第二十七話 冒険への課題
私は地面を見下ろします。
そこには、憎々しげに歪んだ表情のブレヒトの首が落ちていました。
私が、彼を殺したのです。
「ふぅ……」
それにしても、いい勝負でした。
オーガ戦に勝るとも劣らない苦痛を味わうことができました。素晴らしい……。
ブレヒトによって切り付けられた傷、デボラ王女の爆発。
そして、何よりも命をむしばむ猛毒!
これらの苦痛は、未だに味わったことのない調和を生み出し、私を歓喜させてくれました。
オーガ戦では、人では決して出せないような暴力に振り回されることもよかったのですが、毒というゆっくりと命を削り取られる苦痛も堪りません。
デボラ王女を庇えてよかったです……。
それに、ブレヒトの敵意と殺意も素晴らしいものでした。
オーガもそれらは発していたのですが、どうにも知能の低い魔物ということもあって、あれは純粋すぎました。
ドロドロとした意思を向けられることは、やはり知性の高い人間や魔族に限りますね。
「ごほっ……」
こみあげてくるものを感じて咳き込めば、べしゃっと血の塊が吐き出されました。
うーむ……ブレヒトは猛毒と言っていましたからね。
この苦しさも素晴らしいですが、放っておくと死んでしまうかもしれません。
まあ、私には不死スキルがあるので、どうなるかはわかりませんが。
「エリク!」
このまま、本当に死んでしまうのか試してみようかと思ったのですが、ミリヤムが駆け寄ってきました。
今回は、治療してもらうことにしましょうか。
「ミリヤム、申し訳ないのですが回復を……」
「申し訳なくなんかない。すぐにするね」
オーガ戦の時も回復魔法を使ってくれて疲れているでしょうに、ミリヤムは不満一つ言うことなく回復魔法をかけてくれました。
やはり、私には勿体ないくらい良い人ですねぇ……。
あっ、毒でも回復する時は激痛が走るんですね。
外傷を治すよりも、身体の中をぐちゃぐちゃにかき回されるような苦痛はこれまた……っ!!
「凄かったね、エリク!」
苦痛と快楽に悶えていると、デボラ王女が話しかけてきてくれました。
王族に労ってもらえるなんて、ほとんどの人が経験しないことでしょう。
それも、『癇癪姫』であるデボラ王女になんて、今まで労ってもらった人がいるのでしょうか?
「僕の代わりに毒矢を受けてくれて、僕の爆発も受けて前に進む姿は、流石は勇者だよ!褒めてあげよう」
「どうもです」
小さな手で頭を撫でてくるデボラ王女。
やっぱり、子供なんだなぁと思います。
「これからもよろしくね」
これからも、こういうことが続くということですね。
子供の無邪気な悪意……嫌いではありません。
普通の人は、致死性の毒が塗られた矢に二度も刺されたいとは思いませんからね。
無論、私は構いません。
「……いえ、こういった無茶はもうさせないようにしないとダメです」
「え?これから、一度王都に戻ってからまた冒険に出るんだから。冒険に危険はつきものだよ?」
「エリクは待機です」
「僕の騎士になった意味ないじゃん!!」
過保護なミリヤムと、良い道具が手に入ったと思っているであろうデボラ王女が対立します。
いつも通りの日常ですね。
「エリク殿!今回もまた助けられてしまいましたな」
「アルフレッドさん」
私の元に駆け寄ってくる、護衛の騎士たちを引き連れたアルフレッドさん。
幸いなことに、死人は出ていないようだ。
それどころか、怪我らしい怪我をしているのは、ブレヒトによって倒されてしまった騎士だけらしい。
いくら相手が山賊とはいえ、かなりの数の差だったのですが……流石は王族の護衛に選ばれる騎士たちですね。
「毒に身を侵されながらも、敵を倒さんとするその気迫、実に見事でした。流石は、王女殿下に選ばれた忠節の騎士です」
「ふふん」
褒められた私より自慢げなデボラ王女。
……ブレヒトを倒さんとするよりも、痛めつけられたいと考えて前に出たとは言わないでおきましょう。
「ですが……」
「……?」
少し難しい顔をして、押し黙ってしまうアルフレッドさん。
いったい、どうしたのでしょうか?
「いえ、なんでもありません」
彼はそう言って、はぐらかすように笑います。
うむむ……何やら気になりますが、人の悩みをどうしても知りたいというわけでもありません。
詮索はしないようにしましょう。
好奇心は猫を殺すと言いますからね。
……詮索した方が私的には良いですね。
「あ、そう言えば、ブレヒトを殺してしまいました」
「うん?僕を暗殺しようとしていたみたいだし、いいんじゃない?」
私が呟けば、デボラ王女が擁護してくれます。
彼女は、私がブレヒトを生きて捕らえず、法に則った裁きを下せなかったことを悔やんでいると考えているのでしょう。
しかし、私はそこまで慈悲深いわけではありません。
そうではなく……。
「彼は依頼と言っていました。ということは、デボラ王女を狙ったこの事件は、彼の背後に黒幕がいるはずです」
「……確かに」
私の考えに同意してくれるミリヤム。
出来れば、山賊たちを率いていたブレヒトを生きたまま捕らえ、尋問して背後関係を探るべきだったのでしょうが……さまざまな苦痛を与えられて少しハイになっていた私は、そのことを失念して首を斬りおとしてしまいました。
「えー。まだ僕を狙うやつがいるのー?僕が何をしたっていうのさ」
命を狙われているデボラ王女ですが、うろたえたりせずにいつも通りです。
肝の据わった王族は、頼りになりますね。
しかし、自分の至らない点を探すよりも不満を言うところが、流石はデボラ王女といえるところでしょう。
その性格の図太さ……ずっとついていきます。
「そこは心配なされるな、エリク殿」
どうやって背後関係を洗おうかと考えていると、アルフレッドさんが頼もしいことを言ってくれます。
「何人かの山賊は、生かしたまま捕らえています。彼らはブレヒトほど情報を持っていないかもしれないが、それぞれから情報を引き出してすり合わせれば、比較的正確な情報を得られるでしょう」
「おぉ」
アルフレッドさんの視線の誘導に従うと、確かに護衛の騎士たちに引っ立てられている山賊が何名かいました。
彼らが中心的な存在であったブレヒトと同様の情報を持っているかはわかりませんが……。
「それは、大丈夫でしょう」
私の懸念を、アルフレッドさんが一蹴する。
「奴ら、山賊に扮した軍人や暗殺組織の人間というわけでもなく、本当にただの山賊の連中です。殺人のプロでなく、自分の身のためなら何でも犠牲にするような卑しい連中を使う黒幕も、大した頭ではないのでしょう。おそらく、情報も山賊たちに筒抜けのはずです」
「なるほど……」
仮に、今回襲ってきたメンバーが本物の暗殺者だったり特殊な訓練を受けた軍人だったりした場合……こんなに簡単に勝利を得られることはなかったでしょう。
黒幕は、金を出し渋ったのか何か別の事情があったのかわかりませんが、山賊という無法者たちを使いました。
情報の裏取りなどもされやすいでしょうし、黒幕は少なくとも頭のいい難敵というわけではなさそうです。
「ふーん、それは良いね。また、すぐに冒険に行くんだから、さっさと問題は片付けたいよね」
「そのことですが……難しいのではないでしょうか?」
「えっ!?何で!?」
上機嫌なデボラ王女に、言いづらそうにしながら私が言えば、バッと振り返ってきました。
彼女は、再び今回のような冒険ができると信じて疑わないようです。
私としても、こき使われることは望むところなのですが……。
「今回のような『ビギナー殺しの小部屋』に迷い込んだことや、暗殺事件に巻き込まれたことをレイ王が知れば、再び快く送り出してくれることは考えにくいかと……」
『ビギナー殺しの小部屋』を私たちは生きて脱出することができましたが、私たちみたいな者は例外です。
大概の人たちは、あそこで誰にも知られることなく命を落とし、永遠にダンジョンの中をさまよい続けるのですから。
そんな危険なダンジョンに、親馬鹿なレイ王が再びデボラ王女を送り出すでしょうか?
私は、なかなか考えられないと思います。
それに、暗殺事件は未解決です。
少なくとも、黒幕や関連した人々を捕まえなければ、娘を自分の目の届くところに置いておきたいと思うのが親なのではないでしょうか?
「そ、そんな……で、でも、エリクがいてくれたら大丈夫なんじゃ……」
「もちろん、私もデボラ王女の騎士として全力を尽くしますが……私の力はそれほど強いわけでもありません。レイ王もそのことを理解しておられるでしょうし、仮に外出が許されても王都の中……それも、護衛がたっぷり付いてやっと、という形ではないでしょうか」
私はデボラ王女の理想を打ち砕いていきます。
私としては、むしろ理詰めされる方が好ましいのですが……。
しかし、私の言っていることは事実です。
レイ王は今回のことを知れば、それはもう過保護が加速するでしょう。
そして、かの王は私のことをそれほど信用も信頼もしていません。
所詮、使い捨ての便利な手ごまといった認識でしょう。
だからこそ、私はレイ王に従うのですが……まあ、それは置いておきましょう。
つまり、ろくに信用をしていない私に、親ばかな王がデボラ王女を預けるわけがないと言いたいのです。
「そ、そうだ!このことを、パパに言わなかったらいいんだ!そうすれば、ばれないでしょ!?エリク、言ったら怒るからね!」
キッと私を睨みつけてくるデボラ王女。
黙っている、というのは良い考えかもしれませんが……。
「私はデボラ王女の騎士ですので、あなたの言葉に従いますが……アルフレッドさんたちがいますからね」
「……アルフレッド?」
デボラ王女が視線を向ければ、サッと視線を逸らすアルフレッドさん。
「……もしかして、君は王女の命令に従わないというのかな?」
「……私は王族を護衛する騎士です。……が、私の直属の上司はオラース王子殿下です。国王陛下に報告はしませんが、殿下には報告しなければなりません」
「なっ……!?」
私はデボラ王女の忠節の騎士なので、レイ王やオラース王子の命令よりも彼女の言うことを優先します。
しかし、アルフレッドさんたち護衛の騎士たちは、デボラ王女の下についているわけではありません。
いくら、デボラ王女が強権を振るったとしても、彼女と同格……いや、王位継承権で言えば上のオラース王子の下にいる者を、どうこうすることはできません。
つまり……。
デボラ王女はガクガクと身体を震えさせて……。
「嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!帰りたくないぃぃぃぃぃっ!!」
絶叫空しく、デボラ王女は王都へと連れ帰られることになるのでした。
「ふっ、いい気味」
ミリヤムは暗い笑みを浮かべているのでした。