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第二十五話 狙撃

 










「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」


 耳を塞ぎたくなるような悲鳴が響き渡った。

 それは、エリクに斬られたブレヒトの断末魔の叫び……ではなかった。


 いや、確かに悲鳴を上げているのはブレヒトである。

 血を流し、目を充血させているのも彼である。


 しかし、ブレヒトは生命維持に必要不可欠な首や心臓を斬られたわけではなかった。

 彼が傷つけられたのは、腕。


 体勢を崩されながらも、とっさに腕を盾にして致命傷を避けたのだ。

 それは、ブレヒトの実力……というよりかは、本能的なものだった。


 怖いものに、とっさに腕を盾にする。それを行ったに過ぎない。

 ゆえに、腕を斬りおとされてしまったブレヒトは、失う覚悟など微塵もしていなかったものだから、その激痛と喪失感に絶叫したのであった。


「お、俺の腕を……テメェェェェェェェェェッ!!」

「腕一本だけですか……未熟な自分を反省しなければ」


 唾を撒き散らしながら怒鳴りつけてくるブレヒトの剣幕は凄まじい。

 少し離れた場所にいるミリヤムですらも、身体を固くさせるほどだ。


 しかし、それを受けているエリクは、心地よくは感じても恐怖に身をすくませるなんてことはありえなかった。

 とはいえ、彼も腕一本を意図的に切り落としたのではなかった。


 エリクは、いじめられたい願望はあっても、いじめる願望は微塵もない。

 さっさと首を斬りおとして決着をつけようと考えていたのだが……。


 やはり、そうそう上手くいくことではなかったようだ。


「しかし、片腕を失ったことは大きいでしょう。降伏しなさい。そうすれば、命までは奪いませんよ」

「う、上からものを言いやがって……っ!!」


 剣を突きつけてくるエリクを睨みつける。

 こんなすかした男に……偽善者に敗北を認めるということが、とてもじゃないが許容できなかった。


「降伏だと!?するわけがねえだろうがっ!!殺してやる……絶対に殺してやる!俺が受けた苦痛を、何十倍にして返してやる!!」

「ほほう」


 エリク、頬を緩める。

 その不敵な笑みを見て、彼が狂戦士だと思うのかドMだと思うのか……。


 残念ながら、真実を知る者は誰もいない。


「そうは言うが、貴様にそれはできないだろう」


 エリクの隣にアルフレッドが立つ。

 彼は襲い掛かってきた山賊を全て倒し、エリクの元に駆けつけたのであった。


 辺りを見回すと、護衛の騎士たちは誰一人欠けることなく、山賊たちを無力化していっていた。

 他の騎士たちが完全に制圧するのも、時間の問題だろう。


「私はエリク殿のように優しくはない。今一度言う、降伏せよ。これに従わないのであれば、私は容赦なく貴様を切り捨てる」


 ギラリと血に濡れた剣を構えるアルフレッド。

 その溢れ出す殺気は、ブレヒトに勝るとも劣らない。


 今、片腕を失っているブレヒトなら、アルフレッドには到底かなわないだろう。

 エリクは、隣でその敵意と殺意を向けられたいなぁとか考えていた。


「ぐっ……!く、くっ、くくっ……」


 最初は汗を浮かび上がらせて顔を歪ませていたブレヒト。

 しかし、その表情は次第に愉悦へと変わっていく。


「くはははははははははははははっ!!」


 そして、ついにあからさまな大笑いへと変わった。

 力を入れて笑ったためか、傷口から血が溢れ出す。


 とくに、エリクの技術は優れているというわけでもなかったため、綺麗な断面でないからなおさらである。

 狂ったように笑うブレヒトを見て、アルフレッドは怪訝そうに顔を歪める。


「何を笑っている?追い詰められて、笑うことしかできなくなったか?」

「あぁ?俺がそんな雑魚みたいなことをするわけねえだろ。お前、笑うときはどういう気分だ?楽しい時、面白い時に決まっているだろうが」

「なにを……?」


 アルフレッドはまったく理解できず、眉をひそめる。

 その時、エリクはブレヒトの笑いを見て胸を騒がせていた。


 そう、これは……何か良い予感がする!


「皆俺がこの手で殺してやりたかったが……こうなっちまったら仕方ねえわな」


 ブレヒトはそう言うと、無造作に手を上げた。

 降伏か?いや、先ほどまでの彼の言動を見ている限り、それはありえない。


 ならば……。

 アルフレッドは気配を探る。


 すると、少し離れた木の上に、一つの小さな気配が現れた。


「ま、まさか……っ!!」


 バッと視線を向けると、木の枝の上にいながら弓を構える山賊がいた。

 乱戦のうちに……いや、もしかしたら最初からそこに潜んでいたのかもしれない。


 眼下で戦いが起こり、仲間が死んでいったのを見ながらも、気配を悟らせぬようにひたすらに隠遁に尽くした男。

 ブレヒトの手を上げたことを合図にして、今まさに矢を放たんとしていた。


 ギリギリと引き絞り、一撃で生命を奪えるような威力を与える。

 その照準には、彼らの暗殺対象であるデボラがいるのであった。


「くそぉっ!!」


 アルフレッドは木の上にいる山賊に向かって走り出す。

 重たい鎧を着ているのにもかかわらず、その走る速度は目を見張るほど速い。


 流石は、鍛え上げられた騎士だと言えるだろう。

 しかし、気づくのはあまりにも遅すぎた。


 山賊は後数秒で指を離せば矢を放つことができるのに対して、アルフレッドが彼の元にたどり着くまで約十秒、それから妨害もしくは無力化をするとなるとまた何秒が必要となる。

 どう考えても、間に合わなかった。


「(しかし、それでも……っ!!)」


 アルフレッドはあきらめない。

 以前までの彼ならどうだっただろうか?


 騎士らしい彼は、もちろんデボラを守るために力を尽くすだろうが、こうまで必死になっていただろうか。

 少しの会話しかしていない。しかし、それでデボラが悪名高い『癇癪姫』のうわさ通りの王女とは違う存在であるということが分かってしまった。


 ゆえに、アルフレッドは諦めることができなかった。


「ふっ……」


 そして、諦めることをしなかったのは、エリクもである。

 彼はアルフレッドのように山賊の元に向かうのではなく、真逆。つまり、デボラの元へと走り出したのであった。


 走る際に邪魔になる剣を鞘に納め、一直線に走り出す。


「敵に背を向けたらダメだろうがよぉっ!!」


 そんなエリクの無防備な背中を嬉々として見るのがブレヒトであった。

 彼は切られた際に落としてしまった剣を拾い上げ、エリクの背中を切りつけるのであった。


「ぐっ……!!」


 苦悶の声を漏らすエリク。

 諦めて立ち向かってくるか?


 片腕を失った今、まともに戦えば勝機は薄いが、そうなればデボラを救うことはできまい。

 依頼を果たし、大切な存在を偽善者から奪えるだけで、ブレヒトにとっては十分であった。


 たとえ、自分に向かってこずに、諦めずにデボラの元に向かおうとしたところで、切られれば痛みで脚を止めてしまうのは自明である。

 そう、普通ならば間に合わないはずなのに……。


「なっ!?」


 エリクは脚を止めるどころか、走る速度を一切落とさず走り続けた。

 しかも、切りつけたブレヒトなど眼中にないように、まったく振り返ることなくデボラの元に一直線に。


「痛みに対する耐性が強すぎるのか!?どちらにしても……!」


 エリクはブレヒトを完全に無視したのである。

 それも、話しかけられたのを無視したというレベルではなく、背を切りつけてきた相手を、である。


 相手にもされないこの屈辱は、ブレヒトの顔を赤くするには十分であった。

 しかし……。


「もう遅ぇよ!!」


 ブレヒトの言葉に応えるように、矢が放たれた。

 そのすぐ後、木の下に到着したアルフレッドによって引きずり降ろされ、彼との戦闘に突入する山賊。


 しばらくすれば山賊は殺されるだろうが、ブレヒトはすでにあちらのことなど意識の外であった。

 唸りを上げてデボラに向かって行く矢。


 キョトンと目を丸くしてそれを見つめるだけのデボラ。

 そんな彼女の元に走り寄るエリク。


 そのタイミングは、まさにギリギリだ。

 彼が間に合うかどうかは、ちょうど半分半分といった確率であった。


「(だが、間に合っただけなら話にならねぇ)」


 ブレヒトはにやぁっと顔を歪める。

 デボラの元に矢がたどり着くまでに間に合ったとして、その攻撃をどうして回避するのか?


 剣で打ち落とす?

 上手くいけば、デボラもエリクも助かることができる。


 しかし、今鞘に納めている剣を抜いて振り払うとなると、その分のタイムラグが生じる。

 そして、このギリギリのタイミングでそのラグは明らかに命取りになる。


 そもそも、高速で飛来する矢を剣で打ち落とすことなど、高度な技術を要する。

 その技術を、エリクは持っているだろうか?


 今までの戦闘を経験して、ブレヒトは彼にそれだけの能力はないと考えていた。

 ならば、デボラを突き飛ばして助けるか?


 なるほど、そうすれば彼女だけは助かるかもしれない。

 だが、勢いのまま突撃して突き飛ばせば、エリクの身体は射線上に残るだろう。


 そうなれば、彼に矢が突き刺さってしまう。

 小柄なデボラを狙ったものだから、エリクにとっての致命傷になるような場所には当たらないかもしれないが……。


「(ちゃぁんと、そういうことも考えているぞぉ)」


 くくくっと笑うブレヒト。

 前提として、矢一本で人の命を奪えるなんて都合のいいことは考えていない。


 しかも、矢の射手は山賊である。

 狙撃を鍛えさせたとはいえ、その技術に全幅の信頼を寄せることはできなかった。


 ゆえに、依頼主から与えられた『あれ』を使ったのだが……。

 その前に、まずエリクがデボラの元にたどり着くことが間に合わないということも考えられる。


 さて、どうなるか。ブレヒトはどちらに転がっても笑うことができると、数瞬先の未来を期待して待っていた。


「くっ……!」


 はたして、エリクは矢が届く前にデボラの元にたどり着くことができた。

 しかし、もはや矢は目と鼻の先にまで迫ってきていた。


 今から抜刀して打ち落とすのは不可能だ。

 ならば……。


「ぐぁっ!!」

「エリクっ!!」


 エリクは利他慈善という二つ名に恥じないように、その身を盾にしてデボラを守ったのであった。

 幸いにして、デボラにとっての致命傷を狙っていたので、エリクの腹部に突き刺さったそれは彼の命を奪い取るような威力は持ち合わせていなかった。


「助かったよ、エリク。流石は僕の騎士!」

「ふっ、当然のことをしたまでです」


 グッと親指を立てるデボラに、ニコッと笑うエリク。

 矢を突き立てられるというのも、なかなかやめられない快楽である。


「ぐっ、ふ……。さて、これであなたの悪だくみも終わりですか、ブレヒト?」


 矢を抜いて地面に捨て、エリクは回復を申し出てくるミリヤムを制し、ブレヒトの前に立つ。

 致命傷ではないとはいえ激痛が襲っているだろうに、不敵に笑むその姿を見れば流石は勇者だと言えるだろう。


 ブレヒトの状況は、まさに追い詰められている。

 彼の仲間たちは、すでにほとんどが制圧されている。


 護衛の騎士たちによって斬り殺されたか、はたまた逃げ出した者たちもいた。

 まあ、山賊の仲間意識などその程度であることは、ブレヒトもよく理解していた。


 この状況を見て、ブレヒトが追い詰められていないなどと言う者は誰もいないだろう。

 しかし、そんな状況でも、彼は嗜虐的に笑ってみせた。


「ああ、終わりだな。……だが、終わるのはテメエだよ、勇者さんよぉ」

「なにを……」


 ミリヤムはそのブレヒトの顔に、何か嫌な予感を感じた。

 往生際が悪く、ただ適当を言っているだけかもしれない。


 だが、この自信は……。

 エリクを見た彼女は、自身の考えが的中していたことを思い知る。


「エリク!?」


 エリクは口から明らかに矢が原因ではない、真っ赤な血を流していたのであった。



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