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第二十六話 狂戦士

 










「……何で?エリクの傷、そんなに致命傷なの?」


 顔を真っ青にするミリヤムと対照的に、デボラは比較的冷静であった。

 とはいえ、自分のものという自負のある騎士を痛めつけられ、その心中は穏やかではなかったが。


 しかし、箱入り娘の彼女でも、矢が腹に刺さった程度で死に至るだなんておかしいことは分かる。


「毒だよ、王女様」


 デボラだけでなく、他の連中も気になっていることだろう。

 ブレヒトは嬉々として種明かしをする。


「矢に毒を塗っていたんだ。それも、掠っただけで命を奪えるような、猛毒をな」

「毒かぁ」


 デボラは納得した様子を見せる。

 王族にとって、毒とは割と身近にあるものである。盛られる側で。


 ゆえに、あからさまなショックを受けた様子を見せることはなかった。


「王女様より図体が大きいから即死するわけじゃあねえが……むしろ、そっちの方がキツイだろうよ。激痛にさいなまれながら、ゆっくりと死に向かって行くのを実感するんだからなぁ」


 ブレヒトは、これほど愉快なことはないと考えていた。

 鬱陶しい偽善者が、その身を投げだして他者を救った。


 その代償に、彼は今地獄のような苦しみを味わっているはずだ。

 血が流れだし、意識は混濁しかかっているだろう。


 口だけではなく、鼻からも血が流れ出す。


「は、早く治療しないと……!」


 ミリヤムは駆け出してエリクに回復魔法を施そうとする。

 一般の回復魔法使いではできなくとも、彼女の強力な回復魔法は毒にも有効だ。


 しかし、それを素直に黙って見ているわけがないのがブレヒトだ。


「治療なんてさせねえよ、バァカッ!!」

「ぐっ……!!」


 ブレヒトは剣を振るってエリクに襲い掛かる。

 朦朧とする中、エリクも懸命に剣を構えて応戦する。


 しかし、やはり防戦一方だ。

 解毒さえできれば、片腕のブレヒトを倒すことはできるだろうが、激しい近接戦闘を行っている場所に戦闘の心得がないミリヤムは入り込むことができなかった。


 戦闘……とは言えないかもしれない。

 ブレヒトは片腕、エリクは毒という両者ともにハンデを抱えているわけだが、猛毒というハンデの方が大きかった。


 もちろん、片腕を失うことも重傷だが、未だに激しい剣戟を繰り広げることができるのがブレヒトであった。

 エリクは、まさに防戦一方である。


 鼻や口から血を流しながら、フラフラとしながら攻撃を受け止める。

 打たれる方に身体が流れている様は、少しでも間違えば簡単にエリクの命は失われることを示していた。


「どうした!?笑えよ、狂戦士!!お前の大好きな、命を削り合う戦闘だぞぉっ!!」


 嬉々として剣を振り続けるブレヒト。

 しかし、彼にも余裕はない。


 片腕を失った激痛と出血で汗はびっしりと顔に浮かんでいる。

 それに、悠長にしていれば、山賊たちが狩り終えられ護衛の騎士たちが群がってくるだろう。


 そうなれば、今のブレヒトは切り抜けることすらできないだろう。

 だから、今のうちに……何とか偽善者の代表格であるエリクを殺したいのだ。


「片腕しかねえ俺に押されていて、恥ずかしくねえのかよ!?あぁ!?勇者さんよぉっ!!」

「ぐっ……!!」


 ギリギリと鍔迫り合いになる。

 片腕しかないというのに、ブレヒトはエリクを押していた。


 しかし、エリクの場合は意識を保っていられていることだけでも賞賛されるべきである。

 それなのに、激しい戦闘となると、いくら何でも酷というものだった。


「うぐっ……!!」


 ゆっくりと、ブレヒトの剣がエリクの肩に食い込む。

 肌を裂き、血が滴る。


「おいおい、本当に死んじまうぞぉ?……どちらにせよ、毒で死ぬがな!」

「ぐぁぁぁ……っ!!」


 グリグリと肩を抉るように剣を動かすブレヒト。

 苦悶(よろこび)の声を上げるエリクを、嗜虐的に見る。


 ブレヒトがやたらと接近するのは、飛び道具や魔法で攻撃されないためである。

 ここまで密着しており、さらに毒でフラフラと不規則に揺れるエリクを避けて自分だけを攻撃するのは、至難の業だろう。


 だが、それだけではない。

 苦しんでいる偽善者を、目の前で見たい。


 そんな歪な願望があってのことでもあった。


「くはははははははははっ!!おらぁ、苦しめぇっ!!テメエの気持ち悪い性格が、今こんなに苦しい思いをさせているんだぞぉっ!!」


 ギリギリと、さらに身体を抉って行く剣。

 喜びの絶頂にいたブレヒトに、苦しげな(よろこびの)顔を浮かべていたエリクはふっと笑った。


「あ……?何を笑って……」

「このまま、では……勝てそうにないですからね。……私も、身を削る覚悟をしたのですよ」


 毒と痛みによって、途切れ途切れになりながらも話すエリク。

 何をするつもりか。


 怪訝そうな顔を浮かべていたブレヒトは、ハッと思い当たる。

 顔を向けた先には、魔力の渦を発生させている暗殺対象のデボラがいた。


「て、テメエ、馬鹿なのか!?こんなに近くで、『癇癪姫』の爆発を受けたら、テメエもただでは済まねえぞ!?」

「覚悟を決めた、といいました」


 ふっと笑うエリクと対照的に、ブレヒトの顔は恐怖に歪む。

 噂では、何人もの人々を爆殺してきた『癇癪姫』のスキル。


 それを直撃させられたら……。

 最も恐れていた『爆発』を逃れるためにエリクに接近していたというのに、この男は己を犠牲にしてでも自分を倒そうとしてくるのか。


「よーし、行くよー」


 あまりにものんきな声音で言うデボラ。自分の騎士を傷つけられたことで、感情が昂ぶっていたのだ。

 エリクのことなど、大して気にかけていないようにも聞こえる。


 実際、ミリヤムは眉間にしわを寄せていた。

 しかし、これは裏返せばエリクに対する信頼なのかもしれない。


「どーん」


 魔力がエリクとブレヒトの間で急速に集束する。

 ブレヒトはとっさに剣を離して逃げようとするが、もう遅い。


 ズドォンッ!!


「がはぁっ!!」


 デボラのスキルである『爆発』が発動し、それは胸のあたりで発生した。

 衝撃によってダメージを受け、血を吐くブレヒト。


 大きく身体を仰け反り、そのまま仰向けに地面に倒れそうになる。


「威力を抑えた『爆発』……いきなり本番だったけど、案外うまくいくものだね」


 デボラはニコッと笑った。

 彼女の本来の『爆発』は、威力や規模をコントロールすることはできない。


 その感情の激しさによって、それは自然と変わって行くのだ。

 しかし、今回デボラは意図的に規模や威力を制限した。


 彼女もまた、今回の冒険を経て成長をしているのである。

 それは、エリクという初めての味方を得られたという精神的な余裕ができたことも大きいだろう。


「まだだ……っ!!」


 ブレヒトは血を吐きながらも、その意識を保っていた。

 デボラは『爆発』の威力を抑えたため、彼の命を刈り取るまではいかなかった。


 それでも、甚大なダメージをブレヒトに与えたのだが、彼はその強靭な精神力で意識を保っていた。

 あの爆発で、エリクも吹き飛ばされているだろう。


 いや、ブレヒトよりも明らかに重傷であった彼の方が、命の危険は高いに違いない。

 今のうちに、この爆発を利用して逃げよう。


 依頼なんて知ったことか。まずは、自身の命を最優先だ。


「なっ……!?」


 しかし、そんなブレヒトの考えは、煙の中から現れたエリクによって根底から覆される。

 彼も爆発のダメージを受けたのだろう、毒のせいではない出血をしている。


 その痛みや苦しみは、想像もできないほど強烈なものだろう。

 だが、それでもエリクは前に進み、その顔には笑みを浮かべていたのだ。


「あ、ありえねえ……!!」


 何が利他慈善の勇者だ。

 何が偽善者だ。


 この男は……エリクは、たとえ自分がどれほど傷つこうが敵の命を奪い取ることに至上の喜びを感じる狂戦士だ。

 こんな男を、勇者と呼んでいいのか?


「こ、この狂戦士がぁ……っ!!」


 憎々しげに呟かれる呪詛。

 エリクはそれに応えることなく、剣を振るった。


 爆発の衝撃で体勢を崩していたブレヒトは、再び腕を盾にすることもできず、その首を斬りおとされたのであった。



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その聖剣、選ばれし筋力で ~選ばれてないけど聖剣抜いちゃいました。精霊さん? 知らんがな~


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