来上がったのである。


 首筋に当たって少しめり込んでくるナイフの刃が気持ちいい。


「ふははははははっ! どうやら、勇者の存在がかなり大きくなっていたようじゃな、エレオノーラ! まさか、あの正義狂いのお前が攻撃をためらうようになるとはなっ! くくくっ、わからんものじゃ。断罪騎士が恋をしようとはな……!!」

「恋? そんなものではありません。彼は、私にとって必要だというだけです」


 傍から聞けば何をイチャイチャしているんだと思ってしまうような返答。

(加虐性を発散させるために)必要、とはだれも思っていないだろう。


「くくくっ、どちらでもよいがな。さて、勇者。お前には、ワシの命の安全のために利用されてもらおう」


 ナータンはエレオノーラという脅威があるため心細いせいか、かなりエリクに密着する。

 脂汗を浮かび上がらせている老人と密着する理不尽なんて、誰が得をするのだろうか。


 そう、エリクくらいである。


「いや……そうじゃな。こんな有利な状況で、ただ逃げるだけなぞ勿体ない」


 ナータンは何かを閃いたように、目を怪しく光らせる。

 その目が向けられたのは、エレオノーラである。


「エレオノーラよ、勇者を殺されたくなければ、ワシの傀儡となれ」

「…………ッ!?」


 ギリッと歯を強く噛みしめるエレオノーラを見て、ナータンは心底愉快そうに笑った。


「ふむふむ、やはりこちらの方がいいな。エレオノーラの戦力を喪失することは、ワシにとっても痛かったからのぅ。演技する必要もなくなったし、ワシの本性を知りながら……悪人の命令に唯々諾々と従う正義の騎士というのも、悪くなかろう?」


 正義という言葉を多用するエレオノーラが、忌避する悪に屈してその命令に従う。

 なんと愉快で心躍る未来だろうか。ナータンはあまりにも邪悪に微笑む。


「そうじゃ。エレオノーラは見た目もいいからのぅ。王族派の貴族たちの弱みを握るために、その身体を使え。閨の中でなら、口も軽くなるじゃろうて」

「……本当に、反吐が出そうな悪ですね」


 そんな罵倒も、ナータンの心にはまったく響かず、むしろ喜ばせるだけであった。


「うん? ならば、断るか? そうなれば、この男の命はないぞ?」

「エリクさん!!」


 ぐっと喉元のナイフを食い込ませる。

 皮膚を破り、血が流れ出す。


 ふっと良い笑顔を浮かべているエリクは気がかりだが、エレオノーラにその違和感を拭う余裕はなかった。


「誰か大切な人を守るために、その身を犠牲にする……ということですか」

「……なんじゃ、急に」


 エリクはうっすらと微笑みながら話し出すので、ナータンは訝しげに彼を見る。

 彼はゆっくりと剣を持つ腕を動かしていた。


「私はそれを誰かにやらせる趣味はありません。逆は別ですがね」

「……貴様、先ほどから何を言うておる……?」


 ナータンは、まだエリクが何をしようとしているか分かっていない。

 ついに、エリクの腕は顔の高さくらいまで上げられた。


 これは、エレオノーラの威圧にナータンが怯えて精神が正常でいられなくなったために、支配の力が弱まったからであろう。

 エリクは剣の柄を両手で握った。


「つまり、です」


 エリクはニッコリと微笑んだ。


「エレオノーラさんにそんな(羨ましい)ことをさせるくらいであれば、私はこういうことをする人間だということです」


 エリクは強く剣を握った。

 もはや、今からどれだけナータンが支配を強くしようと、彼を止めることはできないだろう。


 ここに至って、ナータンはようやくエリクが何をしようとしているのかを察して、顔色を真っ青にする。


「お、お前、正気か!? そんなことをすれば、お前もただではすまんぞ!?」

「ふっ……私の生命力は黒きG並ですので、ご安心を」

「こ、こいつ……! 何を格好つけて……!!」


 自分から害虫並の生命力だと自慢する男がどこにいるのだろうか。

 そんなことを思いながら、ナータンはどうするべきか頭を急速に回転させる。


 仮にエリクが自分の考えている最悪の手段をとろうとしているのであれば、今すぐ彼から離れなければならない。

 だが、もし彼がしようとしていることがブラフで、ただ自分から遠ざけるための手段だとしたら?


 離れた瞬間、すでに支配から解き放たれているエレオノーラに殺されてしまうだろう。

 ナータンには、もはやどうすることもできないのであった。


 彼ができることは、エリクという男を信じることだけであった。


「はっ、はははははははっ!! そ、そんなこと、できるわけないじゃろう!! そんなことをして、仮に生き残れたとしても、その苦痛は凄まじいものじゃ。常識のある人間であるならば、自分からそんなことができるはずが――――――」

「どっせい」


 汗をたっぷりと浮かび上がらせながらエリクをあざ笑うナータン。

 そんな彼の言葉を最後まで聞くことなく、エリクは気の抜けるような掛け声と共に剣を振りおろし、自身の腹部に勢いよく躊躇をまったくしないまま突き刺したのであった。



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