第三十八話 しんがりの戦い
「おぉぉぉぉっ!! 死ねぇぇぇぇぇぇっ!!」
嬉々として襲い掛かる私兵たち。
あの自分から命を捨てることを選んだ異質さには気圧された彼らであったが、その表情に切羽詰るものはない。
当然だろう。絶対的に優位なのは百人以上いる自分たちの方であり、エリクは一人しかいないのだから。
どう考えても、負けるはずがなかった。
それに、ビリエルから報奨の話があることも、彼らを奮い立たせる一つの要因となっていた。
それは、王族や護衛の騎士たちを一人殺すごとに金貨が手渡されるということであった。
しかも、エリクは忠節の騎士だ。普通の護衛の騎士よりも、その報奨金の額は大きい。
ゆえに、彼らは抜け駆けをするかのように我先にと襲い掛かるのであった。
「ふっ」
だが、彼らは忠節の騎士を……利他慈善の勇者を舐めていた。
エリクは振り下ろされる剣を避けると、すれ違いざまにその腹を掻っ捌く。
さらに、横から薙がれる剣を受け止めると、お返しにその首を切り飛ばす。
突きを放ってきた私兵には、顔面に拳を叩き込んでやった。
「なっ……!?」
「こ、こんなに動けるのかよ……!」
一瞬で三人を倒された私兵たちは、躊躇してしまう。
金のためとはいえ、殺されてしまっては元も子もない。
「貴様らぁっ! 何を怖気づいている!? さっさと殺さんかぁっ!!」
そんな彼らに怒声を飛ばすのはビリエルである。
彼にとって、たったの三人である。
三人程度殺されたくらいで、何を躊躇することがあるというのか。
たとえ、何十人死のうとも、さっさとエリクを始末してオラースたちを追いかけなければ、自分は反逆者として殺されてしまうのである。
時間をゆっくりかけていいものではない。
時間に追われているのだ。
「ちっ! 仕方ねえな」
「雇い主はうるせえなぁ!」
悪態をつきながら、私兵たちはエリクに対する攻撃を再開する。
振り下ろされる剣を受け止め、反撃に切り返す。
エリクの攻撃は、それを基本としていた。
しかし、その基礎をなかなか打ち崩すことのできない私兵たち。
ブレヒトのような、元とはいえ騎士の中でも優れた力を持っていた男ならば、エリクを倒すことは可能だったかもしれない。
しかし、ビリエルの元に集まっている私兵は、不真面目で素行も悪い、いわば落ちこぼれたちである。
それならば、一対一でエリクに勝つことは不可能であった。
しかし……。
「ぎゃぁっ!?」
「な、何を……!!」
ビリエルの命令で、大量の矢が放たれた。
仲間たちがエリクと接近戦を繰り広げているので、その射程に入ってしまうこともしっかりと認識していながら。
エリクと接近戦をしていた私兵たちは、突然背後から放たれた矢を避けることができず、次々に身体に突き刺さって地面に倒れる。
本当であれば、エリクだけを狙った狙撃ができればよかった。
だが、ビリエルの私兵に、混戦状態の中エリクだけを狙えるだけの実力を持つ者はいなかった。
ならば、私兵ごと射抜いてしまえばいい。
ビリエルはそう考え、冷徹に命令を下したのであった。
「くっ……!」
エリクは驚愕した様子で目を見開きながらも、何とか危険な矢を打ち払っていくが……。
「ぐぁっ!!」
腹部に矢が突き刺さった。
それを見て、ビリエルは嗜虐的に笑った。
「よし! 今がチャンスだ! 一斉にかかれ!!」
『おぉっ!!』
矢の掃射が止まり、再び剣や槍を持つ近接戦闘用の私兵たちが襲い掛かってくる。
エリクはまた、攻撃を受け止めてから反撃するというパターンに持ち込もうとするが……。
「ぐぅぅ……っ」
振り下ろされる剣を止めるまではできるのだが、それを弾き飛ばすだけの力がなかった。
彼が抑える矢傷からは、血がじんわりとにじみ出て指の隙間から溢れている。
「くはははははははっ!! 痛いか、痛いだろう!? その傷では、先ほどまでのように動くことはできないだろうなぁっ!!」
自分は絶対に安全な場所にいながら、大笑いするビリエル。
高みの見物で、エリクの苦しい戦いをあざ笑う。
矢の一撃を受けてから、エリクの動きの精彩は明らかに欠いていた。
カウンターで私兵たちを倒していたのに、今では防戦一方である。
彼の身体につけられる生傷も増えてきた。
それでも、致命傷は矢傷以外避けているのは賞賛されるべきだが、顔や胴体はすでに切り傷だらけで、その出血量も無視できないほどであった。
しかし……。
「ぐぁぁっ!?」
「ぎゃぁぁぁぁぁっ!!」
悲鳴が上がるのは、ずっと私兵たちだけであった。
最初ほど効率は良くないが、エリクの反撃で次々に私兵たちは倒れていく。
首を切り飛ばされて即死する者もいれば、意図的に傷だけを与えられて倒される者も増えてきた。
エリクは、戦い方を変えたのである。
殺すのではなく、戦闘不能に陥らせる。
悲鳴を上げて地面をのた打ち回る味方を見れば、私兵たちの士気は大きくそがれると考えてのことだ。
実際、あんな目には合いたくないと、私兵たちは攻撃をためらうような場面も増えてきている。
「ば、馬鹿な……! 奴はたった一人なのだぞ……!? どうしてここまで足止めをされなければならんのだ……!!」
ビリエルは愕然とする。
このままでは、本当にオラースたちに逃げ切られてしまう。
それだけは、絶対に避けねばならないのだ。
「魔法だ! 魔法攻撃を撃て!!」
ビリエルはそう命令した。
剣で倒せず、矢で殺せないのであれば、もはや魔法しか残っていない。
彼は近くにいた少女に、そう命令した。
「で、でも……」
少女は躊躇する。
彼女は報奨のためにエリクを殺そうとは、微塵も思っていなかった。
むしろ、傷だらけになりながらも道を守り続けているエリクに、憧憬の念すら持ち始めていたのだ。
攻撃したくない。
いくら勇者でも、魔法攻撃を受ければただでは済まないだろう。
しかし……。
「さっさと撃て!! 魔法攻撃をしないのであれば、貴様の家族を殺すぞ!!」
「…………ッ!!」
ビリエルの恫喝に目をギュッと閉じる少女。
彼女には、大切な家族がいるのだ。
それを盾にされれば、本当はしたくないことでも……。
少女は魔力を高めて火球を作りだした。
魔法教育を受けているわけでもない平民なので、その魔法も特別なものではない。
しかし、基本的なものだからこそ、それは人を殺すのには十分な威力を持っている。
「撃てッ!!」
「ぅ……ぁぁぁあぁぁぁぁっ!!」
ビリエルの脅迫に負け、少女は魔法を放った。
火球はぐんぐんとエリクに迫り、矢傷や刀傷があって満足に動くことのできないエリクは、それを見ても避けることなどできず……。
ドォォンッ! と大きな音と共に、火球がエリクに炸裂した。