第四十六話 エレオノーラ・ブラトゥヒナ
「よく来た、ナータン」
「いえいえ、国王陛下のご命令に従わないはずがありません」
レイ王が社交辞令的に労えば、老人――――ナータンさんは深々と頭を下げます。
レイ王は当たり前だと思っているでしょうし、ナータンさんも……おそらくは心の中に含むものがあるでしょうね。
何だか、そんな感じがするとドMセンサーが訴えてきています。
「紹介しよう、エリク。ナータンは王都の治安を向上させる任務に当たらせる男だ」
「初めまして、じゃな、利他慈善の勇者殿。ナータン・ビュートウじゃ」
ニコニコと笑いながら自己紹介をしてくれるナータンさん。
うーむ……私に向けられる視線は、一見すると好意的なものですが……その瞳の奥には何かありますねぇ。
これは、仲良くさせていただいた方が、私にとって嬉しいことが起きそうです。
「かのビリエルの反乱に際し、しんがりを務めて王族をお守りになったとか。守護者と呼ばれることも、理解できるのぅ」
「過分な評価です」
ニッコリと笑いかけてくるナータンさんに、私に笑って返します。
実際、守護者なんて私に似合いませんし。ゴミクズ野郎と呼んでいただきたい。
「さて、王都の警備に関してじゃが……勇者にはこの者をつけたい」
ナータンさんの言葉に従い、一歩前に出てくる女性。
黒髪おかっぱの、いかつい鎧をつけた女性です。
「ワシが王都の治安向上の任務を受けるが、実際にそのために奔走してくれているのはこやつのおかげじゃ」
「なるほど……」
ナータンさんも大柄で弱そうではないのですが……まあ、歳を召していそうですし、王都中を駆け巡るということはしないのでしょう。
その代わりに、彼の配下である彼女が頑張っているということでしょうか。
「エレオノーラ・ブラトゥヒナです。王都の治安向上、正義のために、お互い頑張りましょう」
「私はエリクです。こちらはミリヤム。よろしくお願いします」
手を差し出されたので、私も出して握手をします。
大きな鎧を身に着けていますが、手は女性らしい細いものでした。
しかし、正義感の強そうな女性ですねぇ……。
これは、悪を挫くために、様々な所に飛び込んでくれそうです。
そして、それについていく私もまた危険な目に合い……。
私、期待します。
「エレオノーラ……どこかで聞いたことがあるような……」
ブツブツと小さくミリヤムが呟いています。
知っている方なのでしょうか?
「よし。では、お前たちに王都の治安を任せる。励めよ」
『はっ』
私とブラトゥヒナさんが跪いて王に返答します。
こうして、私たちに新たな命令が下されたのでした。
「むー……僕が王城でつまらない教育を受けている間に、エリクは面白いことするのかな? ずるいなー」
デボラが頬を膨らませて不満のようです。
「冒険はしませんので、ご安心ください」
「うーん……まあ、王都で僕が楽しめそうな冒険はないだろうし……我慢するか」
不満タラタラですが、まだギリギリ許容範囲のようです。
デボラは私に顔を寄せて、悪戯そうに笑います。
「でも、面白そうなことがあったら報告してね。教育を抜け出して、僕も参加するから」
「……ええ、わかりました」
「ふふっ、約束だよ?」
デボラは私に念入りした後、玉座の間を出て行きました。
あぁ……彼女の『爆発』が恋しくなりますが……しかし、これもまた仕方のないこと。
王都に理不尽が待っていることを、期待させていただこうではありませんか。
◆
「(これが、利他慈善の勇者ですか……)」
エレオノーラは、柔和そうな男の顔を見て、心の中で呟いた。
エリク。利他慈善の勇者。
そんな彼が、自分と王都の治安のために行動するという。
「(ナータン様は彼が悪と言っていましたが……本当でしょうか?)」
ナータンに言われた巨悪……それが、本当にエリクなのだろうか?
彼から教えられたことは、戦闘を好んで他者を傷つける『狂戦士』。
もし、この事が真実なのであれば、エレオノーラは彼を断罪しなければならない。
狂戦士は、明らかに正義に反しているからである。
だが、彼女はエリクに対して好意的な評判があることも承知していた。
以前、王都の民に聞いたときの話だ。
自身の危険を顧みず、他者を助けるためにその身を投げだす、まさに勇者という評判。
近時では、王族を守るために、非常に危険なしんがりを務めて成し遂げたとされている。
これが本当なのであれば、彼は断罪されるべきような男ではなく、むしろ自分と同じように正義のために身を尽くしている同志とも言える存在なのではないだろうか。
今までは、ナータンの言うことを信じて悪を滅ぼし正義を為してきたエレオノーラ。
しかし、エリクに関しては、自身の目で確かめようと思うのであった。
「(これからの王都の治安向上任務……これで、エリクさんのことを確かめることができます)」
これからの任務で、エリクのことを評価するつもりのエレオノーラ。
彼が善なる存在であるならば、これからも一緒に正義のために頑張ろう。
しかし、彼が悪なる存在であるならば……世のため人のため、彼を誅さなければならない。
……そう、これは決して自分のためではないのだから。
「ブラトゥヒナさん、私たちも行きましょうか」
「ええ、そうですね」
歪んでいた口元をすぐさま戻し、エレオノーラは呼びかけてきたエリクの元に向かうのであった。