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第二十八話 騎士の憂慮と報告者の末路

 










「デボラ王女、落ち着いてください」

「落ち着けるかぁっ!!」

「ぐはっ!」


 宥めようとするエリクの腹部に拳を叩き込むデボラ。

 一瞬、恍惚とした表情を浮かべたのは、アルフレッドの見間違いだろうか。


「(エリク殿は、良き人だ)」


 アルフレッドはエリクたちの集まりを見ながら、改めてそう思う。

 エリクを殴られてご立腹のミリヤムがデボラに突っかかり、二人して睨み合っているのをエリクが間に入ってニコニコと宥めている。


 あんなに楽しそうにしているデボラを見るのは、初めてだった。

 今まで、長年王族に仕えてきたアルフレッドだったが、彼だけでなく他の騎士や貴族たちでも、デボラをあんな笑顔にすることはできなかった。


 寒村出身だというぽっと出の男が彼女を笑顔にしたというのは、少し思うところがないわけではないが……。


「(しかし、感謝しかないな)」


『癇癪姫』と恐れられていても、デボラはまだ子供なのだ。

 子供は、あのように笑顔でいることが望ましい。


 家族もいるアルフレッドは、その思いが強かった。

 それに、デボラは成長すれば、ヴィレムセ王国の王族として厳しい選択や未来を選ばなければならないようになるだろう。


 ならば、今は……今だけは、彼女らしさを前面に出して楽しんでほしい。

 そのために、デボラの忠節の騎士となったエリクは必要不可欠な存在だ。


 彼女の懐きようから見ても、それは明らかだ。

 それを、アルフレッドは否定しないし、反対しない。


 エリクが王族に取り入って悪だくみをするような男であれば、彼だってその身を張っていただろう。

 だが、非常に短時間ではあるが、エリクが優れた人格の持ち主で、利他慈善の勇者と呼ばれるにふさわしい男であるということは、デボラを何度もその身を盾にして守っていることから承知している。


 また、デボラが懐いているということもある。

 おそらくではあるが、彼女は悪意に対して非常に敏感である。


『癇癪姫』と恐れられる所以となった、『だれかれ構わず爆発させてしまう』ということにも疑問がある。

 もしかしたら、爆発させられたのは、彼女を利用しようとして、もしくは害を及ぼそうとして近づいた者たちではないか?


 それが、尾ひれがついて無差別爆殺魔みたいな評判になったのではないだろうかと考えていた。

 だから、アルフレッドはエリクのことを非常に信頼していた……が。


「(あの笑顔……それが私の心にくさびを打った)」


 ブレヒトと戦闘。おそらく、純粋な戦闘技術で言えば、ブレヒトの方が上だったのだろう。

 エリクはオーガ戦のすぐ後だというのに、不甲斐無い自分たちの代わりに戦ってくれ、彼を退けた。


 だが、その過程でエリクは命を落としかねないほどの猛毒を撃たれ、その激痛たるや凄まじいものだっただろう。

 アルフレッドも戦闘で毒を受けたことはあるが、それほど強力なものでなくとも地面をのた打ち回りたいほどの苦しさだった。


 しかし、エリクは違った。

 むしろ、笑みさえ浮かべ、恐怖心を一切覚えることなくブレヒトに切りかかったのだ。


 それは、まさしく殺されたブレヒトが言っていた――――――。


「狂戦士、か」


 どれほどの苦痛を与えられても、それでもなお戦い続ける異質な戦士。

 エリクは、その類なのか?


 今、デボラやミリヤムを見て穏やかに微笑んでいる彼を見て、狂戦士と判断する者は誰もいないだろう。

 しかし、アルフレッドの頭には、あの異質な笑みが残って消えてくれなかった。


 もし、彼があの穏やかな表情に隠れた危険な二面性を持ち合わせているのだとしたら……。


「(大丈夫だ、エリク殿は道を踏み外したりはしないだろう。……しかし)」


 報告は、しなければならない。

 レイ王に報告するのは、エリクのことも考えて避けたかった。


 そこで、公正な判断を下してくれるであろうオラースに、アルフレッドは報告することを決めるのであった。











 ◆



「ば、馬鹿な……」


 ワイワイと騒いでいるエリクたちを、木陰から盗み見ている男がいた。

 もちろん、彼はデボラ王女を暗殺しようとした黒幕に報告した者であり、『ビギナー殺しの小部屋』で殺すことができなかったために第二の作戦を発動させた男である。


 第二の作戦とは、大勢の山賊を使って彼らを押しつぶす作戦であった。

 護衛の騎士たちも合流したが、それは計画の範囲内である。


 いくら強くても、数に囲まれれば思ったように動けなくなる。

 実際、男と黒幕の考えは当たっていた。


 ヴィレムセ王国の騎士たちは山賊たちに囲まれて、護衛対象であるデボラ王女から離されてしまう。

 残されたのは、大した実力もないであろう利他慈善の勇者とそのおまけ女である。


 彼らと相対するのは、元ヴィレムセ王国の騎士であり、その実力は黒幕の男や報告者の彼も認めるほどの男、ブレヒトである。

 彼ならば、エリクたちを難なく倒してデボラを殺すことができると、彼らは確信していた。


 でなければ、いくら彼らでも、ただの山賊たちにデボラ王女暗殺を依頼するはずがない。

 ブレヒトという男は欲が強そうだということは分かっていたので、依頼を達成すればさっさと始末してしまえばあとくされがなくていい。


 むしろ、デボラ王女暗殺の実行犯を成敗することができたとして、黒幕の男の株も上がって言うことなしだ。

 さらに、念のためにということで、ブレヒトには苦労して仕入れてきた猛毒を与えておいた。


 それは、掠りさえすれば驚異的な耐久力を誇る魔物でも命を奪うことができるほど、凶悪なものであった。

 それを、人間に使えば言うまでもない。


 だからこそ、彼らは暗殺成功を確信していたのだが……。


「そ、そんな……こんなことが……」


 報告者の男は、呆然として同じことを呟くことしかできない。

 暗殺計画は見事に失敗した。


 襲わせた山賊たちは壊滅、首魁であるブレヒトも勇者に首を斬りおとされて死んだ。


「あ、あの役立たず共め……っ!!結局、デボラ王女どころか誰一人殺すことができていないではないか……!!」


 男の顔が憎々しげに歪む。

 最悪、ブレヒトたちが暗殺に失敗していようとも、護衛の騎士たちやエリクを半分以上道連れにしていたのであれば、彼がデボラ暗殺を実行することだってできたのだ。


 だが、彼らは誰一人欠けることなく健在である。

 そんな中に、ブレヒトのような軍人の経験があるわけでもない男が突撃したところで、あっけなく捕まってしまうことが目に見えている。


 結果として、暗殺対象が目の前にいるのにもかかわらず、彼は指をくわえて見ているだけしかできなかったのであった。


「報告をしなければ……」


 彼は憂鬱な気分で水晶玉を取り出す。

 中年の男に、何を言われるかなど聞かずとも分かる。


『おぉ、お前か!それで、どうだ?王女の死体は、うまく処理したか?』


 水晶に映った中年貴族は、嬉しそうに醜悪な顔を歪ませていた。

 やはり、彼もまた暗殺が成功したと信じて疑っていない。


 成功したことを前提に、死体処理の話までし始めている。

 そんな彼に、作戦失敗などと告げたら……。


 どのような反応が返ってくることを予想しながらも、男は嫌々結果の報告を行った。

 報告を受けた中年の男は、最初は笑っていた顔をどんどんと怒りに歪ませていき……。


『ふ、ふざけるなぁっ!!』


 予想通り、爆発した。


『こ、今回の作戦は、決して失敗してはならなかったものだぞ!?貴様、どういうことだ!?』

「も、申し訳ありません。し、しかし、勇者の奴が想像以上にしぶとくて……」

『言い訳など聞きたくないわ!!』


 どういうことって聞いてきたのはそっちじゃん……と思う男であったが、逆らったら殺されかねないので、ただ頭を下げる。


『ど、どうする……!?ま、まさか、山賊の中に生き残りがいるわけではあるまいな?』

「そ、それが……」


 報告者はエリクたちの方に視線をやる。

 そこには、生かして捕らえられた山賊が数名いた。


「な、何人かは……」

『――――――』


 水晶に映る中年の男が、白目をむく。

 もし、全滅していれば最悪の事態を免れることはできた。


 だが、山賊の中の誰かが生きている以上、自分が彼らに依頼したという情報は間違いなくわたってしまう。

 山賊たちに、自分を殺してでも主を守らんとする忠誠心など微塵もないのだから当然だ。


 まあ、中年の男も彼らが成功していたとしても切り捨てようとしていたのだから、お相子なのだが。


『な、なんてことをしてくれたんだ、貴様……!これで、私のことが王の耳に入れば……領地取り上げ、貴族の位の没収。……いや、過保護なあの王がこの程度で済ますはずがない。私は処刑されて……』


 ブツブツと呟きながら、最悪の未来を想像する貴族。

 その顔は真っ青で、みるみるうちに汗が浮かび上がる。


 太っているため、油ギッシュになってしまった。


「あ、あの……私はこれからどうすれば……」

『黙れ!!』


 新たな指示を求めようとする報告者であったが、水晶の向こうで唾を吐き散らしながら喚く貴族。

 彼は血走った目で、報告者を睨みつけた。


『これから何をすればいいだと?そんなもの、決まっている!作戦失敗の責任をとり、貴様がデボラ王女を暗殺しろ!!』

「そ、そんな無茶な……!!」


 あまりにも酷い指示を聞いて、報告者は泡を食う。

 だが、余裕など微塵もない貴族は、これをまったくの冗談で言っているわけではなかった。


『これしか、残された道はない!どちらにせよ、おめおめと我が領地に生きて戻ってきてみろ。貴様を殺してやる……!!』

「そ、そんな……」


 愕然とした表情を浮かべる報告者。

 だが、これはかわいそうだなどといった感情を向けるほどではない。


 このような脚きりや領民を虐げるような非道な行いを、彼は中年の男に教えてもらい行っていたのだから。


『いいな!?今まで不甲斐無い結果を出してきたのだ。最後くらい、私に恩を返すのだ!!』


 中年の男が最後にそう言うと、通信が切られて水晶の光が失われる。

 残されたのは、呆然としている報告者の男だけ。


「ぐっ……くそぉ……っ!!」


 男は目に涙さえ浮かべながら、身体を震わせる。

 もはや、何をすればいいのかさえわからなかった。


 多少戦闘の経験があるとはいえ、襲撃もあってしっかりと護衛をしている連中の元に突撃していき、デボラを殺して自分はうまく逃げ出すことができるとは到底思えなかった。

 だが、暗殺をしないとして、自分はどうすればいい?


 財産は全て中年の貴族が支配する領地に置いてきている。

 ここから逃げ出したところで、どこに行けばいいというのか。


 彼には、選択肢などなかった。

 デボラを討ち取り、そして中年の男に認めてもらうほかないのだ。


「くそ……っ!!もうどうなってもいい……!!」


 男は覚悟を決めて、剣を抜く。

 幸い、彼は気配を隠すことに長けている。


 こっそりと近づいて行けば、気づかれないうちに弓矢や投石でデボラを殺すことができるかもしれない。

 そう考えて、彼はデボラの方を見て……。


「え……?」


 デボラのクリクリとした目と、視線が合った気がした。

 気のせいだ。かなりの距離が離れている。ばれるはずがない。


 しかし、デボラの目は決して男の目から離れてくれず……彼女はさらにニッと笑ったのであった。


「ま、まずい……っ!!」


 その場から急いで離れようとする男であったが、もう遅い。

 彼の元に、急速に視認できるほどの濃い魔力が集まっていき……。


「ぎゃ――――――!!」


 悲鳴がかき消されるほどの爆発に巻き込まれたのであった。











 ◆



「僕、昔からああいう視線には敏いんだよねぇ」

「デボラ王女?」

「ううん、何でもないよ」


 不思議そうに音のした方を見ているエリクに、デボラは駆け寄るのであった。



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