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第七十話 隷属魔法と乱入者

 










 宝玉の光がエレオノーラに届くと同時、彼女の頭はがっくりと落ちてしまった。

 それを見て、ナータンはニヤリと笑う。


「ふむ……効き目は十分なようじゃな」


 ナータンは自身の魔法の効き目があることを確信し、不敵に笑った。

 彼の使った魔法は、隷属魔法を応用したものである。


 他者が使用者の意思や命令に逆らえなくなる隷属魔法。それに催眠の要素も混ぜれば、他人を完全に自身の支配下に置くことができる。

 ナータンが何十年という長い年月を費やして完成させた魔法である。


 しかし、精神を侵すような魔法は、当然のことながら禁止されている。

 この禁忌の魔法は、誰にも悟られてはいけないものだった。


「しかし、やはり多大な魔力を使うのぉ。何十年も魔力を溜めつづけた宝玉でも、後一回使えるか否かというところか」


 ナータンは残念そうに宝玉を見る。

 その光は、魔法を使用する前より褪せてしまっていた。


 最後の使用方法は、綿密に考えなければならない。

 ちゃんと前準備をしてこれなのだから、精神を侵す魔法はどれだけ人の手で操りづらいかを物語っている。


 今までエレオノーラと食事をする機会などで、ナータンはばれないように少しずつ魔力を彼女の身体に侵食させていたのである。

 今回魔法を使ったのは、スイッチに過ぎない。


「じゃが、その貴重な一回を使うのにふさわしいのは、エレオノーラよな」


 くくくっと笑うナータン。

 これで、完全に操り人形となったエレオノーラを、これからも使い続けることができる。


 彼女の戦闘能力の高さは非常に魅力的だ。敵をほぼ間違いなく屠ることができる。

 最近、エリクという例外も現れたが……あれはエレオノーラが戦意を喪失したからであり、殺すつもりなのであれば殺せていた、というのがナータンの考えであった。


「まずは、小手調べに勇者を殺させようかの。聞こえていたな、エレオノーラ。あやつを殺してこい」


 ナータンに命令されたエレオノーラは、顔を上げて……。


「お、断り……します……!」

「な、なにっ!?」


 エレオノーラは正気を保っていた。

 汗を浮かび上がらせて唇から血が出るほど歯を食いしばっていたが、彼女はナータンの傀儡には成り下がらなかったのである。


「ば、馬鹿な! あれほど周到な準備をしていたというのに……!!」


 ナータンは驚愕する。

 エレオノーラは、とくに魔法に優れているわけではないため、彼の魔法をレジストしたわけではないだろう。


 彼女が正気を保てているのは、ひとえに彼女の強靭な精神力だ。

 それが、ナータンの精神干渉を許さないのである。


「し、信じられん。どんな精神力なんじゃ……。じゃが、完全に支配から抜け出している、というわけでもなさそうじゃな」

「ぐっ……う……」


 エレオノーラは動くことができずにいた。

 精神はなんとか守ることができたのだが、身体は命令なくして動くことはできないようであった。


 それを見たナータンは、驚愕しつつもニヤリと笑う。


「ふむ……お前をまたワシの手ごまにすることはできんようじゃ。であるならば、次善策としてお前を奴隷にするか」

「な、にを……!?」

「お前の容貌は美しいからのぅ。奴隷として売り払えば、買い手など腐るほどおるじゃろう。それに、精神が屈していないというのも良いのではないか? そういう気のしっかりとした、凛とした強い女を好む奴らも多いからのぅ」


 くくくくっと笑うナータン。

 女性の……人間の尊厳を奪うことに、何ら抵抗はない。


 彼の……彼らの目的のためには、お金はあるに越したことはない。

 エレオノーラを売り払った時の金額は、それはそれは高いものになるだろう。


「ふっ……。あなたの魔法は、いったいいつまで続くんですか? 解けた瞬間、私を買った者は殺しますし、あなたも探し出して殴り殺します」


 奴隷に落とされるというおぞましいことを直接言われても、エレオノーラは決して怯えのような感情を表に出すことはなかった。

 むしろ、歯をむき出しにして笑うことで、ナータンの背筋に冷たいものを走らせる。


「そうじゃな。ワシの魔法も、永劫に続くわけではない。じゃが、少なくとも奴隷商に売り飛ばされて誰かに買われるまでは継続するじゃろう。その間に、ワシはさっさと逃げるとするわい」


 そもそも、一度奴隷として売買された者が、主を殺して逃げ出せばどのような目にあうだろうか。

 エレオノーラが無事でいられる可能性も低いだろう。


 その間に、ナータンは目標を達成していれば……国の中枢にもぐりこむことに成功していれば、逃亡奴隷の彼女の手が届かない場所にいられることはできるだろう。

 今の優位は、間違いなくナータンが立っていた。


「さて、そろそろ移動するとしようかの。同じ場所に立っていれば、騎士がやってくるやもしれんしな」


 周りを見渡して言うナータン。

 ここは人けのない場所であるとはいえ、人も確かに住んでいる場所だ。


 それなのに誰も出てこようとしないのは、面倒事に巻き込まれたくないからである。

 それも、人が血を噴き出しながら殴り飛ばされるような戦闘の場面に、誰が飛び込みたいと思うだろうか。


 赤の他人が殺し合い寸前の戦闘をしている場所になんて、誰も介入してこない。

 それどころか、騎士に通報しようとする者もいない。無関心なのだ。


「ふんっ。お前は民をよく守っていたが、いざ逆の立場になれば誰も助けようとはせんな。お前は、一人なのじゃ」

「そう……なのかもしれませんね」


 エレオノーラはナータンの言葉を否定することができなかった。

 彼女に助けられた者は多い。この場を見ているだけ、もしくは目を逸らした者の中にも彼女に恩のある者はいるだろう。


 だが、その恩を返そうとする者は誰もいなかった。

 エレオノーラと揉めているのが貴族だから。危ない戦闘をしているから。


 そう理由をつけて、誰も彼女を助けようとしない。

 エレオノーラも恩返しを期待して人助けをしていたわけではない。加虐性を満たすためにやっていただけだ。


 だから、怒りを抱くこともなければ憎しみを覚えることもなかった。

 しかし……。


「少し、寂しいものですね……」


 うっすらと悲しげな笑みを浮かべるエレオノーラ。

 彼女が取り乱さなかったのは、エリクという存在があったからかもしれなかった。


 自身の本性を知ってなお、受け入れてくれた存在がいるからこそ、こんなにも心が穏やかなのかもしれない。


「(すみません。今夜の約束、守れそうにありません)」


 エレオノーラは心の中でエリクに謝罪した。

 ナータンが奴隷に落とそうと近づいてきた、その時であった。


「……なんじゃ?」


 小さな爆発音が聞こえたのである。

 ナータンは不思議に思って空を見上げると……。


「な、なにぃぃっ!?」


 空から瓦礫などと共に、血を流しながら落ちてくる男がいた。


「ぶふっ!?」


 その男は、顔面から地面に叩き付けられた。

 さらに、いくつかの小さな瓦礫が彼に直撃、追い打ちをかけた。


 このあまりにも唐突で信じられない光景に、ナータンのみならずエレオノーラまでキョトンとしてしまった。

 ピクリとも動かない男。それもそうだ、なかなかの高さから地面に叩き付けられたのだから、命を落としていても不思議ではない。


 実際、かなりの血が流れているし、脚や腕もおかしな方向に曲がってしまっている。かなり凄惨な現場である。

 しかし、次の瞬間、男の全身を温かな光が包み込んだ。


 しばらくすると、曲がっていた腕や脚が正常な形に戻って行く。


「うぅ……素晴らしい爆発でした……」


 その男はガクガクと脚を震わせながらも、ゆっくりと立ち上がる。

 完全に回復することはでいなかったようで、まだ頭から流血しているが。


「あぁ、そうです、エレオノーラさん。あなたは一人ではありませんよ。私の大事な仲間じゃないですか」


 MとS的な意味で。

 ニッコリと笑って振り返る男を見て、エレオノーラは目を丸くする。


「え、エリクさん……」



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