第三話 ヴィレムセ王国の騎士
「おい!道を開けろ!」
「うわっ!?」
「きゃぁっ!?」
輪になっていた人々を押しのけてやってきたのは、全身を鉄の鎧で包んだ集団でした。
彼らは手荒に人々を押し、突き飛ばしながら近づいてきます。
「ら、乱暴をしやがって……っ!」
「我らを誰だと心得る!?偉大なレイ王に仕える騎士団であるぞ!」
悪態をついた人に向き直って、胸を張ってそう名乗る集団。
そう、彼らはこのヴィレムセ王国の騎士団でした。
彼らを見る国民たちの目は、お世辞にも自分たちを守ってくれる騎士を見るようなものではありませんでした。
そして、それはミリヤムも同じです。
その理由は……。
「そのような不敬なことをいう輩や、我々の進む道を妨げる者は――――――」
騎士の一人が前に出ます。
……こういうところが、皆さんに嫌われる理由なんですよねぇ。
「――――――死罪だ」
「えっ……?」
騎士は、あろうことか剣を抜き放ちます。
そして、彼の目線の先には、なんと私に逆プロポーズをしてくれた小さな天使が。
いや、この子はあなたたちの邪魔なんてしていないでしょう。
そう文句を言ってやりたいのですが、それよりも先に彼は剣を振りかぶって少女に切りかかりました。
いけない!私の快楽があんないたいけな少女にぶつけられるだなんて……!
「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
簡単に予想されるであろう惨劇に、私たちを囲んでいた女性が悲鳴を上げます。
ふっ、お任せあれ!
私は少女を抱きかかえると、騎士に背中を向けました。
すると、当然ながらその剣は私の背中を大いに切りつけました。
「ぐはぁっ!!」
「エリク……っ!」
ミリヤムは心配そうに私の名を呼びます。
安心してください、ご褒美ですよ。
「ゆ、勇者様……?」
「ふ、ふふっ、大丈夫ですよ。ほら、お母さんの元に帰りなさい」
「で、でも……」
私の腕の中で、涙を目いっぱい浮かべる少女に、私は微笑みかけます。
ありがとう。あなたのおかげで、私はまた一つ得難い快楽を得ることができたのです。
戸惑う少女を優しく押し出し、私は騎士に向き直ります。
良い斬撃でした。もう少し、痛めつけていただけると助かります。
「……何のつもりだ、勇者」
「幼い子を斬り殺す場面なんて見たくありませんからね。ぐっ……」
ギロリと睨みつけてくる騎士に、そう言い返します。
そして、このようなご褒美を私が見逃すはずがありません。
少女を斬り殺すくらいなら、私を斬って快楽を与えてください!
「……ふんっ、愚か者め。貴様が国王陛下に目をかけてもらっていなければ、すぐさま殺してやったわ。おい、聖職者を呼んでこいつを治療してやれ」
「いえ、それには及びません。私には、ミリヤムがいますから」
ミリヤムの回復魔法は、私の傷を回復させてくれると同時に苦痛まで与えてくれるのです。
そこんじょそこらの回復魔法を使う人に、私の傷を治させるわけにはいきません。
「……そうか。その女の不敬な目は、お前に免じて許してやる。治療を終えたら、すぐに我々に伝えろ。貴様らを王城まで護送してやろう」
護送する相手を切りつけるのはセーフなのでしょうか。
まあ、私は嬉しいから言い返しませんが。
「すみませんね、ミリヤム。また、回復魔法をお願いします」
「こういう無茶を止めてって言っているの……!」
ミリヤムは悪態をつきながらも、私に回復魔法をかけてくれました。
私が新たな快楽に内心悶えたのは、言うまでもありません。
◆
エリクとミリヤムが騎士たちに連れられて王城に向かった後、勇者見たさに集まっていた人々も多くが散って行った。
しかし、中にはこの場に留まって騎士たちに対して悪態をつく者もいた。
「あいつら、横暴な態度ばかりとりやがって……っ!!」
「王だからって、そんなに偉いのかよ。俺たちの税で生活しているくせによっ!」
彼らの王族および騎士たちのような公権力に対するヘイトはなかなかのものだ。
先ほどのように、騎士たちは多くが威張り散らしており、不当に国民を傷つけるようなことは日常茶飯事だ。
もちろん、中には高潔な志を持つ騎士もいるだろうが、絶対数が明らかに少なかった。
「それにしても、勇者様は本当にお優しいよな」
騎士の話をしていても、憂鬱な気分になるばかりだ。
そこで、一人の男は勇者の話題を出した。
すると、先ほどまで怒りや恨みで顔をゆがめていた人々が、一斉に笑顔になる。
「ああ。赤の他人の子供を助けるために自分の身体を盾にするなんて、あの人くらいしかできねえよ」
「利他慈善の勇者様が私たちを助けてくれる。だから、私たちはここにいられるのよ」
「おう、そうだ!!」
ワイワイとエリクの本性……というよりも性癖を知らないがゆえに、賑やかに話しあう民たち。
そこに近づく人がいた。
「すみません、少しいいですか?」
「おう、なん……げぇっ!騎士団の……」
綺麗な女の声に話しかけられて、気持ちがでれっとしながら振り返ると、そこには女は女でも鉄の鎧を身に纏った女が立っていた。
先ほどまで彼らが散々な評価をしていた、騎士であった。
まさか、聞かれていないだろうなと顔を青ざめさせる人々。
「……なんだよ。俺たち、騎士様に咎められるようなことはしてねえぜ」
「いえ、それは分かっています。ただ、その利他慈善の勇者という人が気になって……」
どうやら、自分たちをいじめに来たわけではないらしい。
ほっとしつつも、王都では知らぬ者などいないはずの勇者のことを聞いてこられたので、不思議な気持ちがする人々。
「あら。あんた、騎士様なのに勇者様を知らないのかい?」
「お恥ずかしながら。私は悪人を処罰するため、ほとんど王城にいないものでして……」
悪人と言ったところにやけに感情が込められているような気もしたが、安全な王都ではなく様々な場所に行っているというのは、騎士嫌いの人々を感心させた。
それなら、王都以外ではあまり名が広まっていないであろう勇者のことを知らないのも理解できる。
「ほー、立派な騎士様もいたもんだ。勇者様の話だったな?あの人は、横暴な騎士の攻撃から子供を庇ったんだよ。本当に優しい人だよ、ありゃ」
「利他慈善の勇者……」
勇者のことを話そうとして、ついうっかり騎士のことを卑下してしまう。
騎士を前にして騎士を馬鹿にするというのは、この国では斬り殺されても不思議ではない行為だ。
他の人々は顔を真っ青にするが、女騎士は何か考え込む様子で、ぽつりと勇者の二つ名を呟いた。
「お、おい!お前、騎士様に何言ってんだよ、馬鹿!」
「あ、しまった……っ!」
つい騎士の悪口を言ってしまった男も、周りに言われてようやく気付いたのか、顔を青くする。
最悪、斬りかかってくるのではないかと戦々恐々としていたが……。
「……いえ、そういう愚かな騎士もいることがわかりました。悪は私が断罪しておきます。教えてくれてありがとうございました」
女騎士はぺこりと頭を下げると、スタスタと歩いて行ってしまった。
「……なんだったんだ、ありゃ?」
「さあ?それよりも、騎士の仲間を連れてきてドヤされても敵わん。帰ろうぜ」
「そうだね」
しばらく女騎士の背中を見て呆然としていた彼らだが、また騎士たちに絡まれたらたまらないとすぐに解散するのであった。