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第三十七話 エゴ

 










「急げー!! 逃げられて態勢を立て直されたら、死ぬのは我々だぞ!!」


 ビリエルの隣で、彼の側近である男が剣を振りかざしながら発破をかける。

 彼の私兵たちは、そのほとんどが他の貴族たちの下ではうまくすることができないはぐれ者や、犯罪者たちであった。


 その分、荒事には慣れており、また騎士のように高潔な精神も持ち合わせていないため、部下として使うには非常に使い勝手の良い存在なのであった。

 しかし、その中には望まないで私兵に取り込まれてしまった領民も、数こそ少ないものの存在していた。


 とくに、魔法適性の高い者は、無理やり家族から離されて召し抱えられ、望まずしてその力を王族たちに向けているのであった。

 獰猛な笑みを浮かべている私兵と、王族に刃向ってしまったことで暗い表情をする私兵がいるのは、そういった事情があるからであった。


「いや、そこまで急かせる必要はない。このままだったら、必ず追いつく」

「は……?」


 ビリエルは側近を押しとどめる。

 そのニヤリとしたあくどい笑みは、危険なことを考えている証明であった。


「この先に、岩壁でできた細い道がある。そこなら、今までのように馬を全速で走らせることなど不可能だ。そこで追いつき、岩壁を魔法攻撃で崩してやればいい。そうすれば、鬱陶しい護衛の騎士諸共皆殺しよ」

「おぉ……!!」


 感動したようにビリエルを見る側近の男。

 自慢げな笑みを彼が浮かべた、その時であった。


 ズガァンッと大きな音がしたと思えば、目の前でガラガラと岩壁が瓦礫となって崩れ落ちていくのを見たのは。


「なっ、なななななぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「ビリエル様! こ、これは……!?」


 愕然とするビリエルと私兵たち。

 自分たちが崩そうとしていた岩壁が、勝手に崩れていくのである。


「ちっ!! 時間稼ぎのつもりか? だが、大した規模ではないな。すぐに除去することができるし、何名かなら先に進ませることができるだろう。急げ!」

「はっ!!」


 先ほどまでの余裕はなくなったが、まだ完全に逃げ切られたわけではない。

 あの程度の爆発ならば、すぐに追いつくことができるはずだ。


 そうして、ビリエルたちがその岩壁の元につくと、一人の男が立ちはだかっていた。


「貴様は……」

「先ほど振りです、ビリエル」


 うっすらと微笑みながら、瓦礫を背にたった一人で立つ男。

 ビリエルは、彼が利他慈善の勇者と呼ばれていることを知っていた。


「貴様! ビリエル様に向かって、不敬だぞ!!」

「よい」


 エリクを怒鳴りつける側近を手で制し、ビリエルは彼を見る。

 一通り見る限り、彼以外に残っている者はいない。


 潜むような場所もないから、本当に彼だけなのだろう。


「なるほどな。貴様、囮にされたか?」

「…………」


 エリクは答えない。

 それが、ビリエルに確信を与えた。


「そうか。確かに、合理的な考えだろうな。撤退する際、しんがりを置いて敵の追跡速度を遅めることは、どの軍隊でもやるだろう。だが……」


 ビリエルはニヤニヤと醜悪に笑う。


「貴様は軍人ではないだろう? それなのに、置いて行かれたのか。哀れだな」


 くっくっ、と喉の奥で笑う。


「しかも、逃げることは許されないとばかりに、退路を封鎖されてしまっているではないか。ふははははっ! 何とも哀れじゃないか! こんなにも哀れで同情を引く男は、初めて見たぞ!!」


 たった一人で、これだけの私兵を相手にしろという命令は、どれほど酷なものだろうか。

 仮に、ビリエルが命令されたとしたら、全力で拒否するだろう。


「王子もあれほどいい顔を国民に見せているが、本性は私と何も変わらないということだな! いや、貴様はデボラ王女の忠節の騎士だったな。くくくっ、災難としか言えんな」


 国民から高い好感度を得ていたオラースのことが気にくわなかったビリエルだったが、自分と似たような男ならば親近感がわく。

 王都まで攻め込んでも、奴だけは殺さなくてもいいかもしれない。


「どうだ、エリク? お前もこんな目に合うのは嫌だろう? これから、何百人にリンチされて死ぬのは嫌だろう? ならば、私の元に来るがいい。私のために働き、私のために戦え。そうすれば、命だけは助けてやろう」


 ニヤニヤと笑って手を差し出すビリエル。

 彼は、エリクのことを利用できると考えていた。


 報告では、『ビギナー殺しの小部屋』から脱出したり、山賊たちから毒を受けたりしながらも王女を守り抜いたと聞いている。

 その高い継戦能力と忠誠心は、ビリエルにとって魅力的だった。


 さらに、エリクは国民たちから利他慈善の勇者として、高い評価と好感度を得ている。

 彼を自分の下につけることができれば、相対的に自身の評価も上がるだろう。


 そう考えての提案であった。

 そして、エリクはこの手を必ず取らなければならない。


 取らなければ、屈強な私兵たちにボコボコにリンチされてしまうからである。

 一人対数百人。これは、覆しようのない戦力差だ。


 その一人が歴史に名を残すほどの英雄であれば話は変わっていただろうが、エリクは元農民で訓練も受けたことがない男だ。

 彼に、この戦力差をどうにかする力はない。


 なればこそ、エリクは必ずビリエルの手を取らなければならないし、取るしか選択肢はないのだ。

 ……だが。


「ふっ」


 エリクは不敵に笑ったのであった。

 手を差し出したビリエルはもとより、私兵たち、そして無理やりこれに組み込まれた領民たちが驚く。


「ビリエル、あなたは勘違いしているようです。ここに私が立っているのは、オラース王子、ましてやデボラ王女の命令ではありません。私自ら志願して、ここに残っているのです」

「なに……?」


 今まで散々追撃戦を行っていたのだから、自分よりはるかに強大な戦力が迫ってきていたことは知っていたはずだ。

 なのに、何故自分から死地に飛び込むようなことをするのか。


「……ふはっ! まさか、王族のために死ぬつもりか? 愚かな。そんなことをしても、奴らは貴様のことなど一年もすれば忘れるぞ?」

「それも勘違いです、ビリエル」

「なんだと?」


 王族のために身命を賭す、彼にとっては理解できない騎士みたいな男かと思った。

 だが、それをもエリクは否定する。


「これは、デボラ王女のためではありません。ひとえに、私のためにしていることです」

『――――――ッ!!』


 誰にも言わされている様子のない、彼の心からの言葉だということは、聞いているビリエル以下私兵たちも分かった。

 だからこそ、彼らは驚愕した。


 自身から望んで、誰かのために命を投げだす。

 騎士たちも、命令されれば王族や国家のために命を投げだすことはできるだろう。


 それほど、高潔で忠誠心の高い者たちもいるだろう。

 だが、それを自分のためだと、エゴだと言ってできる者はいるだろうか?


 何かのために死ぬ、誰かのために死ぬ。

 そう理由付けをしなければ、命などそうそう投げだせないのである。


「これが……勇者様……」


 ビリエルによって無理やり私兵の中に組み込まれた領民の一人である少女は、憧憬のまなざしを彼に向けながら呟いていた。

 利他慈善の勇者。国民たちから親しみと畏敬を込めて呼ばれるその名の意味が、彼女は初めて分かったのだ。


「こ、こいつは……!!」


 一方、ビリエルや私兵たちの多くはエリクに恐怖していた。

 彼らにとって、エリクは少女のように素晴らしい仁徳の勇者には見えなかった。


 ――――――狂戦士。


 報告者がそうエリクのことを称していたが、ビリエルは今初めてそのことを認めた。

 あまりにも、異質だった。


 彼らにとって、エリクはまったく理解できない存在だった。

 理解できないということは、人間に恐怖を与える。


 つまり、エリクという存在自体が、彼らに恐怖を呼び起こさせたのであった。


「証拠に、この瓦礫を見てください。これは、私が魔法で作りだしたものです。つまり、私を倒さなければ、この瓦礫が消えることはありません」

「……おい、お前。本当か?」

「は、はい。確かに、あれには勇者様の魔力が……」


 誇らしげに瓦礫を示すエリクに、ビリエルは近くにいた少女に聞く。

 彼女は魔法適性の高さが分かり、彼に無理やり私兵団に入団させられていたのである。


 そのため、彼女は確かにあの瓦礫にエリクの魔力が込められていることが分かった。


「理解できない。貴様は、本当に異質だ。不気味だ。気味が悪い」

「ふっ……」


 ビリエルの言葉に、身体をビクビクっと反応させるエリク。


「だが、このまま足踏みをしている場合ではないのだ! 一刻も早くあの狂戦士を殺して邪魔な瓦礫を排除し、王族を追いかけろ!!」

『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!』


 ビリエルの命令に従って、私兵たちが猛然とエリクに襲い掛かった。

 彼は嬉しそうに微笑み、剣を抜くのであった。



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