第三十四話 追及
「……随分と悪い状況なのだな、ヘーグステット領は」
「え、ええ、まあ……」
視察という名の調査が終わり、今私たちがいるのはビリエルの住まう居です。
その部屋はとても立派なもので、視察で見た、飢えて困窮した領民たちのいる領主とは思えません。
王族を歓待する部屋なので、やはり立派なものでなければならないのは分かりますが、どこもかしこもこのような絢爛なものでは、私腹を肥やしているようにしか思えません。
どうしても、あの救いを求めるような領民たちの目が忘れられません。
しかし、彼らは決して直接嘆願してくることはありませんでした。
あのような状況では、嘆願しないというような考えはないはずです。
つまり、何らかの理由でできない。脅しを受けている可能性もあります。
……なんと羨ましい!
私、このような惨状を知っていれば、すぐにでもヘーグステット領に移住していましたよ!
「……最低」
ボソリとミリヤムが呟きます。
一瞬、私のことを言われているのかと思って身体を歓喜に震わせましたが、その冷たい目はビリエルに向けられています。
もともと、このような汚い権力者を嫌う傾向のあるミリヤム。
王族もそうですが、貴族嫌いも追加されそうですねぇ……。
「だが、この屋敷はとても立派だな」
「い、いやいや!この部屋だけですとも。王子殿下や王女殿下をお招きするのに、私室のような汚い場所ではいけませんからな!」
慌てて首を横に振るビリエル。
怪しいですねぇ……。
「そうか?余計な気を遣わせたな。だが、お前はよく王都に金を送っているではないか。それで、領民を救済しようとは思わなかったのか?」
「は……?い、いえ、税は納めなければならないですから……」
「それ以外に、だ。お前、王都にいる官僚や貴族に金を渡していただろう?」
「…………っ!!」
サッと顔を青ざめさせるビリエル。
えぇ……わいろもしていたのですか……?
「不正な金の取引、調べればすぐに分かったぞ。国王陛下がこういったことの取り締まりが緩いとはいえ、不用心だったな」
「うぐぐぐぐ……っ!!」
まあ、わいろなどで便宜を図ってもらっていなければ、流石に好き放題しているのはばれますよね。
それがなかったということは、ビリエルの方でももみ消し、そしてそれを潜り抜けて王都まで情報を持って行ったとしても、そこでも揉み消されていたというわけです。
なるほど、用意周到ですね。
しかし、何年も続けていれば、気が緩んでしまったのでしょう。
一向に暴かれる様子がないので、証拠隠滅が疎かになっていた、と……。
「このことは、しっかりと国王陛下にもお伝えする」
「ま、待っ――――――」
「だが、今回俺たちがここに来たのは、領民への不当な扱いを指摘しに来たわけではない」
ビリエルの言葉を遮って、オラース王子が今回の視察の目的をちらつかせます。
ビリエルは、もはや顔色を青どころか白に変えてしまっています。
下手をすれば、死にそうですね。
「貴様、デボラ暗殺未遂事件に関わっているだろう?」
オラース王子が核心を述べます。
部屋の中の空気がピシリと固まります。
誰一人として、言葉を発しません。
ただ、ビリエルの顔では汗が滝のように流れ落ちており、もう言わずとも分かってしまいます。
「……何のことですかな?私には、さっぱりです」
そして、ビリエルの口から放たれたのは、しらばっくれるような言葉でした。
いやぁ……感情が表に出過ぎだと思うのですが……。
オラース王子も分かっているのでしょう、呆れたような表情を浮かべていました。
「……以前、デボラが山賊たちに襲われてな。そいつらを捕まえて黒幕を喋らせたところ、お前の名前が出てきたのだ」
「まさか!!王族に忠を尽くすこの私が、そのようなことをするはずがありません!!」
大声で否定をするビリエル。
あまり大きな声を出していますと、逆に不自然に思えてしまいますよねぇ……。
「王子殿下!よもや、貴族の私などより、そのような下手人の言を信じるとは言いますまいな!?」
なるほど、そう言われれば、なかなかに言いづらいところがありますね。
山賊と貴族では、発言力の大きさが違います。
限りなく黒に近いグレーでも、貴族の言っていることよりも山賊の吐いたことを信じるとは言えませんね。
さて、オラース王子はどうするのでしょうか?
「……ああ、そうだな。すまない。だが、一応確認はしておかなければならないからな」
おや?
オラース王子は、あっさりと引き下がってしまいました。
領民への取り扱いや、わいろを贈っていることから、ビリエルは確実に黒ですが……諦めるのでしょうか?
「ふ、ふふふっ。いえいえ、良いのです。これも、殿下のお仕事なのですから」
ビリエルは先ほどまで青くしていた顔色を良くし、にこやかに笑い始めました。
事態が好転したと思っているのでしょう。
さてはて……。
「ああ、そうだな」
「さあ、陰気な話はここまでにしましょう!ささやかではありますが、宴の用意もしております。王族やお付の方々には、存分に楽しんでいただけますよう――――――」
「――――――ところで」
立ち上がろうとしたビリエルを止める声。
彼の言葉を遮って、オラース王子が言葉を発したのです。
彼から発せられる何か異様な雰囲気に、ビリエルはごくりと喉を鳴らします。
「貴様は、これに見覚えはないか?」
オラース王子は、そう言って何かを懐から取り出しました。
宝石のようなもので、なにやらそこに紋章のようなものも入っています。
立派なものですねぇ……。
それを見たビリエルが、またもや顔を青くしています。
もう、ストレスで死んでしまいそうですね、この人。
「そ、それは……」
「ここに入っているしるし、ヘーグステット家の紋章に似ていると思わないか?」
貴族には、紋章の入った宝石やら武具やらを部下に下賜して絆を保とうとする者がいると聞いたことがあります。
ビリエルも、その中の一人なのでしょうか?
「これは、デボラを襲おうとした者が持っていたものだ」
……これはもう、言い逃れはできませんね。
しかし、山賊が持っていたのでしょうか?
私が疑問に思っていると、デボラ王女がこっそりと耳打ちしてくれます。
「ほら、山賊に襲われた帰り道に、僕が爆発させた奴がいただろ?死体の確認に行かせた騎士が、あの紋章入りの宝石を見つけたんだよ」
「そうだったのですか」
あの時は、唐突に意味の分からない場所を爆発させたので、癇癪でも起こしたのかと思いましたが……。
そして、その癇癪を是非ぶつけてほしいと願ったものですが、デボラ王女は敵を爆殺していたのですね。
「流石はデボラ王女です。事態が一気に好転しましたね」
「ふふん!まあね」
ドヤ顔を披露するデボラ王女、可愛らしいですねぇ……。
ミリヤムがむすっとしていますが、流石に今回は功績があるので何も言いません。
……まあ、この国で王族の悪口を正面から言おうとする彼女は、色々と凄いのですが。
「これが何よりの証拠だ、ビリエル・ヘーグステット!王女暗殺未遂事件の関与を認めるな?」
「ぐっ、ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!」
ビリエルはそう唸ると、ガクリと肩を落としました。
これにて、決着ですね。
オラース王子は立ち上がって言います。
「この罪の罰は、おって聞かす。晩節を汚さぬよう、覚悟はしておけ」
オラース王子は最後に言うと、忠節の騎士であるヴァルターさんと一緒に出て行ってしまいました。
そこに、護衛の騎士たちが後に続きます。
「エリクー!僕たちも行くよー」
「はい。行きましょうか、ミリヤム」
「……うん」
デボラ王女も後に続き、私たちも歩き始めます。
私は、部屋を出る直前にチラリとビリエルを見ました。
「……私の……させるわけには……もはや……しかない……」
ブツブツと何かを呟き続けるビリエル。
その目は血走っており、正気でないことが見て取れます。
それを見て、私は薄く笑います。
そうです、そうですよね。
こうまで徹底的に追い込まれてしまえば、人はこうなってしかるべきでしょう。
それも、ビリエルは今まで高い地位につき、その権力を振るって好き放題してきたのです。
それを、一気に失うかもしれないことになれば、どうなるでしょうか。
権力や地位だけでなく、命まで失いかねない状況になれば、どうなるでしょうか。
「ふふふ……」
私が思うに、オラース王子は少しやりすぎたような気がします。
ビリエルを、追い詰めすぎたのです。
さてはて、どうなることやら。
私は、追い詰められてブツブツと独り言をつぶやき続けるビリエルから目を離し、歩き始めるのでした。