第二十四話 エリクvs.ブレヒト
「勇者、ねぇ。どんなもんか、確かめてやろうじゃねえか!!」
男はそう宣言すると、エリクに斬りかかった。
その踏込は、やはり山賊などにできるようなものではなく、しっかりと訓練を受けたことのある男のものに見えた。
エリクは元素人の自分とは違うと感じながら、その攻撃を受け止める。
「ほう、攻撃を受け止めることくらいはできんだな」
「最低限のことはできます、よっ!」
エリクはじりじりと近寄ってくる剣を見て、目を輝かせる。
やはり、その力は彼を上回っていた。
「おらぁっ!!」
「ぐっ!!」
剣にばかり集中していたエリクの脇腹を襲う男の蹴り。
彼はとっさに腕を盾にすることによって、内臓や骨を痛めることはなかった。
その衝撃で、男から距離をとる。
「反応はいいじゃねえか。それなりに経験は積んでいるようだな」
「ええ、ありがたいことに」
レイ王からの過酷な命令をこなしてきたエリクは、ろくに戦闘訓練を受けていないのにそれなりに戦うことができた。
そのことに、男は不敵な笑みを浮かべる。
「いいぜ、お前になら、冥途の土産に名前を教えてやるよ。俺はブレヒト・シュペーア、今はしがない山賊どもの長をやっている」
「あ、どうも。エリクと申します」
反射的に自己紹介をしたのだが、エリクは不思議そうに首を傾げる。
山賊をしているのに、家名持ちだということにだ。
それなりの地位がなければ認められないはずなのに、どうして山賊が家名を……?
「不可解か?俺が家名を持っていることが」
「ええ、まあ」
「なに、簡単な話だ」
ブレヒトはそう言うと、強く地面を蹴りだした。
その速度は先ほどよりもはるかに速く、エリクは目を見開く。
上から身体を真っ二つにしようとする斬撃を、剣を構えて受け止める。
「ぐっ……!?こ、これは……!」
力の強さも、先ほどまでとは段違いだ。
エリクは内心歓喜する。
「ぐぁっ!!」
ギリギリと押し込まれていき、ついにはブレヒトの剣がエリクの肩に食い込んだ。
せっかくミリヤムの回復魔法によって治癒していた傷が、新たに増えてしまった。
「俺も山賊の長なんぞになる前は、ちゃんとした家の子だったんだぜ?まあ、今は見る影もないだろうがな」
くくっと笑うブレヒト。
笑いながらも、エリクの命を刈り取ろうとする意思はまったく変わらず、剣に込められる力は微塵も弱くなっていなかった。
「おらっ!だから、剣ばっかりに集中していたらダメだろうがよぉっ!!」
「げふっ!?」
ブレヒトの振り上げたつま先が、エリクの腹部にめり込んだ。
彼は不様に地面に突っ伏してしまう。気持ちいい。
「ひゃっほー!死ねぇぇっ!!」
それをチャンスと見た山賊の一人が、エリクに斬りかかる。
ブレヒトはそれを咎めることなく、観察するように見ていた。
山賊の剣がエリクに届く瞬間、彼は飛び跳ねるように勢いよく起き上がり、鋭い剣先で山賊の胸を貫いたのであった。
「げほっ!?」
「ふっ!」
そして、剣を抜き取ると、ボタボタと大量の血がこぼれて山賊は地面に倒れ伏した。
「ほー……やっぱり、クソ雑魚っていうわけでもねえんだな。クソ強ぇってわけでもねぇけど。それに、人の命を奪うことにもそれほど抵抗はねえ、と。何だか矛盾しているよなぁ」
「何がですか?」
エリクは腹部を抑えながら立ち上がる。
この鈍い痛み……悪くない。
「お前、利他慈善の勇者、なんて御大層な呼び名があるんだろう?他者をいつくしむ勇者様が、人殺しなんてしていいのかよ?」
ブレヒトはそう言いながら切りかかる。
上から、横から、下から。
縦横無尽に暴れまわる剣に、エリクも何とかついていく。
「私が自ら呼び始めたわけではありませんから、ねっ。それに、私だって救う相手は選びますよっ」
エリクだって、誰でも彼でも救うというわけではない。
悪人を救うために苦痛を味わうのも悪くはないのだろうが、どうせ救うのだったら善人の方がいい。
彼の力では、善人も悪人も両方を救うことはできないのだから。
「そうかよ。でも、俺はお前が気にくわねえな」
ガキッと剣同士がぶつかり合って、嫌な音を立てる。
再び鍔迫り合いになり、やはり力と体格に勝るブレヒトが押し始める。
「テメエはそう言いながら、世間一般から悪人と言われる奴らも救っているらしいじゃねえか。聞いたぜ」
「くっ……!」
負けじと力を込めるので、エリクは答えることができない。
まあ、とくに善人悪人とか見極めずに快楽を求めるため突っ走るので、答えを持っていないのが真実なのであるが。
「俺は、そういう偽善者が大っ嫌いなんだよ!!」
ブレヒトはそう言うと、ふっと剣に込める力を緩めた。
すると、エリクは負けじと力を入れていたので、まるでつんのめるようになってしまう。
そして、がら空きになってしまった身体を、ブレヒトは切りつけるのであった。
「エリクっ!!」
他のも様々な戦闘が繰り広げられているのだが、エリクだけを見ていたミリヤムは彼が切りつけられた場面も見てしまい、悲鳴を上げる。
血が噴き出すが、ブレヒトは何故か少し不満げだった。
「出血は派手だが、そんなに深くねえな。とっさに下がったか」
「ふっ……」
傷口に手を当てながら、薄く微笑むエリク。この痛み、なかなかのものだ。
ブレヒトの分析通り、彼はとっさに後ろに飛び退いて深く斬られることを避けたのであった。
しかし、オーガとの戦闘で体力を失ったこともあり、完全に避けきることはできなかった。
まあ、避けられたとしても避けなかっただろうが。
「偽善者が嫌い、ですか……」
「ああ。俺は他人のために頑張っています……なんて態度をひけらかしている奴らが大嫌いだ。所詮は、自分のことが可愛くて大切で……自分のために行動しているくせに、それを認めようとしない。それだけならまだしも、そいつらは概して他者にも偽善をするよう強いてくる。それが、嫌いで嫌いでたまらないんだ!」
ブレヒトはそう言って強く地面を蹴りつける。
そんな説教をしている相手が、偽善者どころかドM野郎だということにも気づかずに。
「何で俺が強ぇのか、疑問に思わなかったか?」
「ええ、まあ……」
確かに、ブレヒトの実力は他の山賊たちよりも一つ頭が飛びぬけているように感じた。
山賊ということもあって荒事には慣れているのだろうが、他の山賊メンバー全員よりも圧倒的に強いというのは、少し引っ掛かるところがあった。
「俺はな、元ヴィレムセ王国の騎士団に所属していたんだよ」
「なっ……!?」
戦闘をしながら話を聞いていたアルフレッドが目を見開く。
騎士が、山賊風情に身を落とした……?
清廉潔白の騎士がそんなことをするとはとても信じられなかったが、もし真実ならばブレヒトの実力の高さが理解できる。
他の山賊たちと違って、彼はちゃんとした軍事訓練を受けていたのだ。
だからこそ、他の山賊よりも際立った実力を見せていたのだった。
「どうして、騎士団を抜けて山賊になったのですか?」
「さっきも言っただろ?俺は偽善者が大嫌いなんだ。それなのに、騎士ってのは偽善の塊だ。自分が死んでも王族を守り、国民を守り、騎士道精神を守り!うんざりだ。俺は、暴力が振るえると思って騎士団に入ったのによぉっ!!」
「(いや、普通騎士団というのはそういうものでしょう。寒村生まれの私でも分かりますが)」
しかし、口には出さない。
どうせ言うのであれば、気分良さげな今ではなく、もっと悪くなってからである。
痛めつけてもらえるし。
エリクの不純な考えに気づかず、ブレヒトの話は佳境に入る。
「俺がそんな考えってことがばれたんだろうな。上司がそれに突っかかってきてよぉ……我慢できずに殺しちまったよ。だから、俺は騎士団を抜けたんだ」
「貴様……!仲間を殺したのか……!?」
「仲間?最初からそんなつながり感じてねえよ、バーカ」
憤るアルフレッドを嘲笑するブレヒト。
こういういかにもな騎士がムカつくのだ。
依頼された殺害対象はデボラだけだが、どうせならあの騎士と利他慈善の勇者も殺してしまおう。
偽善者と同じ空気を吸うのも腹立たしい。
「自分のしたいように何かをして、生きる!それが、人間らしい生き方だろうがよぉっ!!わざと自分を偽って生きて、何が楽しい?くだらねえ騎士道精神なんてクソ喰らえだ!そして、それを大切にしている騎士団も、勇者もなぁっ!!」
「そうですか……」
自分の言いたいことを言って満足そうに笑うブレヒト。
そんな彼に、エリクは微笑みかける。
「まあ、それはあなたの意見です。私はこれからもずっと、この身体を張り続けますよ」
快楽のために。
「あ?」
ピクリと頬を引きつらせるブレヒト。
「テメエ、俺の考えを聞いても何も気持ちは変わらねえのか?テメエも俺の攻撃を受けられることを見れば、そこそこの力はある。それを欲望のままに使えば、そこそこ良い生活は送れるんだぞ?」
「ええ。それでも、です」
ブレヒトの言葉を、穏やかに、しかし明確に否定するエリク。
虐げる快楽よりも、虐げられる快楽を得たいのだ。
「ここまで来られたのも、私一人の力ではないのです。私と共に困難な旅を続けてくれるミリヤム、私を慕ってくれる国民、試練を与えてくださる王族。それらすべてに、私は感謝しているのです」
「エリク……」
ミリヤムは感動したように目を潤ませる。
その横で、デボラは目を大きく見開いていた。
そして、その目にはキラキラとした輝きがあった。
悪の誘いをはっきりと断るその姿、まるで城の中で見ていた……。
「物語の主人公みたいだ……」
いいえ、ただのドMです。
しかし、そんなことを知りはしないミリヤムやデボラは目を輝かせているし、戦いながら話を聞いていたアルフレッドたち護衛の騎士も、エリクの言葉に深く感心していた。
言っていることは、とても立派な正道の人間だからである。
「はっ、そうかよ」
エリクの宣言を受けて、ブレヒトは不快そうに顔を歪めた。
「その話を聞いて、なおさらテメエを殺したくなったぜ!!」
ブレヒトはそう吼えると、猛然とエリクに斬りかかった。
上段から振り下ろされる、強烈な一撃。
エリクが剣を構えて受け止めると、ガキィッと凄い音が鳴る。
やはり、力に関しては明らかにブレヒトに分があり、また次第にエリクの剣が押され始める。
「おらおら、どうしたよ!?あんなに偉そうなことを言っておいて、何も変わってねえじゃねえかよぉっ!!」
ブレヒトはエリクを嘲笑する。
見ろ、偽善者なんて所詮この程度だ。
また、先ほどまでのことと繰り返しだ。
剣で押し続けて、その身体をゆっくりと嬲るように傷つけてやってもいい。
剣から力を抜いて、体勢を崩したエリクに拳や蹴りを叩き込んでやってもいい。
近接戦闘において、ブレヒトはエリクを圧倒していた。
それは、主観だけでなく客観的に見てもその通りで、実際にミリヤムは心底心配した様子でエリクを見ていた。
それが、ブレヒトの油断であった。
「なっ!?」
ブレヒトの体勢が崩された。
それは、ギャリギャリと音を立てて、ぶつかり合っていた剣が滑ったからである。
エリクは、剣を受け流しのだ。
刀身を滑らすようにして、ブレヒトの剣をずらした。
それは、素人にはできないような技術だ。
先ほどまでの戦闘で、エリクがそんなことをできるはずもないと思い込んで油断していたブレヒトは、あっけなく体勢を崩されてしまった。
「ちっ!!」
しかし、ブレヒトもただではやられない。
エリクの技術も拙かったということもあり、彼は何とかエリクの腕を切りつけることに成功した。
ビッと血が溢れ出す。
出血と痛みを伴えば、大抵の人の動きはのろくなる。
鍛えられた騎士や戦士でも、致命的なほどの硬直はしないだろうが、それでも一瞬の硬直は避けられない。
「(その一瞬があれば、逃げるには十分だ!)」
攻撃を加えることはできないが、しかし逃げることはできる。
ブレヒトはニヤリと笑っていたのだが……その顔を、驚愕のものへと変える。
エリクは硬直するどころか、むしろ笑みを浮かべて接近してきたのだ。
「て、テメエ……ッ!!」
傷や痛みを負っても、嬉々として戦うその姿。
ブレヒトには、そういう人種に心当たりがあった。
――――――狂戦士。戦うことこそ至上の喜びであり、その戦いの末に死ぬことを恐れない、頭のねじが何本もぶっ飛んだ連中。
「な、何が利他慈善の勇者だ、テメェ……ッ!!だ、だましやがったな……ッ!?」
そんな生易しい二つ名など、つけられるべきではない。
苦痛を味わっても、なお前に進んで笑いながら敵を殺そうとする強烈な執念。
それは、他人のために身を投げだす優しいイメージとは、到底かけ離れたものであった。
なお、ただのドMである。
「ふっ!」
エリクの剣が、ブレヒトを切り裂くのであった。