第四十三話 ナータンの悪だくみ
「ヘーグステットめ……まさか、反乱を起こすとはな」
レイ王は玉座で憎々しげにつぶやいた。
「まぁ、予想できなかったわけではないがな。ワシのことを快く思っていない貴族の方が多いし」
「心中お察しします」
レイ王があっけらかんと言う言葉に、彼の忠節の騎士である宰相は頭を下げる。
ヴィレムセ王国の貴族の間では、親レイ王派と反レイ王派が存在する。
今のところ、勢力的には後者の方が大きいほどだ。
「くくっ……だが、ヘーグステットが反乱を起こしたことは、奴らにとっても予想外のことだっただろう。これで、少し奴らを小突いてやるか」
楽しそうに笑うレイ王。
一方、宰相は気苦労していそうな顔つきでため息を吐いていた。
「しかし、今回はオラース王子やデボラ王女、そして勇者によって助けられましたが、このように何度も反乱を起こされては堪りませんよ。それに、ヘーグステット単独だったから大した規模ではなかったものの、これが広がりを見せれば王都も危うくなります」
「そう、それだ!!」
「えっ?」
突然立ち上がって大きな声を出すので、宰相はびくりと震える。
現在のあまりよろしくない状況を理解してくれたのかと、一瞬喜びそうになるが……。
「勇者が……エリクがしんがりを務めてデボラたちを助けたと言うではないか! くっ……何とも複雑だ……!」
「はぁ……」
残念、レイ王はただの親馬鹿であった。
「デボラを救ってくれたことは感謝しかないが……くぅ! これで、エリクも死んでいれば完璧だったのだが……」
「……確かに、今回のこともあって、利他慈善の勇者の名は大きく広がりました。国民からは、より慕われることになるでしょう。一部では、彼のことを『守護者』などと呼ぶ者もいるほどです」
宰相は、エリクの求心力が高まることを危惧していた。
エリクを慕い、レイ王を蔑ろにするようなことになれば……非常にマズイことになる。
彼を担ぎ上げ、現在の王政をひっくり返そうとする動きが出てくるかもしれない。
そうなれば、貴族だけでなく国民も彼を支持するかもしれない。
それは、現王政にとって非常にマズイ。
しかし……。
「まあ、それは大丈夫だろ」
レイ王は酷く楽観的であった。
「エリクに王政を転覆させようとする意思があるとは思えん。あいつの隣にいる女は分からないが……少なくとも、エリクにはないだろう。もしあるのだとしたら、ワシの無茶な命令をどうして何度も引き受ける? 本当にそのような気概があるのなら、とっくに暴発していてもおかしくないのだ」
自分の出していた命令が無茶であることは分かっていたのかと、宰相は何となく思った。
「し、しかし、今は怒りを溜めているだけかもしれません。これからも続けていくとしたら、もしかしたら爆発をするかも……」
「考えにくいと思うがな。あいつは、根っからの善良な男なのだ。ワシの命令に従うのも、あいつの故郷のためだ。利他慈善の勇者と言われているが、あながち間違っていないのだ。それに、ワシを見る目も、敵意などは一切ない。……それこそ、あいつの隣にいる女は凄まじいがな」
くくくっと笑うレイ王。
ミリヤムの王族に対する敵意など、彼はあっさりと見破っていた。
その一方、エリクが自分に対する悪感情を持っていないことも分かっていた。
普通、あんな酷使のされ方をすれば、恨んで当然なのだが……。
おそらく、レイ王自身がそのようなことをされていれば、敵意どころか殺意を持っていたに違いない。
「それよりも、だ!」
レイ王はガッと玉座を殴りつけて立ち上がる。
彼は激怒していた。
「どうしてデボラとあんなに仲良さげになってる!? ワシ、解せん!!」
「は……?」
ポカンと口を開ける宰相。
しかし、そう言えばこいつはこういうやつだったと思い出したのか、深いため息を吐いた。
「ワシは最近デボラから冷たくされているというのに、どうしてエリクなどのような男と親しくしているのだ!? 忠節の騎士とか、やっぱり許せん!!」
「まあ、今回も身を挺してかばったようですから、デボラ王女からすれば嬉しかったのではないでしょうか?」
「ワシだってその場にいたら身を挺すわ! くそっ……やっぱり、ワシも行けばよかった……!」
「いいわけないでしょ。あなた、国王なのですよ」
「その前に、デボラのパパだ!!」
あー、もうこいつ面倒くせぇな。
宰相は黙ることにした。
心の中では、何を思おうが自由である。
内心の自由をあまり厳格に守っているというわけではないヴィレムセ王国であるが、宰相レベルの地位になれば、ある程度守られるのであった。
「父上、ヘーグステット領の事後処理の件で……なんだ、これは」
入室してきたオラース王子が、ギャアギャアと一人で騒いでいるレイ王を見て、白い目を向ける。
事後処理を行っていたというのに、王はなにをしているのか。
「す、すみません、王子殿下。国王陛下がまたデボラ王女殿下のことで……」
「……はぁ、父上の親馬鹿も、そろそろ卒業してもらわないとな。……そう言えば、先ほどデボラが勇者殿を引っ張って行ったのを見たな。あの先には……風呂場か?」
「なに?」
騒いでいたレイ王が、ピタリと止まって鋭い目をオラースに向ける。
それには、オラースや宰相もびくりと身体を震わせるほどの迫力があった。
「ワシの大切なデボラが、エリクとどこに行ったと?」
「え、えーと……そのぉ……」
「オラース、言うのだ。さもなければ、お前の机の中の二重底に隠してある艶本のことを……」
「勇者殿がデボラに引っ張られて風呂場に向かっていました」
何故それを知っているのか。
それを問い詰めるよりも先に、あっさりと情報をばらしてしまうオラース。
済まない。でも、仕方ないんだ。
最重要機密は、守らなければならない。
「うっ……うぉぉぉぉぉぉっ!! ワシのデボラに何する気だぁ、エリクぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!」
玉座の間を飛び出して走って行ったレイ王を見送り、宰相はぽつりとつぶやいた。
「……どうするおつもりですか、王子殿下」
「……すまん。ちゃんと戻すから」
その後、ミリヤムの乱入によって賑やかになっていた風呂場が、レイ王の突入によってさらに騒がしさを増したのは余談である。
◆
「ビリエルの奴め、勝手に暴走しおって……! やはり、奴に情報を与えんで正解じゃったな。下手をすれば、ワシのこともばれておったわ」
ブツブツと暗い部屋で呟く大柄な老人。
レイ王よりも年上であった。
「まあ、奴などはどうでもよい。いざというときに捨て駒として使ってやろうとしておったが、いなくても構わん。ワシには、奴らがいるからのぅ」
くくくっとほくそ笑む老人。
そんな彼の耳に、扉をノックする音が聞こえた。
「……誰か?」
『私です、ナータン様。任務完遂の報告に参りました』
「おぉっ、そうか。入れ入れ」
警戒していた様子を見せていたが、声を聞いてあっさりと室内に招き入れる。
入ってきたのは、黒い髪を短くおかっぱ風に切りそろえた女であった。
「悪人の抹殺、やり遂げました」
「うむうむ、そうかそうか。お前のおかげで、また世の中が一つ良くなったな。礼を言うぞ」
「いえ、当然のことをしたまでですから」
老人――――ナータンに褒められても顔色一つ変えない女。
しかし、ナータンも慣れたものなので、とくに疑問に思うことはない。
「大事な任務を終えたお前には、少し休んでもらいたいのじゃが……」
「いえ、その必要はありません。世のため人のため、私は粉骨砕身活動しましょう」
「おぉ、そうかそうか! 頼もしいな」
ニコニコと微笑むナータンは、ニヤリとしわくちゃの顔を歪ませた。
「少し、今までの悪とは比べ物にならない巨悪が現れてな。それの処分を、お前に任せたい」
巨悪と聞いて、女はピクリと肩を動かした。
「……その名は?」
「ああ、そやつの名は……」
ナータンはニヤリと笑ってその名を呼んだ。
「――――――利他慈善の勇者、エリクじゃ」
第一章の『癇癪姫』はこの話で終わりです!
次章になる『断罪騎士』もお付き合いいただければ嬉しいです。
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