第四話 謁見
「はー……相変わらず、大きいですねぇ」
私は王城へと入ると、思わず感嘆の声を漏らしてしまいました。
Mの勇者である私ですが、常日頃から頭の中がMのことでいっぱいというわけではありませんので、このような感想だって出てきます。
「ふん、当たり前だろう。ここは、偉大なる国王陛下のおわす王国最重要拠点だぞ。王城もまた立派でなければならんのだ」
私の独り言に、私を斬りつけた騎士が答えます。
彼に罪悪感のようなものはありません。まあ、私はまた斬りつけてほしいから別にいいんですけど。
しかし、本当に立派なつくりです。
一般的な国民は一生入ることが許されない場所であり、私も勇者として見初められなければ王城に入ることなど決してなかったでしょう。
「……国民から搾り取った税で作ったくせに、偉そう」
ミリヤムがボソリと毒を吐きます。
彼女は私と約束したため、非常に小さな声で言ったので騎士にはばれていません。
いいですねぇ。この、いつばれるかわからないドキドキも、私的にはご褒美です。
ばれてもいいですしね。
どちらにせよ、私が大勝利です。
「国王陛下がお待ちになられている。貴様らは何度も謁見の栄誉を与えられているから分かっているだろうが、相応の態度をとるんだぞ」
「ええ」
「…………」
騎士の言葉に私はコクリと頷きますが、ミリヤムはそっぽを向きます。
彼女にとっては、王族も騎士団もあまり好ましい存在ではないですからね。
ミリヤムの無視にイラッとしたのでしょう、騎士も顔を強張らせます。
「ふんっ。相変わらず、愛想どころか礼儀も知らんやつだ」
「あなたには言われたくない」
「なんだと!?」
騎士がミリヤムを馬鹿にすると、彼女もまた応戦します。
うーん……本当に水と油のような関係ですね。
しかし、ミリヤムは無愛想ということには反対させていただきましょう。
確かに、あまり表情の変化を見せない彼女ではありますが、表に出てこないだけで感情は豊かです。
私が怪我をしたときなどは、とても心配してくれますからね。
私はそんなことを考えながら、睨み合っている二人の間に入ります。
「騎士さん、王様がお待ちになっているのではないのですか?であるならば、ここで言い争っている場合ではないと思いますが」
ミリヤムの鋭い視線を背中に受け、騎士の憎しみすらこもった視線を正面に受ける。
ふっ……気持ちいい……。
「ちっ!!この手で貴様らを殺せんことが、口惜しくて仕方ないわ!」
しばらく私たちを憎々しげに睨みつけていた騎士ですが、私の言葉に一理あると感じたのか、再び歩き始めました。
一応、私は勇者ですからね。騎士が勝手に殺してしまえば、それは大問題になるでしょう。
だからこそ、彼も私を傷つけることはあっても、致命傷は与えないのです。
まあ、私は死なないので致死性のある攻撃もウェルカムですが。
「ここだ」
「玉座、ですか。まさか、多くの人がいるのでは……」
騎士が立ち止まったのは、大きな扉の前でした。
ここは、王城で王様が色々な人を出迎える玉座の間。
私も何度か入っているのですが、その時は護衛の騎士や王の周辺を固める貴族たちでいっぱいでした。
彼らに異物を見るような目で向けられるのは、なかなかの快感です。
しかし、どうやら私の期待外れのようで、騎士は馬鹿にしたように笑います。
「ふん、調子に乗るな。貴様は勇者とはいえ、もとは下賤な農民。貴様程度のために、お忙しい方々が全て集まるわけがなかろう」
「……そんなエリクに助けられているくせに」
ミリヤム、どうせ悪口を言うのであれば、騎士に聞こえるようにもう少し大きな声で。
私が悦びますよ。
「しかし、ここには国王陛下がいらっしゃる。さっさと入れ!」
「おっと」
ドンっと強く背中を押されます。
どうやら、騎士はここまでのようですね。
ここから先に入れるよう許可されているのは、私とミリヤムだけなのでしょう。
私はニッコリとミリヤムに微笑みかけます。
「それでは行きましょうか、ミリヤム。何だったら、私の背中に隠れていていいですからね」
そうすれば、視線は私に針のむしろのように突き刺さるでしょうから。
「悪口言わないように頑張る」
いえ、頑張らなくていただいて構いません。
むしろ、処罰を受けたい……。
「それでは……」
煩悩に溢れた思考のままの私とミリヤムが中に入ります。
そこは大勢の人が入られるようにとても広いのですが、あの騎士の言う通り私のために集まってくれた人はとても少なく、一番高い玉座にいる王様と幾人かの重要な地位にいる貴族、そして護衛の騎士が十人近くいるだけでした。
……彼らと戦わせられたら、いったいどれほどの攻撃を受けるでしょうか。
しかも、彼らは王の護衛を任せられるほどの手練れ。
……何だか興奮してきましたね。
しかし、今はあまりのんびりと煩悩に浸るわけにはいきません。
何故なら、玉座の間には老齢の王が、私たちを見ているのですから。
彼の機嫌を損ねたら最後、我々の首は簡単に飛ばされてしまうでしょう。
まあ、私は望むところですが。
「ただ今推参いたしました、王様。勇者エリクです」
「……従者のミリヤムです」
私とミリヤムは跪き、王に敬意を表します。
……ミリヤムは嫌々といった感じがしますが。
私?私にとって誰かに屈辱的に従属することなんてご褒美でしかありません。
ほら、今も気持ち良くなってきた……。
「よく参ったな、勇者。長旅、ご苦労であった」
「いえ」
王はそう私たちを労いますが、明らかに口だけです。
本当に苦労だと思っているのなら、私を強制的に勇者になんてしないでしょうから。
王権による理不尽な徴兵……あれは気持ち良かった……。
「ふむ……しかし、エリク。お前の名はよく聞こえてくるぞ。今では、利他慈善の勇者といわれているようだな」
「ええ、恐れながら。私には過分な評価だと思います」
ギョロリとした目で見据えられながら、私は頭を下げます。
いや、これは本当に過分で誤った評価だと考えています。
私にふさわしい二つ名は……被虐性癖の勇者、ですかね。
自分の性欲を満たすために全力で行動していたら、そのような自身を省みずに他者を助けるような立派な二つ名が付いていました。解せません。
「妥当よ」
ミリヤムがボソリと言ったことに、私は少しびくりとしてしまいました。
被虐性癖という二つ名が妥当だと言われたら少々怖……いえ、嬉しいですね。
蔑んだ目で見てほしいです。
「うむうむ。お前の活躍があれば、ワシの治世にもより良い影響が出るだろう」
「元が悪い影響しかない」
ミリヤムの小言が留まるところを知りません。
しかし、実際に勇者である私が活躍すれば、その私を見出した王もまた評価されることになるかもしれません。
……とはいえ、ミリヤムの言う通り国民からの評価はかなり悪いと思いますが。
「これからも、ワシの命令通りに励むがいい。さすれば……」
王は一度そこで言葉を止め、私たちを見てニヤリと笑います。
「お前たちの出身の村も、また繁栄するであろう」
「……ええ」
「…………ッ」
それはいいことです。
私は苦痛を味わって快楽を得て、その代価として王が私とミリヤムの故郷である寒村を庇護する。
まさに、ウィンウィンですね。
しかし、ミリヤムは苦虫をかみつぶしたような顔をします。
まあ、傍から見たら脅迫ですしね。私にとってはご褒美ですけど。
「それで、今回はどういった理由で呼び出されたのでしょうか?」
「ああ、そうだったな。お前を労うということもあったが、本命はまた別なのだ」
ええ、労いの言葉をかけるためにわざわざ私たちを呼び出すほど殊勝な王だとは微塵も思っていませんが……。
い、いったいどのような無茶ぶりをされるのでしょうか。
胸が高鳴りますねぇ……。
「入ってこい」
ワクワクしていると、王が短くそう告げました。
すると、玉座の間の扉が再び開き、一人の小さな子供が入ってきました。
おぉ……この子は……。
「やっ」
快活に笑って私を見上げる少女。
私はこの子のことをよく知っていましたし、また常々会いたいと思っていました。
「我が愛娘のデボラだ」
王がそう教えてくれます。
ええ、知っていますとも。
Mたる私が、『癇癪姫』のことを知らないはずがありません。