第四十七話 エレオノーラという騎士
「さて、これからどうするべきでしょうか……」
レイ王に召喚され、新たな任務を言い渡されてから一日が経ちました。
あの後は疲れをとるために休息をとらせていただき、今日から王都の治安向上のための任務に就くことになります。
今は、私たちと同じ任務に就く女騎士ブラトゥヒナさんを待っているという状態です。
「適当でいいんじゃない? どうせ、レイ王も治安なんてどうでもいいと思っているだろうし」
私の隣で相変わらず王族への毒を吐くミリヤム。
うーむ……誰かこの言葉を聞いて王に告げ口をしてくれないでしょうか?
そうすれば、私がミリヤムを庇って合法的に処刑していただけるのですが……残念ながら、近くに人の姿はありません。
彼女もそのことをちゃんと認識してから話しているようです。
「しかし、任された以上はしっかりと任務を果たさなければいけません」
「……エリクはまじめすぎ、お人よしすぎ。あんなのの命令に、従う必要なんてないのに……」
あんなの……レイ王をそんなふうに言う人は……結構いそうですね。
しかし……ふふ、王都の治安はミリヤムの言う通り悪いのでしょう。
苦痛と理不尽が、私を待っているに違いありません。
この身体を、存分に使っていただきたい。
「これも、故郷のためですよ」
「……それこそ、あんな奴らのためにエリクが頑張る必要なんてない。あいつらは、エリクのこと……!」
ミリヤムはその顔を憎々しげなものに変えます。
基本的に物静かな彼女ですが、意外と感情の起伏は激しいのです。
しかし、怒りを示してくれることは、大体私のことを慮ってのことなのです。
本当に、ミリヤムは優しい子です。
ですが、良いんですよ。
あんな人たちのために酷使されていると思うと、興奮しますから。
「では、ミリヤムのために頑張るとしましょう。私がレイ王の命令を達成すれば、その分あなたに良い生活を送らせられるでしょう」
私はミリヤムに微笑み、そう言いました。
私の旅は、苦痛や理不尽を謳歌するだけでなく、ミリヤムのためでもあるのです。
私のために、いつも尽力してくれる彼女。
彼女が幸せな生活を送れるように、私も力を尽くしましょう。
……ただ、苦痛を伴い治癒能力がずば抜けているミリヤムの回復魔法は色々な意味で必須なので、申し訳ないですが私に付き合っていただきますが。
「わ、私のことは別にいい……」
顔を背けるミリヤム。耳が赤くなっていますよ。
しかし、どうやら彼女は私に付き合ってくれる様子。感謝しかありませんね。
「お待たせしました」
私とミリヤムが穏やかな会話をしていると、凛とした声が響きました。
振り返ると、そこには相変わらず厳つい鎧を身に纏ったブラトゥヒナさんが立っていました。
「お待たせしてしまい、申し訳ありませんでした。もう少し早く、集合場所に来ているべきでした」
ブラトゥヒナさんは、その気真面目そうな見た目通り真面目なようで、頭を下げて謝罪をしました。
私たちは勇者とはいえ、元は出所の知れぬ農民です。
そんな私たちに、家名持ちの騎士が頭を下げることなんてほとんどないでしょう。
アルフレッドさんやヴァルターさんのような人の良い騎士ならしてくれるかもしれませんが。
「頭を上げてください、ブラトゥヒナさん。私たちも、つい先ほど来たばかりですから」
「いえ、謝罪はしなければなりませんから」
頑固ですねぇ。
結局、ブラトゥヒナさんが満足するまで、彼女は頭を下げ続けるのでした。
「……私たちに謝る騎士なんていたんだ……」
ブラトゥヒナさんが顔を上げると、ミリヤムは思わずといった様子で呟きました。
まあ、レイ王ほどひどくなくとも、ヴィレムセ王国の騎士はあまり国民に優しくないですからね。
家名持ちということで、ブラトゥヒナさんのことも警戒していたのでしょう。
彼女はミリヤムを見て、当たり前だと頷きました。
「当然です。非が自分にあるのであれば、相手がどのような者であれ謝罪しなければなりません。それが、正義です」
ブラトゥヒナさんは、私たちの顔を見ます。
「それに、あなたたちは日ごろから民を救っている勇者……最近では、王族を守るために危険なしんがりを務めました。その時の怪我も、相当なものだったと聞きます。そんなあなたたちに、敬意を表さなくては正義を名乗れません」
やけに正義という言葉を多用することに少し疑念を抱きますが……しかし、ありがたいことです。
ミリヤムは驚いたように目を丸くしています。
「……それでは、早速行きましょうか」
「行く、とは……?」
歩き出そうとするブラトゥヒナさんに問いかけます。
「まずは、王都のどこが治安悪いのか、歩いて見て回るべきです。対策を考えるのは、それからです」
「わかりました」
なるほど、一理あります。
まあ、私としては事件が起きているところに飛び込めればそれでいいので、ブラトゥヒナさんに反対するはずもありません。
「あ、それと」
彼女は思い出したような顔をして、振り返って言いました。
「私のことは、エレオノーラで結構です。お仕事をする、仲間なのですから」
うっすらと微笑んだエレオノーラさんは、とてもきれいに見えました。
◆
エレオノーラさんとミリヤムと一緒に王都を歩いていますが、やはり私たちの故郷とは比べ物にならないほど活気がありますね。
賑やかな笑い声が聞こえてきますし、客寄せの声も聞こえてきます。
警邏をしている私たちですが、今のところ私たちが出張らなければならないような事件はありません。
王都の治安があまりよろしくないといっても、市場のあるような中心ではそうそう派手な犯罪も起きないようです。
とはいえ、人がいるところに犯罪が起きるのであって、こんなにたくさんの人がいればいつ何が起きてもおかしくありません。
気を引き締めて、何かあればすぐに飛びこみ身代わりになれるるようにしなければなりません。
私はMセンサーを広く張り巡らせて、少しでも引っ掛かれば突撃できる心づもりをしていました。
そんな時、私の耳に小さな泣き声が聞こえてきました。
これは……子供の声……?
「行きます」
「あっ」
私だけでなく、エレオノーラさんも聞こえていたようで、ズンズンと歩いて行ってしまいました。
こんなに人ごみがあって様々な雑音が発生しているというのに、どこから泣き声が聞こえてくるか分かっているようです。
何とか彼女についていくと、そこには小さな女の子がぐすぐすと泣いていました。
「どうかしましたか?」
「え……?」
声をかけられ、顔を上げる少女。
エレオノーラさんは、凛とした無表情で少女を見下ろしていました。
あ、そんな話し方だと……。
「うぇぇぇぇぇぇぇ……っ」
「何故ですか」
プルプルと震えて泣きだす少女を見て、不満そうなエレオノーラさん。
いや、ごつい鎧を着た自分よりも大きな人が無表情で見下ろしてきたら、子供は怖いと思うんです……。
そんな時、ミリヤムがスッと少女の近くに行き、しゃがみ込んで目線が同じになるようにします。
「泣かないで。どうしたの? お姉さんたちが、手助けしてあげるから」
「う、うん……」
薄く微笑んで優しく話しかけられ、少女は泣き止みます。
そして、ミリヤムと話しはじめました。
「なるほど、ああいう風に話せばよかったのですね」
「エレオノーラさんは子供と接するのがあまり得意ではないのですね」
「悪を滅することは得意なのですが……」
ぽつりとつぶやいたエレオノーラさんは、どこか微笑ましさを感じさせました。