第四十四話 デボラ付きの命令
「ギギィッ!!」
「くっ……!」
振り下ろされる錆びた短剣を受け止めます。
力は、それほど強くありません。
「はぁっ!!」
「ギャァッ!!」
回避能力も高くなく、私に攻撃を仕掛けてきた敵――――ゴブリンは、カウンターであっけなく斬り殺されてくれました。
ゴブリンの個としての能力は、それほど高くありません。
騎士団に入団したての新兵でも、十分に倒すことができるでしょう。
しかし、ゴブリンの恐ろしい点は、個々の能力ではないのです。
「ギギィッ!」
「ギギャッ! ギャッ!」
「グギィッ!」
私の前に現れる何体ものゴブリン。
それぞれが、短剣を振り回して私を威嚇します。
そう、ゴブリンの恐ろしい点は群れること。
数の暴力で押しつぶされるということが、最も恐ろしいのです。
現に、私も囲まれてしまっています。
ふふふ……リンチですね、ありがとうございます。
それに、あの切れ味悪そうな錆びた短剣で切りつけられたら……おぉ、興奮してしまいます。
実は、すでにいくつかの傷を負ってしまっています。
肉を斬るというより抉り取るような痛みに、私は大興奮。
「エリクっ!!」
私を案ずる声が上がります。
私のゴブリンによる包囲網から離れた場所、そこにミリヤムがいました。
心配そうに私を見つめてくれます。
あとで、回復魔法をお願いしますね。あの痛みも、またたまらないのです。
私は、ミリヤムに向かって大丈夫だと微笑みます。
そう、私がゴブリンに囲まれることは、作戦のうちなのですから。
「準備できたよー」
ミリヤムではない少女の声が届きます。
それと同時に、私を囲むように、魔力の渦ができ始めました。
ゴブリンはいまいち脅威だと理解していないようですが、これはとてつもなく危険なものなのですよ。
私は、ミリヤムの隣に立つ小柄な少女に目をやります。
豊かな髪を持つ彼女は、ヴィレムセ王国王女であるデボラでした。
「ほ、本当にするんですか? エリクが心配なんですけど……」
ミリヤムはデボラにそう話しかけます。
作戦とは、私がゴブリンを一点に引き付ける→デボラのスキルで木端微塵→終わり、です。
完璧ですね……。その爆発で私が巻き込まれることも含めて、これ以上の作戦はありません……。
「大丈夫だよ。エリクはスキルで死なないし、君もいるからすぐに回復できるでしょ? へーきへーき」
「そ、それはそうですけど……でも、エリクは痛みを感じないわけじゃないですし……私の回復魔法もちゃんとしたのじゃないし……」
ミリヤム、私はあなたに何度も助けられているのですから、自信を持ってください。
……と言いたいのですが、ゴブリンたちがめっちゃ攻撃を仕掛けてくるので余裕がありません。
「ぐぁっ!!」
ゴブリンの短剣が、私の脚に突き立てられました。ありがとうございます!
遠くからミリヤムの悲鳴が聞こえてきました。
「王女様! エリクが……!」
「はいはい。行くよー、エリクー」
「はい!」
いつでも爆発に巻き込まれる準備はできています!
私の期待に応えるように、ついに魔力の渦の濃さが明らかになってきて……。
「ギギャッ!?」
ゴブリンたちはようやく身の危険を感じたようですが、もう遅いです。
一瞬の静寂の後……。
ズドォォォォォォォォォッ!!
連続するように爆発が起きました。
……連続?
爆風と熱は私を襲ってくるのですが、どれも吹き飛ばされたり火傷したりするほどではありません。
……あれ? 私の期待していたことが起きませんけど?
もっとこう……宙に飛ばされるようなことは……。
しかし、宙を飛ぶのはゴブリンや彼らの千切れた四肢だけです。私の四肢は飛び散っていません。
結局、私は苦痛を味わうことができないまま、デボラによる爆発は終わりを迎えたのでした。
辺りを見れば、ゴブリンたちの死屍累々。
私もあの中で倒れていたかったのですが……。
「エリク!」
ミリヤムとデボラが駆け寄ってきます。
おぉっ、ミリヤム! 彼女がまだいました。
「すみません、ミリヤム。回復魔法をお願いしてもよろしいですか?」
「……っ。私の回復魔法で、いいの?」
「あなたでなければいけないんです」
窺うように尋ねてくるミリヤムに即答します。
そう、私を回復してくれるのは、彼女でなければいけないんです。
「……分かった」
ミリヤムはそう言って、私に回復魔法をかけてくれました。
温かな光……そして、再び錆びた剣で身体を斬られるような痛みが襲いました。
「ぐっ……ぅっ!」
「…………」
私を回復してくれる時のミリヤムは、彼女が痛みを味わっているかのように苦しそうな顔をします。
ミリヤム、笑ってください。私は悦んでいるのですから。
苦痛を与える回復魔法……そして、その副作用の代わりに治癒速度や回復力は他の回復魔法使いとは比べ物にならないくらい素晴らしいものです。
私の怪我も、一瞬にしてなくなってしまいました。勿体ない……。
「ミリヤム、ありがとうございます」
「……ううん」
微笑みかければ、ミリヤムもようやく笑ってくれました。
「いやー、うまくいって良かったね」
そんな私たちの間に入ってきたのは、デボラでした。
……今は王女と付けた方がいいのでしょうか?
「デボラ王じょ……」
「王女はいらないから」
即答で私の言葉を遮るデボラ。
なるほど、ではそのように……。
「デボラ、助かりました」
「ふふん、いいよいいよ。エリクは僕の騎士だからね。手助けするのは当然だよ」
胸を張るデボラ。
褒められて喜ぶ子供そのものですね。
「しかし、あの爆発のコントロールは……」
よろしくないです。私諸共吹き飛ばしてもらわなければ困るというのに……。
「エリクに当たらないようにーって考えていたらできた。……まあ、いつもうまくいくわけではないけどね」
「そうですか……」
デボラが進化している。
私はそのことに焦燥感を覚えましたが、よく考えれば爆発が私を巻き込まなかったのはこれが初めてでした。
成功率はそれほど高くないのでしょう。
これには、私も安心です。
「でも、エリクはいつもこんなことをしていたんだね。大変だねぇ」
「ええ、まあ……」
私たちがゴブリン討伐をしているのは、相も変わらずレイ王から下される命令によるためでした。
しかし、デボラの言う『いつも』とは少し違います。
ビリエルの反乱事件が収束してから、デボラは私とミリヤムと共に行動をするようになりました。
冒険がしたいと言っていたのですから、私たちについてくるのは好都合だったのでしょう。
さて、そうなって不都合だったのは、レイ王です。
いえ、王族嫌いのミリヤムも凄く嫌そうでしたが、露骨に嫌そうで反対もしたのがレイ王なのです。
それはそうでしょう、親馬鹿な彼が危険な外に愛娘を放り出したいはずがありません。
今までのように、王城で蝶よ花よと愛でていたいでしょう。
それに、私に押し付けてくる命令は、私が悦べるほど過酷なものです。
そんなものに、デボラを行かせたいはずがありません。
猛反対するレイ王でしたが、デボラもまた頑固です。
意見が対立して真っ向から口論する二人でしたが、最後に『パパ嫌いになっちゃいそう』という脅しに屈したレイ王は、デボラの付き添いを認めることになりました。弱い。
しかし、だからと言って私たちに押し付けていたような命令にデボラを従事させるわけにもいきません。
そこで、命令の難易度は恐ろしく下がりました。
今回のような、少し増えすぎたり人の営みに被害を出したりする弱い魔物の討伐ばかりです。
私は不満です。
デボラの爆発に巻き込まれるのは快感なのですが……昔のような過酷な命令の連続もまた思い出せば恋しいものです。
「あっ、そう言えば、パパがエリクを呼んでいたよ」
「えっ、レイ王が……?」
嫌そうにしたのはミリヤムである。
彼女の王族嫌いランキングトップを走っているのが、おそらくはレイ王ですからね。
しかし、私はウキウキです。また、無茶な命令をしていただけるのでしょうか。
「なるほど、それなら、王都に戻りましょうか」
「うん」
「……うん」
私の言葉に頷くデボラとミリヤム。
こうして、ゴブリン討伐を終えた私たちは王都に戻るのでした。
新章・断罪騎士編スタートです!
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