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第五十一話 譲り合い

 










 奴隷商売。その言葉を聞いてクレトは冷や汗を流しています。


「寒村では、子供を養えない家庭もあります。そんな家から子供を買い取り、奴隷として売りさばく。そこから得た潤沢な資金で、商売に投資する。なるほど、あなたの商会が急成長した理由がわかりましたね」

「酷い……!」


 エレオノーラさんの言葉を受けて、ミリヤムは怒りを露わにします。

 私と彼女は寒村出身ですからね。下手をすれば、私たちが奴隷として売られていたかもしれないということもあって、他人事ではないのでしょう。


 ……私はできれば奴隷として売り飛ばされていたかったです。


「そ、その証拠は!? 私がそれをしているという証拠はあるのか!?」


 先ほどまで余裕の笑みを浮かべていて、エレオノーラさんとミリヤムを手籠めにしようとしていた男とは思えないほどの狼狽ぶりです。

 私が言うのもなんですが、もう少し感情を表に出さないようにした方がいいのではないでしょうか。


「先ほど、私が言ったでしょう? オリヴェル……彼から聞いたのですよ。あなたとつながっていた、王都の騎士から」

「ぐっ……! 最近連絡がとれないと思っていたら……私を裏切っていたのか……!!」


 おぉ、流石エレオノーラさんです。裏付けもとってあったのですね。

 ……とっていなかったらとんでもないことになっていたようですが。


 まあ、その時は彼女たちの代わりに私を好きにできるということでご勘弁願うところでした。


「あなたを追い詰めるだけの証拠はまだありませんが……彼の証言だけで十分ですし、今のあなたの反応を見れば黒だとわかります。証拠は、これからあなたの商会を調べていくうえで簡単に出てくるでしょう」

「うぐっ……!」


 苦しげな表情を浮かべるクレト。

 証拠の隠滅とかはしなかったのでしょうか?


 もしかしたら、最近うまくいっていて油断していたのかもしれませんね。


「それでは、今日はここまでにさせていただきます。後日、騎士団から調査の者が来るでしょうから、誠実な対応をお願いしますね」


 エレオノーラさんはそう言って立ち上がりました。

 私たちも、慌ててそれに付き合います。


 ……結局、私とミリヤムは何もしていませんね。

 ……いえ、ここからなのでしょう。私が悦ぶ……もとい活躍するのは!


 私は期待を込めてクレトを見ます。

 彼は……私の期待に応えてくれるかのように、脂汗を浮かび上がらせながら薄い笑みを浮かべていました。


「お待ちください」

「……何か?」


 クレトの言葉に、エレオノーラさんも立ち止まって冷たい目を向けます。

 ふっ……来ましたね……。


「奴隷商売のこと、知られては帰すわけにはいきませんな」


 クレトはそう言って指を鳴らしました。

 その瞬間、扉から大挙として押し寄せてきたのは、いかつい男たちでした。


 その中には、私たちを案内してくれた人もいました。

 エレオノーラさんの言う通り、簡単には終わりませんでしたねぇ……。


 私はミリヤムを下げさせ、ふっと笑いました。


「グレーギルドの者たちです。私の用心棒を頼んでいましてな」

「その依頼金も、奴隷商売で稼いだものですか?」

「さて、どうでしたかな?」


 エレオノーラさんの冷たい視線も、グレーギルドとやらの仲間を得たからでしょうか、クレトは笑みを浮かべて誤魔化しました。

 さてはて、グレーギルドとは……。


「……犯罪を行うギルドのこと。正規ギルドには依頼されないような荒っぽいことを引き受けている。だから、多分用心棒の仕事だけをしていたわけではないと思う」


 なるほど、用心棒以外にも荒っぽいことをやっていたかもしれないということですね。

 確かに、用心棒なら正規ギルドでもできることでしょうからね。


「しかし、グレーギルドなんて分類があるんですね」

「……これは噂だけど、闇ギルドと呼ばれるグレーより上……下? のギルドもあるみたい。グレーより恐ろしいギルドだって。遠い王国で、闇ギルド同士が衝突したとか……」


 なんと……それは心躍りますねぇ。

 いずれ、私もその闇ギルドの方とお会いしたいものです。


 しかし、今は闇ギルドのことではなく、グレーギルドの人たちにお相手してもらいましょう。


「ラボイさんよ。こいつらはどうしたらいいんだ?」

「そうだな。女二人はもちろん、あの男も勇者ということもあって王族とつながりがあるから生かして帰すわけにはいかん。三人とも、奴隷として売り飛ばすさ。……まあ、その前に女二人は私が楽しませてもらうがな」

「おいおい。俺たちにも分けてくれるんだろうな?」

「特別手当だ。私の後にくれてやる」

「へへっ。物わかりのいい依頼主で助かるぜ」


 何というかその……あからさま過ぎる悪ですねぇ。

 私はそう思いながら、ミリヤムとエレオノーラさんの前に立ちます。


「そうはさせませんよ。彼女たちをどうにかしたいのであれば、その前に私です」

「エリク……」


 そう、まずは私をむちゃくちゃにしてくれなければ困りますねぇ……。

 いえ、まあ放置プレイというのもまたいいのかもしれませんが、やはり苦痛を直接与えられた方が私的には嬉しいのですが……。


「くくっ、利他慈善の勇者様よ。あんたがお優しいのは別にいいけどよ、あんた一人で俺たちをどうにかできるとでも思っているのか?」


 思っていません。早く私を叩きのめしてほしいです。

 しかし、ミリヤムとおそらくエレオノーラさんは私と同じMの道を行くものではありません。


 彼女たちは逃がさなければ……。


「エリクさん」


 私が決意を新たにしていると、エレオノーラさんが私の隣に並びました。


「私を庇っていただけるのは嬉しいのですが、私は正義の騎士です。そのような気遣いは、無用です」

「……なるほど、差し出がましいことをしてしまいました」


 エレオノーラさんがクレトやその用心棒たちに向けている冷たい殺意は、直接向けられていない私でも震えてしまいそうでした。もちろん、歓喜で。

 彼女は、私が庇う必要もないということです。


 ……しかし、殺意ですか。いくら害意を示してきているとはいえ、まさか騎士があっさりと人に殺意を抱くとは思いませんでした。


「……っ。こ、この場はお前たちに任せる。私は念のために避難しておくからな」

「はいよー」


 その殺意を聡く感じたのでしょう、クレトは後ろにもあった扉で部屋を抜け出してしまいました。

 殺意に気づいていない用心棒たちは、自分たちの優位を確信して笑みを絶やしません。


 ここで私がとるべき行動とは……!


「エレオノーラさん、このままではクレトが逃げてしまいます。ここは、私に任せて先に行ってください」


 私が、彼らのリンチを引き受けましょう!

 デボラたちを逃がした時のことを思い出しますねぇ……。


 しかし、エレオノーラさんは首を横に振ってしまいます。


「いえ、私がここに残りますので、エリクさんが彼を追ってください」


 ……なんですって?

 まさかの御言葉に、私も目を見張ります。


「私は正義の騎士にして、国に仕える者です。私が危険なこの場から逃げ出すことは、許されません。……それに、私の武装は重いものなので、追うことに適していないのです」

「それを言うなら、私もデボラの忠節の騎士です。出自は農民ですが、今は国に対して仕えているのです。それに、女性をこの場に残すわけにはいきません。ここは、私に任せてください」

「いえ、ここは私が」

「いえいえ、ここは私が」

「いえいえいえ」

「いえいえいえいえ」


 同じ言葉を繰り返す私とエレオノーラさん。

 くっ……頑固ですね!


 このままでは、どっちが残るかということでずっと『いえいえ』と言い続けなければなりません。

 ここは、私が引くべきでしょうか?


 ……いえ、しかし、この一対多という貴重な機会を逃すわけには……。

 私が葛藤していると、グレーギルドの人たちが嘲笑います。


「俺たちからすればその女騎士に残ってほしいが……だが、あの依頼主も切り札を持っているっぽいからな。追うのはおすすめしないぜ?」

「そうそう、俺たちと楽しく遊ぼうぜ!」


 ゲラゲラと笑う男たち。

 しかし、私は一人の男が言っていた後半の部分を聞いて、ピクリと身体を反応させていました。


 ……切り札? クレト・ラボイは、まだ何か隠し玉を持っているというわけですか?

 …………。


「このまま主張し合っていても、結論は出ません。仕方ないので、私がクレトを追うことにしましょう」


 私はエレオノーラさんにそう切り出しました。

 それを聞いた彼女は、コクリと頷きます。


「エリクさんになら任せられますね。それでは、クレトをよろしくお願いします」

「任せられました。これが無事に終われば、お酒でも飲みに行きましょう」


 とくに、私はこの誘いに狙いはありませんでした。

 しかし、エレオノーラさんは多少目を見開くと、少し悪戯っぽく微笑みました。


「私を酔わせて、何をするつもりですか?」

「いえ、特に何も」

「……それはそれで少し傷つきます」


 あっさりと否定すれば、頬を軽く膨らませるエレオノーラさん。

 何だか、つい先ほどの笑みといい今の拗ねる様子といい、今まで見られなかった彼女の面を見ているようです。


「私は普段そういうことには付き合わないのですが……いいですよ。送り狼にはなりませんよね?」

「ふっ、もちろんです」


 クスクスと微笑むエレオノーラさんに、私も笑い返します。

 そんなこと、できるはずもありません。


 後ろから私を見ているミリヤムの目が怖いですからね。


「それでは、また後で」

「ええ」


 私とエレオノーラさんは、そう声をかけあって別れました。

 私はまだ甘かったグレーギルド構成員の包囲を潜り抜け、クレトが出て行った扉を開けて飛び出しました。


「あっ! 私も……!」


 ミリヤムも私の後に続こうとしたようですが、二人は逃がすまいと包囲が堅くなったために出ることができませんでした。

 彼らは、男の私には興味がないから逃がしたのかもしれません。


 依頼に不誠実だとも思いますが……グレーギルドとはそういうものなのでしょう。

 さて、そんな所にミリヤムを置いて行ってもいいのかとも思いますが……正直、私の側にいるよりもエレオノーラさんの近くにいた方がいいでしょう。


 私の見たところ、用心棒の中に腕の立つ者はいませんでした。

 一方、彼らの言うことを信じれば、クレトには何か隠し玉がある様子。


 何が起こるかわからない場所に連れて行くよりも、あの場に残っていた方がマシかもしれません。

 それに、私よりもエレオノーラさんの方が強いと思いますし。


 直接彼女が戦闘をしているところを見たわけではないので断言はできませんが、あの重たそうな鎧を一日中つけて歩き回っていても疲れた様子を一つも見せませんし……。

 私が勝っていると断言できるのは、スキルありきの耐久力くらいです。


「ミリヤム! エレオノーラさんと頑張ってください!」


 そのため、私はそう言ってクレトを追ったのでした。



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