第二十二話 騎士アルフレッドとセンサー的中
「(これが、利他慈善の勇者か)」
デボラの護衛騎士として派遣されたアルフレッドは、人当たりの良い青年を改めて見る。
体つきや姿勢などを見ても、やはり鍛えられた騎士や戦士には到底見えない。
戦闘能力も、それほど高くないのだろう。
しかし、それでもアルフレッドは、崩落する地面と共に落ちていくデボラのために、その身を投げだしていった姿が目に焼き付いている。
あの時、アルフレッドも身を投げだせばおそらくデボラに届いていただろう。
少し離れていた場所から走ったためエリクよりは後れをとっていたが、その気であれば間に合った。
「(だが、私は……)」
アルフレッドは躊躇した。
家族もいる彼は……いや、王族の護衛という重要な任務についているのに、家族を言い訳にすることはできない。
さらに、もし落ちていくのが騎士や国民に対しても優しいオラースならどうだっただろうか?
おそらく、アルフレッドは飛びこんでいたに違いない。
しかし、落下していったのはデボラだ。
『癇癪姫』として悪名高く、強力なスキルである爆発をコントロールしようともせず、己の感情のままに振り回すわがまま王女。
そんな王女のために、死ねるのか?
その考えが、アルフレッドの脚を一瞬止めてしまった。
その一瞬で、もはや彼にデボラを救う手段は失われたのである。
「(だが、エリク殿は違った)」
アルフレッドは、改めてエリクを見る。
彼は何の躊躇もなく、危険な崩落の場所に飛び込んで行った。
自分の命を省みることはせず、ただデボラを救うためだけに飛び込んだのだ。
彼も理不尽な仕打ちを受けているに違いない。
レイ王から過酷な任務を押し付けられていることは、王都のいる者なら誰でも知っていることだし、デボラと引き合わされた日に爆発音が城内に響き渡ったことも専ら噂だ。
嫌っていても不思議ではない。
恨んでいてもおかしくはない。
それなのに、エリクはデボラを救うためにその身を投げだしたのだ。
「(デボラ王女殿下も、雰囲気が柔らかくなられた気がする)」
エリクと楽しげに話しているデボラ。
彼女は、今までの何をしでかすか、いつ感情を爆発させるかわからないという雰囲気ではなく、年相応の子供らしい雰囲気を醸し出していた。
「(これを見ると、『癇癪姫』を作り出したのは我々なのかもしれないな)」
王女だから理由を直接言うこともできず、ただ怖がって近寄らない。
そんなことをされれば、嫌われ孤立していると考え込み、子供はとても傷ついてしまうだろう。
もしかしたら、デボラもそうだったのかもしれない。
嫌われて、避けられて、無視されるから、彼女は『爆発』という引き付けられやすい派手なことをしていたのかもしれない。
所詮は憶測だ。しかし、アルフレッドは自責の念を抱いていた。
アルフレッドは少し前、エリクに問いかけた。
『どうして、あなたはデボラ王女の……王族のためにそこまですることができるのか』
そう問いかけると、エリクは一瞬虚を突かれたような表情を浮かべ、デボラを見て優しく微笑んだ。
『どのように言われようと、王女はまだ子供なんです。子供を見守り、時に身体を張って守るのが、大人というものでしょう?』
それを聞いて、アルフレッドはハッとした。
その時、恥ずかしながら初めてデボラが子供だということを思い出したのだ。
爆発という得体の知れない強烈なスキルを使う王女ではなく、冒険譚が好きなただの子供。
アルフレッドは、デボラのことをそう認識することができた。
「(当たり前のことだが、殿下のことをそう思うことができるのは、いったいこの国に何人いることか。……エリク殿は、私よりも若いというのに、私よりもよっぽど大人だ)」
そんな彼だからこそ、デボラも懐いているのだろう。
あんなにも楽しそうにしている王女を見るのは、アルフレッドはおろかほとんどの人が初めてだろう。
デボラは、まるで親友を得たかのように楽しそうだ。
「(彼ならば、忠節の騎士にふさわしいだろう。国王陛下は分からないが、王子殿下は間違いなくお喜びになるだろう)」
エリクは、正直どこの馬の骨とも知れない男だ。
騎士の中には、何故出所もわからない男が、騎士の憧れである忠節の騎士になれたのかと不満を漏らす者もいるだろう。
しかし、実際に彼がその身を投げだしてデボラを守ろうとした姿を知るアルフレッドや他の騎士たちは、エリクを不審に思うことはなくなった。
「(私も、エリク殿のように滅私奉公しなければ……!)」
アルフレッドは今一度、自身の騎士道精神を強くするのであった。
◆
「しかし、王女殿下も逞しくなられましたな。国王陛下も、此度の活躍を聞けばお喜びになるでしょう」
「本当!?パパも、僕の冒険を許してくれるかな?そうなったら、またエリクと一緒に冒険するよ」
にこやかに会話をするデボラ王女と護衛の騎士のリーダーであるアルフレッドさん。
すでに、彼女の頭の中では私を酷使することが確定している模様、素晴らしいです。
私たちは現在王都に向かう道を歩いていました。
まだダンジョンの近くということもあって、人の姿は見当たりません。
それにしても……と私は楽しそうに武勇伝を話しているデボラ王女の背中を見ます。
彼女は感情が昂ぶれば爆発を起こすので、『癇癪姫』として国民からは恐れられて避けられています。
それに寂しさを覚えても、とくに直そうとしないデボラ王女もなかなかすごいですが……。
しかし、アルフレッドさんと話しているのを見ると、やはり王国民全体から彼女が嫌われていると考えるのは間違いだったようですね。
彼も良いイメージは持っていなかったのでしょうが、今の子供らしい振る舞いをしているデボラ王女を親のような優しいまなざしで見つめています。
いずれは、全ての国民からあのような目を向けられる人になってほしいですねぇ……。
……しかし、そうなれば私を痛めつけるような暴君にならないのでは?
それはいけませんねぇ。やはり、デボラ王女にはわがままでいてもらわなければ……。
国民に好かれるような……オラース王子のようなまともな人間には育ってほしくないものです。
「……厭らしい目」
「はい?」
じとーっとした目で私を見るミリヤム。
厭らしい目?私がデボラ王女に?
「まさか。将来を期待しているだけですよ」
そう、私のドMを満足させられるだけの王族に育つことを。
「……エリクはこの国の王族に期待しているの?故郷を人質にとられて、あんなに酷いことをさせられているのに……! それに、故郷のあんな奴らなんか……」
ミリヤムはデボラ王女を睨みつけて、怒気をにじませます。
デボラ王女というよりも、彼女を通してレイ王を見ているようですね。
ミリヤムはとても優しい子です。
私の性癖を知らない彼女は、私のことを心配してくれているのでしょう。
「いいんですよ。私が頑張ることで、故郷が少しでも楽になるのであれば、それは素晴らしいことなんです」
そして、私も気持ち良くなれる。
なんとよくできたシステムなのでしょうか。
「ただ、ミリヤムを危険なことに巻き込んでしまっているのは、本当に申し訳なく思っています」
これは、本音です。
ミリヤムは私と違ってMではありませんから、苦行は苦行でしかないでしょう。
それに付きあわせてしまっているので、申し訳なさは覚えています。
しかし、彼女の回復魔法は私には必須で……。
「そ、そんなことない!エリクが頑張っているなら、私も頑張る!」
「……そう言っていただけると、私も助かります」
思わず顔がほころびます。
ありがとう……これからも私に苦痛を与えてくださいね……。
「でも、王族に肩入れするのは好きじゃない」
私の顔を見て共に笑顔になっていたミリヤムの顔は、一瞬で冷たいものへと変わる。
「どうして忠節の騎士なんかになったの?」
もっと痛めつけていただくためです。
しかし、そんなことを言えば、ミリヤムは私から遠ざかってしまうことでしょう。
私の性癖は、決して他人にばれるわけにはいかないのです。
「それは……」
とにかく、何かを言わねばと口を開こうとした時でした。
「何者だ、貴様ら!!」
鋭い怒声が響き渡りました。
おぉ……是非私を怒鳴っていただきたいほどの声量……。
次は私を……と思ってその方角を見れば、デボラ王女を庇うように立つ騎士たちと、彼らと正対する粗野そうな男たちが立っていました。
おぉ……私のセンサー的中。素晴らしいことになりましたねぇ……。