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第六十二話 エレオノーラの本性

 










 エリクの言葉を最後に、シンと静まり返る場。

 彼も、ミリヤムも、そしてエレオノーラも言葉を発しない。


 エレオノーラなどは、手甲を受け止められた状態からピクとも動かない。

 エリクがその気になれば、剣で彼女の首を斬りおとすことだって可能だろう。


 そんなあからさまな隙を、今まで多くの戦闘を経験してきたエレオノーラがさらしているということは、彼女にとってエリクの言葉がそれほど強力なものだったということだ。

 下を向いて、ピクリとも動かなくなった彼女を、彼は心配そうに……は見ておらずどこか期待するような目をしていた。


 短く切りそろえられた黒髪で目元を見ることはできないため、エリクには分からなかった。

 彼女が、どのような表情を浮かべているのか。


「……ふふっ」

「……はい?」


 クスクスと肩を震わせて笑い始めるエレオノーラに、怪訝そうな目を向けるエリク。

 その笑いは次第に大きくなっていって、そしてついに……。


「あははははははははははははははははははっ!! あはははっ! あははははははははははははっ!!!!」


 空に響き渡るほどの大笑いに変わっていた。

 心の底からおかしくして仕方ないといった様子のエレオノーラは、目の前に敵であるはずのエリクがいるというのに、お腹を抱えて笑い出したのだ。


「な、なに……?」


 そのあまりにも場にそぐわない笑いに、ミリヤムは顔を恐怖に引きつらせる。

 ワクワクしているのはエリクだけだ。


 ひとしきり笑っていたエレオノーラの笑い声は、次第に小さくなっていく。

 そして、ピタリと再び静寂が流れた。


 ミリヤムは冷や汗を流しながらごくりと喉を鳴らし、エリクは期待のワクワクでごくりと喉を鳴らした。

 静かになったエレオノーラが、ふっと顔を上げる。


 そこには、正義を執行する使命感を持つ凛々しい顔はなく、助けた人からお礼を言われた温かな笑みもなく、欲望にまみれた冷たい笑みが浮かんでいたのであった。


「……凄いですねぇ、エリクは。どうしてわかったんですか? 他の人だけでなく、自分自身もだましていたというのに」

「ど、どういうこと? エレオノーラさんじゃない……? 何か悪いものに乗っ取られたとか?」


 エリクが、分かったのは自分の性癖がこじれているせいです、と答える前にミリヤムが疑問を投げかける。

 彼女の言葉に、エレオノーラは笑いながら首を横に振る。


「いえ、私は私ですよ、ミリヤムさん。エレオノーラ・ブラトゥヒナ、王国の治安を任された騎士……ね?」


 クスリと微笑みをミリヤムに向けるエレオノーラ。

 ミリヤムには、その笑顔の冷たさが以前までの彼女と同じとは到底思えないのであった。


「私の言ったこと、あっていましたか?」

「ええ、ええ。それはもう……大正解ですよ」


 エリクの質問に対して、エレオノーラは静かに微笑む。


「正解、正解、正解……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! もぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 理性的だったエレオノーラの、突然の発狂。

 大きな声を上げて怒りの形相を浮かべる彼女の唐突な変貌に、ミリヤムはビクッと身体を震わせる。


 何かを期待しているような様子を見せるエリクはいつも通りであったが。

 エレオノーラは絶叫しながら、彼に向かって猛然と向かって行った。


「…………ッ!?」


 そして、手甲を纏った拳を振り下ろす。

 それをとっさに避けたエリクであったが、地面を砕くその力は先ほどまでより強くなっているような気がした。


「せっかく自分のこともだましだましやっていたんだから、言い当てないでくださいよぉっ!!」

「ぐぅっ!?」


 図星を突かれて動きに精彩を欠いていたエレオノーラだが、今の動きは図星を突かれる前よりも素早いものだった。

 ぐるりと身体を反転させて裏拳を叩き込もうとする。


 鋭利な棘もついている巨大な手甲で殴られれば、ダメージがとんでもないことになるだろう。

 エリクは剣でそれを受け止めるが、やはり力は彼女の方が上で剣を持つ腕を跳ね上げられてしまう。


「正義を盾にして正当化していたんですから……邪魔しないでくれますぅっ!?」

「がはっ!?」


 エリクの無防備な腹部に、体重とスピードの乗ったエレオノーラのつま先がめり込む。

 地面を転がされて、ダメージによって立つのもやっとという状況。


 そんな彼を見ながら、エレオノーラは高笑いしていた。


「あはははははははははっ!! あぁぁぁ……やっぱり気持ちいいですねぇぇ……! 人を殴って、痛めつけて、殺して……最高の快感です……!!」


 頬をうっすらと赤らめ、美しい瞳を濡らしている姿は非常に妖艶である。

 しかし、その言っていることとやっていることが、ミリヤムに恐怖を、エリクに快感を与えるのであった。


「ぐっ、うぅ……正義と言っていたのは、嘘だったのですか……?」

「嘘? そんなはずありません。どのような動機であれ……たとえ、私が人をただ殴って苦しめてやりたいという動機であっても、私は悪を滅ぼしてきました。だから、正義なんです」


 エレオノーラはゆっくりと動けないエリクの元に歩いて行きながら話す。

 そして、ついに彼の前に立ち、重たい手甲を振り上げながら、うっとりとした笑みを見せる。


「本当は、善人も悪人も関係なく殴りたいんです! 殺したいんです! でも、それはダメだって分かっているから……だから、代わりに悪人を殺すんです! そうしたら、私も気持ち良くて他の人も喜んでくれる……まさに、これ以上ない素晴らしい考えなんです!!」


 エレオノーラは声を上げて殴り掛かる。

 エリクは剣で必死に受け止めるが、まるで暴風のように次々にエレオノーラの拳が振り下ろされる。


「だから、私の本性を知られたからには、あなたたちを生きて帰すわけにはいかないんです。ここで死んでください、殺させてください。私の快楽のために……!!」

「ぐっ……! げはっ!?」


 エレオノーラの手甲がエリクを傷つけ始める。

 手甲の直撃を避けても、棘が彼の頬を抉る。


 剣で受け止めるが、その疲労も溜まり始める。

 腕が上がらなくなっていき、その結果次第に身体に手甲が当たり始める。


 血が噴き出し、嫌な打撃音が響き渡る。


「これからも、人を殴りたいんです! 苦しめたいんです! そうしないといけないんです! 我慢できないから……私には、悪人を殺すことでなんとか正義の仮面をかぶるしかないんです!!」


 エレオノーラはそう大きく声を上げ、一番力を込めて手甲を振り下ろした。


「あ…………」


 その言葉を発したのは、誰だったか。

 しかし、その小さな声を上回るような甲高い音が響いたのである。


 それは、エリクの持つ剣が折れた音であった。

 いかにそれがデボラから渡された名剣であろうとも、エレオノーラの強力な手甲の攻撃を何度も受け止めていれば、折れるのも当然だろう。


 むしろ、今まで持ったことが、その剣が名剣であることを如実に表している。

 目を丸くして、クルクルと落ちていく剣の破片を見るエリク。


 そんな彼に、無慈悲な目を向けるのはエレオノーラであった。

 心底嬉しそうな……しかし、どこか悲しそうな笑みを浮かべた彼女は、手甲を装着した拳を構える。


「――――――死んでください」


 エレオノーラの手甲をつけた強力な拳が、エリクの顎に下からめり込んだのであった。



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その聖剣、選ばれし筋力で ~選ばれてないけど聖剣抜いちゃいました。精霊さん? 知らんがな~


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