第六話 王女のお願い
「こっちこっち!」
デボラ王女に手を引かれながら、私は走っていました。
もちろん、ミリヤムを迷子にするわけにはいかないので、彼女の手も握っています。
どこか、頬が赤くなっていますね。
しばらく走っていると、途中ですれ違うメイドや執事が驚いたように見てきます。
まあ、一国の王女がどこの馬の骨とも知れない男を引っ張っていたら驚きますよね。
しかし、彼らの目にはそういった理由の驚きだけでなく、どこか私たちを哀れに思っているようなものもありました。
それは、デボラ王女の評判にあるのでしょう。
何故なら、彼女は『癇癪姫』と呼ばれ恐れられているのですから。
普通の人なら目をつけられるだけでも絶望するでしょう。
逆に、私的にはご褒美です。嬉しいですねぇ。
そんなことを考えながら走っていると、デボラ王女は一つの部屋に飛び込みました。
私たちも付いていくと、扉を閉めるように言われます。
中は、大きなベッドや机など、一般的に見られる家具が置いてありました。
とはいえ、その質は庶民が購入できるようなものではないことは、目に見えて明らかですが。
「おや、ここは……」
「僕の部屋だよ!」
私が呟くと、デボラ王女が振り返って教えてくれました。
ふむ、やはりですか。
豪華なドレスが何着かあれば、デボラ王女の部屋と分かりますしね。
「ふふーん。普通の人は絶対に入れないし、最近ではパパも入れていないレアな部屋なんだから、感謝してよね」
「ええ、感謝しましょう」
レイ王はとても親ばかで過保護だという感じがしました。
もし、嫉妬されて処刑まではいかなくとも何らかの懲罰を受けることになれば、私はデボラ王女に感謝しまくるでしょう。
「うんうん、君はちゃんと自分の立場が分かっているようだね。褒めてあげるよ!ほら、よしよししてあげようか」
私の反応にとても気を良くしたようで、デボラ王女はとても上機嫌です。
「おや、良いんですか?」
「うん!信賞必罰だからね!」
何がでしょうか。
しかし、このような少女に人間にとって大切な頭を撫でられるというのもなかなか……屈辱的というか、みじめな気持ちになれますね。
そう判断した私は、早速デボラ王女に頭を差し出そうとするのですが……。
「…………」
「おやおや……」
ミリヤムが私の手を掴んで離しません。
ふふ、私を悦ばせるのは自分だけだと言いたいのですか?
分かっていますよ、そんなこと。
あの回復魔法は、ミリヤムだけの特殊スキルですからね。
「むっ……。そう言えば、勇者のことは聞いたけど、君のことは知らないな」
「…………」
私が自分の元に来ることを邪魔されたと思ったデボラ王女は、あからさまに不機嫌になります。
普通、将来は外交なども行う王女がこのようにはっきりと感情を露わにするのは控えた方がいいと思うのですが、この感情の豊かさこそが、彼女が『癇癪姫』と呼ばれる所以なのです。
ミリヤムもミリヤムで、王族に対しては良い感情を一切持っていないので、デボラ王女を半分睨みつけるような感じでむっつりと黙り込んでしまいます。
ここは、二人の敵意を私に向けなければ……。
「この子はミリヤム。私の旅の大切なパートナーですよ」
「……ふふん」
そう、どうしても傷を負いがちな私を回復してくれ、さらには苦痛まで与えてくれる大切なパートナーです。
ミリヤムは可愛らしくはにかみます。
普段からこのような笑みを浮かべていれば男性にも大人気でしょうが……まあ、無表情が多い今でも人気はあるでしょうね。
「ふーん。……そんな仏頂面の女のどこがいいの?」
「…………」
一方、私の言葉にムカッとした様子はデボラ王女にありました。
初対面であるミリヤムにも、容赦なく毒舌が飛びます。
私も罵倒してほしいですねぇ……。
「こういうところも、ミリヤムの可愛いところの一つですよ」
「……照れるわ」
「ふーん……まあ、どうでもいいや」
私が言うと、ミリヤムはポッと頬を染めて私の手を握る力を強めます。
見目麗しいのは事実ですしね。それに、スタイルも良いですし。
デボラ王女はミリヤムに対して興味を失ったようです。
ムカつくけど、私が大切にしているから仕方なく無視することにしたようですね。
デボラ王女はミリヤムを見ていた時の荒んだ目とは違い、キラキラと輝く目を向けてきます。
「僕がパパにお願いして君を呼んでもらったのは、君にお願いがあるからなんだ」
「お願い、ですか?」
無理難題だと嬉しいですねぇ……。
「そう。聞いてくれるよね?」
はい、喜んで。
私の都合を一切考慮しないデボラ王女の言葉に、私は女王様としての資質を感じました。
私はすぐに了承の意を伝えようとしたのですが……。
「……ちゃんとお願いの内容を言ってくれないと困ります」
ミリヤムが私を庇うように一歩前に出ます。
私のことを心配してくれているのでしょうか?
しかし、デボラ王女は自分の提案を私に答えさせる前に邪魔をするミリヤムのことを好ましく思っていないようで、むすっとわかりやすく顔を不機嫌に歪めます。
「むっ、君には頼んでないんだけど」
「私はエリクのパートナーですから」
「…………仕方ないなぁ。じゃあ、言うよ?」
デボラ王女に睨まれても、ミリヤムも引きません。
しばらく睨み合っていましたが、結局デボラ王女が折れました。
おぉ、これは凄い。
あの悪名高い『癇癪姫』を前にして、ここまで張り合える女性がこの国にどれほどいるでしょうか。
私がミリヤムの気の強さに、将来私にお仕置きとかしてくれないかと考えていると、次に飛び込んできたデボラ王女の言葉に機敏に反応しました。
「僕と一緒に、ダンジョンに潜ってほしいんだ」
だ、ダンジョン……?
「ダンジョンに?」
「そう!僕のパパは過保護でね、全然外に連れ出してくれないんだ。でも、僕はやっぱり外の話に憧れるんだよ。ダンジョンに潜る冒険者の話とか、大好きなんだ!」
ミリヤムの言葉に、デボラ王女はキラキラと何かに憧れるように目を光らせます。
一方、ミリヤムの目は死にます。元から生気は薄いですけど。
それもそうでしょう。
デボラ王女が語るもしくは知っているダンジョンというものは、創作物に出てくるものでしかありません。
彼女の憧れ様からして、おそらくはダンジョンの綺麗な面しか知らないのでしょう。
ダンジョンというものは、非常に過酷なものです。
中に入って命を落とした冒険者は数知れず。
物語のように大成功を収める冒険者などはごく一部しか存在せず、逆にほとんどが血みどろになりながら地面を這いずって戦っている場所なのです。
だから、私は大好きです。
「それに、勇者も知っていると思うけど、僕結構強いんだよね。騎士の鍛錬にも混じっているし」
「ええ、良いパンチでした」
「へへっ、でしょっ?」
拳を再び突き出すデボラ王女に、私は素直に褒め称える。
ええ、あれは良い一撃でした。
今も、鈍い痛みが続いていて堪りません。
「それに、僕はパンチだけじゃあないんだよ?とっておきの魔法があるからね!」
「ほう、それはそれは……」
噂に聞く、あの魔法ですか。
デボラ王女が『癇癪姫』と言われるが所以の……。
噂は所詮噂でしかなく、結局はその目で確かめるまでは信用してはいいものではありません。
ただし、期待はしてもいいはずです。
ふふ……私も癇癪を起こされたいですねぇ。
「ねっ?いいよね、勇者。僕をダンジョンに連れて行ってくれるよね?」
上目づかいで私を見上げるデボラ王女。
手練れの冒険者でもあっけなく命を落とすような場所に、強いとはいえ素人の彼女を連れて行き、彼女を守りながら戦うというお願いですか……。
ふっ、断る理由がありませんね。
「ええ、いいです―――――」
「ダメです」
私が即答で了承しようとした時でした。
ミリヤムが無表情で切って捨てたのです。
な、なんと勿体ないことを……!
「…………は?」
デボラ王女の冷たい顔が、ゾクゾクしますねぇ。