第三十一話 黒幕の名
オラース王子がそう言うと、場の空気がピシリと引き締まった感じがしました。
なるほど、おふざけと真剣な時の切り替えはしっかりできています。
そこが、王族なのでしょうね。
とくに、レイ王の変貌ぶりは目を見開いてしまうほどでした。
鋭い目つきに身体からあふれ出る圧迫感。
流石は、一国を支配する王です。
彼はその重々しい口を開きました。
「もちろん、デボラに手を出そうとした者は見つけ出して殺さねばならん」
おそらくですが、レイ王はただ単にデボラ王女が可愛いからという理由だけではなく、王族を殺そうとしたことを問題視しているのでしょう。
この国にとって、血のつながりというものは非常に重要です。
デボラ王女はレイ王の実子で、しかも王位継承権も持っているほどです。
そんな彼女が暗殺未遂にあって、その事件が迷宮入りだなんてことになると、示しがつかないのでしょう。
「デボラに手を出そうとした奴は殺す。絶対にだ……!!」
そう言って、何故か私を睨みつけてくるレイ王。
……あれ、先ほどまでの国王然としたあの方はいずこへ……?
しかし、パッと私から視線を逸らして宰相を見ます。
あの宰相が、レイ王の忠節の騎士なのでしょうか?
「捕らえた山賊から、情報は引き出せたか?」
「はっ。死なない程度の拷問を加え、生き残り全員から情報を吐かせました」
レイ王の問いかけに宰相が答えます。
ご、拷問……なんと魅力的な言葉でしょうか……。
「拷問で得た情報は正確性に欠けるところがありますが……」
「複数人から得た情報のすり合わせを行っているので、情報に間違いはないかと……」
オラース王子の忠節の騎士であるヴァルターさんが心配することもなさそうですね。
確かに、苦痛から逃れるために出まかせを言うこともあるかもしれませんし。
無論、私は長くしていただくために、簡単に情報は吐きませんとも。
「その情報を精査した結果、一人の男が現れました」
非常に素早い対応です。
もう、黒幕に目星をつけていたのですか。
私やデボラ王女よりも先に山賊たちの捕虜を帰していたのですが、それほどの速さとは……。
昨日、謁見できなかったのも、このことが関係していたのかもしれませんね。
宰相は、その黒幕の名を告げます。
「その男の名は、ビリエル・ヘーグステット」
「ほう……」
その名前を聞いて、レイ王はピクリと眉を動かす。
「……聞いたことがないな」
……んん?先ほどの意味深な反応はいったい……?
「……ヘーグステット家は領地持ちの貴族です。ビリエルというのは、現在の当主にあたります」
「おぉ、そうか。そんな貴族もいたか」
オラース王子がため息を吐きながら言うと、レイ王はポンと手を合わせました。
……この王は、もしかして自身に仕える貴族を覚えていないのでしょうか?
騎士などという大多数の集団はともかく、貴族などは数えるほどしかいないはずなのですが……。
「しかし、ワシが知らんということは、大した貴族じゃないんだろう?」
「確かに、公爵や辺境伯などといった地位の高い貴族ではありませんが……それでも、憶えていてください」
「はっはっはっ!すまんな」
大きな声で笑うレイ王をジト目で見ていたオラース王子でしたが、すぐに鋭い目に変わる。
「しかし、ビリエル・ヘーグステット、か……」
「おや、ご存じなのですか?」
「少しな」
オラース王子の何か知っているような態度に、私はつい問いかけてしまいました。
レイ王ならこれを理由に再び死刑を主張し始めるのでしょうが、彼はヴァルターさんに丁寧に説明をさせてくださいました。
「ビリエル・ヘーグステットの領民から訴えがありましてな。それを受けて、王子殿下と私は調査をしていたのです」
国民の嘆願を聞き入れて、すぐに行動……この国の王族では、オラース王子しかできないでしょうねぇ……。
「調査の結果、貴族にふさわしくない行為を奴は行っておりました。人身売買、過度な徴税、そして無理やり女の領民を召し上げたり……貴族の権威を濫用して好き放題に……」
「なんと……」
思わず、声を漏らしてしまいます。
いつか私がやってほしいことばかりではないですか。
……いずれ、ヘーグステット領に家を構えるのもいいかもしれませんね。
「つまり、ヘーグステットが更なる権力を得るために、デボラを亡き者にしようとしたと予想できてしまうのだ。日頃の行いを見ればな」
「しかし、どうされますか?確かに、ヘーグステットの奴は王女殿下暗殺未遂に関与しているのでしょう。しかし、流石に証言だけで奴をどうこうすることはできませんぞ」
「ふーむ……」
オラース王子に続いて宰相が進言すれば、レイ王は真剣に悩む仕草を見せました。
気持ち的には、さっさとそのビリエル・ヘーグステットを殺したいのでしょうが、そう簡単に王が貴族を処罰することはできないでしょう。
他の貴族たちにも、余計な不安を与えてしまうことになりかねませんからね。
誰も言葉を発しない、そんな空間で声を上げたのはデボラ王女でした。
「だったら、僕が確かめてくるよ!!」
「なっ……!?」
愕然と、目と口を開けるレイ王。
オラース王子はやっぱりかといった風に、頭を抱えます。
……王子の毛根が心配になりますね。
そんなことを考えていると、私の腕がデボラ王女に引っ張られました。
「もともと、僕が狙われたんだしね!一発食らわせてあげないと、気が済まないよ。利他慈善の勇者が僕の騎士だし、危険はないよね!」
暗殺未遂にあっておいて、報復のことを考えられるのは豪胆ですね。
まだ子供の女の子なのですから、恐怖に飲まれても不思議ではないのですが……。
しかし、それでこそ仕え甲斐があるというもの。
「だ、ダメだ!ワシの可愛いデボラに何かあったら……ビリエルのみならずヘーグステット領の民たちも皆殺しにしたくなってしまう!」
それは、王としてダメなのではないでしょうか?
私個人的にはウェルカムなのですが……。
「それに、ワシそいつ嫌いだし」
冷たい目で私を見下ろすレイ王。
散々私を良いように扱っておいて、嫌い宣言……くっ!興奮します……!
「もー。パパは関係ないでしょ。僕が、エリクがいいって言っているんだから」
デボラ王女の言葉を聞いて、ガクガクと震えるレイ王。
「や、やはり反抗期か……っ!!」
「はぁ……父上」
また話が脱線しそうになったところを、オラース王子が修正します。
お気持ち、お察しします。是非お代わりいただきたいくらいです。
精神的ストレスもまた、私に快楽を与えてくれる……。
「私もデボラについていきます。それで、いかがでしょうか?」
「えー!お兄ちゃんはいらないよ?」
「デボラは少し黙っていろ」
「ぶー」
デボラ王女は頬を膨らませながらも、大人しく黙り込みます。
『癇癪姫』をコントロールできるのは、オラース王子と後何人いるのでしょうか?
あ、デボラ王女。八つ当たりで脇腹を殴りつけてくるのは……素晴らしいです……。
「確かにお前には信頼して任せることができるが……デボラも連れて行く必要はないだろう?」
それでも、レイ王は駄々をこねます。
どれだけ親馬鹿なのでしょうか。
「しかし、父上。デボラも王族の一員。今から少しずつでも公務や王族としての在り方を経験しておかなければ、将来にしわ寄せがいってしまいますよ」
「う、うーむ……」
オラース王子の忠言に汗を流すレイ王。
確かに、箱入り娘として可愛がるのはいいのですが、公務の仕方や礼儀といったものを学んでおかなければ、将来困ってしまうのはデボラ王女です。
可愛いからと王城に閉じ込めていては、それはかえって彼女にとって悪い影響を与えかねません。
まあ、私が思いつくことなのですから、レイ王が分かっていないはずがありません。
「デボラと勇者殿だけでは心配でしょう。だからこそ、私がついていくのです」
「…………そうだな。デボラは、『ビギナー殺しの小部屋』から生還するほど成長したのだ。ワシも、少し子離れせんとな」
ふーっとため息を一つ吐くレイ王。
次に彼がデボラ王女に向けた目は、いつもの溺愛するような甘いものではなく、王としての冷たさも持ち合わせたものでした。
「デボラに命ずる。不審なビリエル・ヘーグステットを調査せよ」
「う……はい!国王陛下のために」
その変化をデボラ王女も感じ取ったのでしょう、いつものような気やすい返事ではなく、しっかりとした敬語で応えるのでした。
「デボラの忠節の騎士である勇者よ。お前にも頼んだぞ」
「はっ」
私もとりあえず跪いておきます。
誰が相手でも、私が跪くということは良い快感を与えてくれるものなのです。
「……ワシ、やっぱデボラの忠節の騎士と認めたくないんだけど。お前、死んでもいいからデボラを帰せよ」
「父上……」
「もちろんです」
可愛そうな人を見る目でオラース王子がレイ王を見ますが、私は力強く頷きます。
ありとあらゆる困難から、デボラ王女を庇って苦痛を味わいますとも。
言われずとも、やるつもりでした。
「うん……うん……」
デボラ王女も満足そうに頷いています。
少し、頬が赤いような気がしますね。
「それでは、会議はこれで終わりにしましょうか」
宰相が言えば、私たちは皆頷く。
さて、ヘーグステット領に向かうことをミリヤムに伝えなければ……また王族に肩入れしていると、叱られてしまうかもしれませんね。いい……。
「待て」
しかし、そんな私たちを呼び止める声がありました。
もちろん、こんなことを言うのはレイ王しかいません。
振り向けば、怒気と冷気を纏った目を向けてくるではありませんか。
なんでしょうか。気づかないうちに、不敬なことをしていたのでしょうか?
是非、処罰していただきたい。
「貴様……」
私だけでなく、全ての人たちがレイ王の言葉に注目します。
そして、かの王はようやく重たい口を開いたのでした。
「デボラのお手製のクッキーを食べたようだな」
…………く、クッキー、ですか。
「ええ、いただきました」
「許さん。ワシもまだデボラの手料理を食べていないのに……死刑」
む、娘さんから差し出されたのですが……。
あまりの理不尽に、私は呆然としながらも快感を得ます。
「父上……そんな些細なことで、勇者殿を殺すだなんて言わないでいただきたい」
「些細なことだと!?ワシのデボラの手作りお菓子を、ワシより先んじて食べることは極刑にあたるに決まっているだろう!?ワシ、許さん!!」
「すまん、勇者殿……」
オラース王子は本当に申し訳なさそうに謝ってきます。
いえいえ、お気になさらず。
理不尽にあてられることは、私も望むところですから。
「……美味かったか?」
レイ王はやはり気になるようで、さらに聞いてきます。
美味い、というよりかは……。
「素晴らしい……ものでした……」
「ぐぅぅぅぅぅぅぅっ!!」
私がそう言えば、悔しそうに歯ぎしりをします。
えぇ。後に分かったことですが、まさか毒ではない食べ物で吐血寸前までいきましたからね。
やはり、デボラ王女こそ我が主にふさわしい……。
「ワシもクッキー食べたい!デボラ!」
「えー……」
レイ王はついに我慢ができなくなったようで、デボラ王女におねだりをはじめました。
しかし、肝心のデボラ王女は面倒くさそうです。
私の時はウキウキで作っていてくれたらしいのですが……反抗期というのも、あながち間違いではないのかもしれません。
というか、そもそもまだ残っているのかさえわかりません。
私、たくさんいただきましたから。
「一応、少し残っているけど……これ、エリク用なんだけどなぁ」
デボラ王女はそう言って、懐からいくつかの毒物の入った袋を取り出しました。
ま、まさかまだ私に与えてくれようとしていたのですか……なんというお人だ……。
「な、なにぃっ!?エリクよ、ワシに譲ってくれるな?」
必至の形相で私を見るレイ王。
うむむむむ……!非常に惜しいのですが……。
「……そうですね」
王の命令だというのであれば、仕方ありません。
私のわがままを言うわけにはいきません。
「うーん……まあ、エリクがそう言うならいいかな。また、作ってあげたらいいし」
おっふ……本当ですか……。
「おぉっ!すまないな、エリク。さあ、デボラ。ワシに食べさせておくれ!あーん、でな!」
「えぇ……」
レイ王はウキウキです。
決して他人に見せてはいけないほどはっちゃけてしまっています。
デボラ王女は嫌そうにしながらも、レイ王の元に向かって行きます。
彼女を見ている時、チラリとオラース王子の顔が目に入ったのですが、汗が凄いです。
……もしかして、デボラ王女の料理の腕前を知っているのでしょうか?
素晴らしいものですよね……。
「ふはははははははっ!!どうだ、エリク?お前はここまでのことはされなかっただろう?あーんだぞ、あーん。これが、父であるワシと騎士であるお前との差よ!!」
レイ王はオラース王子の変化に気づかず、大きく笑って私を見下ろしています。
見下ろされるのも大好きです。
「はい、あーん」
「あーん!」
デボラ王女の小さな指で摘ままれたクッキーを、目を閉じ大きな口を開けて待つレイ王。
だからこそ、気づかなかったのでしょう。
彼女の作ったクッキーが、様々な色に輝いていたことを。
「あ、ちょっと待っ――――――」
ようやく気付いた宰相が止めようにも、もう遅いです。
レイ王の口の中に、唇に当たらないようにデボラ王女がぽいっとクッキーを投げ入れたのです。
次の瞬間、レイ王は玉座の上で崩れ落ちるという器用なことをしてのけたのでした。