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第五十二話 隠し玉

 










「あっ……」


 エリクが去って行った後、ミリヤムは心細そうな声を漏らした。

 故郷から出てから……いや、追い出されてからずっとエリクと行動を共にしてきたのだ。


 ミリヤム自身は、強いわけではない。

 だからこそ、エリクと共に力を合わせて生きてきたし、これからもそうであると確信している。


 そんなパートナーから離れてしまい、ミリヤムは非常に心細かった。


「へへ、そんな寂しそうにするなよ。俺たちがいるからよ」


 そして、それは周りを囲むグレーギルドの連中によってさらに掻き立てられた。

 ニヤニヤと汚い笑みを浮かべ、厭らしい視線を向けてくる。


 自分のスタイルがそこそこ良いことを自覚しているので、男からそのような目で見られることは慣れている。

 彼女も、大した反応を見せてこなかった。


 しかし、それは生来からの感情表現の拙さと、隣にエリクがいたということだ。

 彼はそのような視線がミリヤムに向けられた時、そっとその視線の間に入ってくれるのである。


 その優しさに、彼女は今までどれほど助けられてきたことか。

 ……なお、陰の視線を向けられることが気持ちいいという理由だということは、彼女は知らない。


 ミリヤムが改めてエリクという存在に頼っていたかということを実感していると……。


「エレオノーラさん……?」


 スッと側に来て支えてくれたのは、エレオノーラであった。

 彼女もまた厭らしい視線を向けられているというのに、ミリヤムのように怯えることはなく、凛として堂々たる態度をとっていた。


「私ではエリクさんの代わりにはなりませんが……」

「……ううん、嬉しかった」


 確かに、エリクの代わりにはならない。

 ミリヤムにとって、彼はかけがえのない存在なのだから。


 しかし、自身も女である以上不快な視線を、彼女のためにその身で遮ってくれているのである。

 感謝しないはずがなかった。


「おっ? 先にあんたが相手してくれるのか? 大人しくしてくれれば、優しくしてやるぜ?」


 くくくっと笑いながら下品なことを口走るグレーギルドの男。

 ミリヤムはそれにカッとなるが、エレオノーラが前に手を出して制止してきたので言葉を飲み込んだ。


「私には、エリクさんの代わりはできません。彼のように、あなたを言葉や笑顔で安心させることはできません」

「エレオノーラさん……?」

「おいおい、何をブツブツ言ってんだよ」


 エレオノーラの言葉……独り言のような言葉に、ミリヤムは訝しさを覚える。

 彼女は、グレーギルドの男たちのからかうような言葉も聞こえていないようだった。


「そう、私にできることは――――――」


 そう言うと、エレオノーラの腕に魔力の光が集まった。

 それは、徐々に形を成していき、ついに……。


「――――――ここにいる者たちを皆殺しにして、あなたを安心させることです」


 光が弾けミリヤムの目に飛び込んできたのは、エレオノーラの拳と腕を覆う異形の武装であった。

 手甲。武器屋で見たことはあるが、彼女の装着しているものはそのどれよりも大きくて、重そうで、硬そうだった。


 そして、何より異質だったのは、手甲に散りばめられている棘である。

 その棘に刺さっただけでも重傷を負ってしまいそうな、針山のような手甲だった。


「そ、それは……」


 エレオノーラのような性格の女性が使うとは思えないような武器に、ミリヤムは思わず声を出してしまう。

 狼狽しているのは、彼女だけではなかった。


 ミリヤムたちを囲むグレーギルドの構成員たちも、先ほどまでの余裕とは一転して酷く狼狽していた。

「ミリヤムさんのため、正義を執行します」


 エレオノーラはそう言って、グレーギルドの用心棒たちに襲い掛かったのであった。











 ◆



「待ちなさい!」

「ひぃっ、ひぃっ……!」


 私が必死に静止を呼びかけても、クレトはまったく耳を貸しません。

 まあ、それも当然ですよね。捕まったら、自分の人生も終わるのですから。


 牢獄にぶち込まれる……いえ、奴隷商売なんてことをしていれば、下手をすると処刑もあり得ます。

 ……じゃあ、奴隷商売なんかするなよという話ですが。


 そんなことを考えながら、私は息を大して乱さず走っていました。

 私よりも先に逃げ出していたクレトの姿はすでに見えていますし、彼はとても息を乱していました。


 これが、人や魔物にボコボコにされてきた私と、違法な商売をしてのんびりとしていたクレトとの差です!

 ……というか、さっさと隠し玉や切り札を使ってほしいのですが。


 それを堪能したら、素早くミリヤムとエレオノーラさんを残してきた場所に戻り、グレーギルドの用心棒たちにリンチされなければならないのです。

 時間に猶予はありません。一刻も早く使ってくれなければ……。


「ひぃ……ひぃ……っ!」


 そう思いながら走っていると、ついにクレトが立ち止まりました。

 別に、行き止まりというわけではないので、単にもう走ることができなくなるほど体力を消耗しただけでしょう。


 ふっ……いい感じに追い詰めることができましたね。

 さあ、レッツ隠し玉!


「観念しなさい、クレト・ラボイ。大人しく投降すれば、手荒な真似はしません。それに、情状酌量の余地があるとみなされるでしょう。あなた自身のことを思えば、大人しくお縄につくべきです」


 思ってもいないことを言う私。

 ダメですよ、クレト。最後まであがいて、切り札を使うのです。


 そんな私の想いが届いたのか、クレトはくくくっと私を嘲笑いました。


「ふんっ! 誰がそんな言葉に騙されるか! 王都で規制が厳しい奴隷商売をしていて、命を助けてくれるはずがないだろう! 捕まった先に待っているのは、絞首刑か斬首刑のどちらかだ!」


 絞首刑と斬首刑……どちらがより苦しいのでしょうか。

 私が処刑されるときは……うーむ、悩みます。


 ……スキルがあるから、両方味わえばいいんですね!

 私も、勇者としての役目が終わったら奴隷商売をしましょうか。


「しかし、ここで逃げてどうなるのです? 私やエレオノーラさんが報告すれば、あなたは確実に捕まりますよ?」

「確かに、それはそうだろう。だから、このことが露見するまでにできるだけ遠くに逃げなければならん。そのためには……」


 クレトは汗でびっしょりとなった顔を私に向けます。

 その自信に満ちたニヤリとした顔は、まさに私が待っていたもので……。


「貴様らを皆殺しにして、できる限り発覚するのを遅くするのだ」


 クレトはそう言って、また指を鳴らします。


「――――――がっ!?」


 その次の瞬間、私は横からとてつもない力を加えられ、吹き飛ばされたのでした。



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その聖剣、選ばれし筋力で ~選ばれてないけど聖剣抜いちゃいました。精霊さん? 知らんがな~


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