第四十一話 守護者の凱旋
「勇者殿、乗馬するのはお辛くありませんか?」
「いえ、大丈夫ですよ」
私はビリエル私兵団を打ち破った騎士の皆さんと一緒に、馬に乗って王都に戻っていました。
アルフレッドさんが、とても気にかけてくれます。
……が、こうまでも何度も聞かれては、少し気が滅入ってしまいます。
乗馬を気遣ってくれるのではなく、走れと言っていただいた方が嬉しいのですが……。
「しかし、圧倒的な数を相手にたった一人でしんがりをお勤めになられたのです。怪我の具合もありますし……」
アルフレッドさんを見ていますと、本当に心から私のことを心配してくれているということがわかります。
ええ、しかしあの体験は素晴らしいものでした。
大勢の人々が、私を殺すために一斉に襲い掛かってくる……素晴らしい光景でした。
剣で切られ、槍で刺され、矢に射抜かれ、魔法で吹き飛ばされ……。
とくに、魔法を撃ってくださった少女は素晴らしかったですねぇ。
ビリエルはなにを思ったか、そんな素晴らしい少女を殺そうとしていたので、止めさせていただきましたが。
彼女は無理やり私兵団に組み込まれた領民であることが分かったので、私の意向もあって無罪放免ということになったのですが、彼女はやけにキラキラとした目を向けてきて、『またお会いしましょう!』と言って去って行きました。
ええ、次もまた魔法攻撃をお願いしますね。
……おっと、つい過去のことを思って興奮していると、アルフレッドさんが心配そうに見てくるではありませんか。
それを取り除かねば……。
「ご心配、ありがとうございます。しかし、すでにこの子によって治療されていますから、命の危険はまったくありません、ご安心ください」
「そうですか……」
アルフレッドさんは、私の後ろに視線をやります。
そこには、私の背に抱き着いてくるミリヤムの姿がありました。
また私と一緒に乗ろうとしていたデボラ王女はご立腹でしたが、ミリヤムが抱き着いて一切離れませんので、王女には申し訳ありませんが馬車に乗っていただいています。
どうにも、再会してからというものの、彼女は私を離してくれません。
割と大きな柔らかな感触もあるのですが……普段はこういったことに敏感なのですが、鈍感になっているようですね。
「勇者殿がそう言われるのであれば……辛くなったら、いつでも言ってくださいね」
「ええ」
アルフレッドさんは、私がしんがりを務めてからより親切になった気がします。
しかし、私は本当に無理をしておりません。
ミリヤムの回復魔法は素晴らしいもので、私の傷を完全回復してくれました。
その時の痛みといったら……ふふ、よかったですとも。
それに、ミリヤムにもらったペンダントも、非常に役に立ちました。
あのペンダントによる治癒がなければ、私は出血多量などで動けなくなっていたかもしれません。
私は死にませんが、機能的なものは普通の人と変わりませんからね。
「本当に助かりましたよ、ミリヤム」
「…………」
私がお礼を言えば、ぎゅーっと抱き着く力を強めてきます。
そのまま内臓が出るくらいまで絞っていただければありがたいのですが……残念ながら、ミリヤムにそこまでの力はありません。
……それにしても、胸が凄く押し付けられているのですが……良いのでしょうか?
「……ボロボロになった」
甘えてきているのでしょうか、などと考えていると、ミリヤムがぽつりとつぶやきました。
……ボロボロ?
「ミリヤム、あの後ビリエルの私兵団に襲われたのですか?」
なんと……それは一大事です。
それならば、是非とも私も経験しておきたかった……いや、しかししんがりを務めるということは捨てがたい……。
そんなことを思っていると、ぐりぐりと頭を押し付けてきます。
どうせなら、刃物を押し付けてほしいです。
「違う。エリクがボロボロになった」
「あぁ……」
素晴らしかったですよ、ええ。
私ともあろうものが、つい口が軽くなってあの戦闘のことを克明に話してしまいそうなほどに楽しかったです。
さまざまな攻撃で傷つけられ、苦痛の種類も多種多様! いいですねぇ……。
「ミリヤムのペンダントのおかげで、あの程度で済みました。ありがとうございます」
「……ううん、全然役に立たなかった」
そんなことありませんけど……本当にありがたかったです。
しかし、残念なことに力を使い果たしてしまったのか、あのペンダントは壊れてしまいました。
うーむ……残念です。
「あのペンダントが力を使い果たすほど、エリクはボロボロになった」
ええ、そうですね。
ふふふ……素晴らしい体験でした。
また、機会があれば是非お願いしたいほどです。
「エリクもボロボロになったけど、私の心もボロボロになった。……私があなたと離れていた時、どんな気持ちだったか分かる?」
ギュッと抱き着きながら、そう尋ねてくるミリヤム。
いえ、わかりませんが……。
「私ね、凄く苦しかった。もしかしたら、エリクは死んじゃうんじゃないかって」
「ふふ、心配性ですね。私にはスキルがあるから、死にませんよ」
「でも、それもちゃんと確かめたわけじゃないから、わからないでしょ?」
……確かにそうですね。
流石に、不老不死というわけではないでしょうし。
先天性のものではないので、私も分からない点が多いのです。
「それに、死ななくてもエリクは痛みを感じる。……あんなにボロボロになって、痛かったでしょ? 辛かったでしょ?」
背中に湿った感触があります。
辛くはありませんでしたが……むしろ嬉しかったです。
「……ミリヤムは優しいですね。私は、あなたの優しさに何度救われてきたでしょう」
とはいえ、心配されれば不快になるはずがありません。
腹に巻きつけてくるミリヤムの手を握ります。
「ううん。救われてきたのは、ずっと私。あなたの役に立ちたいと思っていたのに、全然そうなることができない。今回も、あなたをおいて逃げてしまった」
「そんなことありません」
私はすぐさま否定します。
「ミリヤムのおかげで、私がどれほど助かっているか……これは、あなたにもわからないかもしれませんね。しかし、私のあなたに対する感謝の念は、あなたの想像以上に大きなものだということを知っておいてください」
そう、ミリヤムがいるからこそ、私はM道を突き進むことができるのです。
死なないとはいえ、自動回復するわけではない私の不死スキル。
ミリヤムの回復魔法と併せることで、完璧なものとなるのです。
乗馬中ですので、振り返って彼女の顔を見ることができませんが、その代わりに強く彼女の手を握ります。
「これからも、私と一緒にいてください。ミリヤムと一緒なら、どのような苦難も乗り越えられます」
その過程で味わう苦痛……想像するだけで胸が高鳴りますねぇ……。
私の想いが伝わったのでしょうか、ミリヤムはさらに強く私の身体に抱き着いてきます。
「うん……!」
私とミリヤムの間に穏やかな空気が流れていると、オラース王子が近づいてきました。
「良い雰囲気のところ、すまないな、勇者殿。だが、妹のことも気遣ってはくれないか? こんな所で爆発させられては、堪ったものではないからな」
苦笑するオラース王子に視線を誘導されると、馬車から顔を出して頬をぷっくりと膨らませてこちらを見ているデボラ王女がいました。
是非、爆発していただきたいです。
「勇者殿」
「はい?」
やけに言葉に力を入れるので、私は首を傾げてしまいます。
「今回は、貴殿のおかげで本当に助かった。もし、あそこで勇者殿がしんがりを務めてくれなければ、私もデボラも死んでいただろう。そうなれば、国の混乱は避けられなかった。あのような過酷な死地に自ら赴き、そして生きて戻ったこと……最高の賛辞と感謝を送りたい」
……本当に、オラース王子はヴィレムセ王国の王族なのでしょうか?
もっとこう……全員を倒しておけとか、そう言った罵倒をしてくださった方が嬉しいのですが……。
「いえ、デボラ王女の忠節の騎士として、当然のことをしたまでです」
とりあえず、そう言っておきましょう。
そうですね。私のMを満足させるのは、レイ王に期待しましょう。
……いえ、もしかしたら、騎士団を動かしてまた税金を使ったと、王都の人々から責められるかもしれませんね。
ふふふ、希望が湧いてきました。
「ふっ……謙虚だな。貴殿が利他慈善の勇者と国民から慕われている理由が、よく分かる。王族の命を救ったという功績を誇らないのだからな」
私は性癖を満たし、他人は命を救われる。
まさに、共存共栄の関係ですねぇ……。
「だが、安心してくれ。この詳細は、すでに王都に送っているからな」
「……はい?」
オラース王子が、やりきったといった笑みを浮かべてくるので首を傾げます。
詳細を送る? 何をしたのでしょうか。
この時は、王子が何を言っているのかさっぱりわからなかった私ですが、王都に到着した時にそのことが分かるのでした。
◆
王都にたどり着いた私たち。
ふふふっ、飛んでくるであろう罵詈雑言が楽しみです。
オラース王子が詳細を……と言っていましたが、あれはきっと私がビリエル私兵団を全滅できなかったから騎士団を動かしたということを報告したに違いありません。
私の力不足で税金が投入されたのです。
もともと、王族に対して割と否定的なヴィレムセ王国国民からすれば、私は許しがたい敵でしょう。
ふふ……投石も待っています。両腕を広げて受け入れましょう。
そんなことを考えながら、私はついに意気揚々と王都に入って行ったのです。
『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!』
「…………あれ?」
すると、私の身体に打ち付けてくるのは、罵倒ではなく歓声でした。
……なんですかぁ、これ……。
「反乱軍から王国を……国民を守ってくれた英雄の凱旋だ!!」
「しかも、反乱の首謀者って、あの悪名高いビリエル卿だろ!? 王族だけじゃなく、王都に住む俺たちもどうなっていたことやら……」
「利他慈善の勇者様が、たった一人で王族を逃がすために戦ったらしいぞ! つまり、あの人のおかげで王都が救われたんだ!!」
「勇者様万歳! 勇者様万歳!!」
…………何ですか、これ。
どうして、私に向けられている感情が好意的なものばかりなんですか?
私の期待していた罵倒は? 投石は?
何故、キラキラとした目を向けてくるのでしょうか。
「守護者だ! 勇者様は、ヴィレムセ王国の守護者なんだ!!」
『おぉ……!!』
誰かが言ったことに、感嘆の息を漏らす観衆たち。
が、守護者……? 私は割と弱いのですが、そんなのが王国の守護者でいいのですか?
……というか、違います!! 私の求めるものは、こんな温かなものではなく、もっと冷たくて苦しいもので……!!
「ふふん。エリクは、これくらいちやほやされるべきだから」
顔は見えませんが、ドヤッとしている顔が想像できますよ、ミリヤム。
しかし、このように褒められることは、私の求めるところではありません。
非常に居心地悪く、私は落胆しながら王都を通りぬけるのでした。