第二話 民たちからの反応
リザードマンの襲撃後、王都に向かって歩き出した私とミリヤムでしたが、その後は魔物に襲われることもなく無事王都にたどり着くことができました。
そして、王城に行くために王都を突っ切るように歩いているのですが……。
「うーん……相変わらず活気がないですねぇ……」
私は思わずそのような感想を呟いてしまいました。
王国の中で最も大きな都市である王都ですから、もちろん色々な出店などが並んでいる市場もあって、そこを行き交う人々も多くいるのですが……。
どうにも、皆さん元気がありません。
疲れているような、陰鬱とした雰囲気が辺りを満たしています。
「当然だと思う。あんな王様だと、元気が出ない」
「こらこら、ミリヤム。誰が聞いているかわからないのですから、あまり言うものではありませんよ」
無表情ながらぶすっとした雰囲気でミリヤムが言うので、私は軽く口止めします。
このことが王様にばれて私が責められるのもやぶさかではないので、固く止めることはしませんが。
しかし、ミリヤムは相変わらず王様、および王族に対して良い感情を持っていないようですねぇ。
まあ、私のような性癖を持っていなければ、かの王の治世は暮らしやすいものとは言えないでしょうし、仕方ないですね。
実際、ミリヤムのように思っている国民も多いでしょうし。
「あっ、勇者様だ!!」
元気のない市場を歩いていると、誰かが私たちを指さしながらそう叫びました。
おや、見つかってしまいましたか。
まあ、何の変装もしていないのですから、見つかるのも当たり前なんですが。
「おぉ、利他慈善の勇者様だ……!」
「元気にしていたか、利他慈善の勇者様よぉっ!」
私とミリヤムの元に、わらわらと多くの人が集まってきます。
人によっては、私たちに向かって手を合わせて拝む人まで……。
というか、相変わらず凄い二つ名ですね。
本当の私には、とてもじゃないが合うものではありません。
性欲過多の勇者……M属性の勇者……これらの方がしっくりきます。
「……この崇められるのは、何度来ても慣れませんね」
「王族があんなので、エリクが色んな人に優しいから当然。もっと褒められてもいいくらい」
「そうですかねぇ……」
嫌悪や怒りなどの負の感情が多分に込められた視線に針のむしろ状態にされるのは大歓迎なんですが、このように好感情を向けられるのはどうにも……。
優しいと言われましても、私の性的欲求を満たすための行為でしたし……。
しかし、ミリヤムはどこか誇らしげです。
自分……というよりは私に向けられている視線が嬉しいようです。
本当に、優しい子です。
……王族に対する敵対心は凄まじいものがありますね、やっぱり。
「勇者様!」
「おや、君は……」
私たちを囲む人々の間から、小さな身体を一所懸命ひねって私の前へと出てくる少女がいました。
少女……というよりももっと幼い子供ですね。
私の顔を見上げて、嬉しそうに笑ってくれます。
初対面だったら少々面を食らいますが、彼女の顔は見覚えがありました。
……ああ、あの時の……。母親の病気を治すために私に助力を求めてきた、親孝行な娘さんですね。
「お母さんの病気は大丈夫ですか?」
「うん!勇者様がくれたお薬を上げたら、どんどん良くなってきたよ!もっと元気になったら、お礼がしたいって!」
そう、薬。あれを取りに行くときも、なかなかいい体験ができましたねぇ。
必要とあらば、もう一度採ってきますとも。
この子も喜び、私も悦ぶ。いいですねぇ。
「おぉ、そうですか、それはよかった。しかし、お礼なんていいんですよ。あなたたちがもっと元気で幸せになってください。そのためなら、私は助力を惜しみませんから。こき使ってください」
「ありがとう、勇者様!」
私がそう言うと、ヒマワリのような爛漫とした笑顔を見せてくれました。
陰鬱な空気が流れていた場所とは思えないほどの、清涼な何かが駆け抜けます。
ふっ……これで、この子が困ったときはもう一度私に頼ってくるはず。
それ即ち、私の悦び!
「エリク。優しいのは良いけど、あんまり危ないことはしないで」
「ええ、もちろん。ミリヤムを危険な目になんて合わせませんとも」
こそこそと背伸びをして私に耳打ちをしてくるミリヤム。
ええ、大丈夫です。
己の性癖に他者を巻き込むのは、少々気が引けますからねぇ。
……しかし、どうしてもというときは付き合っていただきたい!
「……嬉しいけど違う。自分の身を、もっと大切にして。あの薬草を取りに行くのだって、凄く……」
確か、薬草が非常に険しい岩山に自生していたんですよね。
ロッククライミングをしているとき、怪鳥に襲われまして……。
ええ、身体を生きたままついばまれるというのは、なかなか得難い快感でした。
もちろん、ミリヤムにそんな怪我を負わせられないので、私一人で岩肌を上っていましたよ?
「いいんですよ、ミリヤム。これは、私がしたいことなんですから」
「…………」
私がそう言うと、ミリヤムはむっつりと黙り込んでしまいました。
本当に、私がしたいことですからねぇ。
私が苦笑しながら彼女を見ていると、女の子が私の袖を注意を引くように引っ張ってきました。
おやおや、なんですか?
「あのね、勇者様!私ね、大きくなったら勇者様のお嫁さんになりたい!」
「…………っ!!」
ミリヤムは何故か私の手を強く握ります。
おっと、逆プロポーズですか?
私も捨てたものではありませんね。
しかし、私が歩むMの道は、他者から理解されない孤高にして険しい道。
このように無垢な少女を引きずり込んで巻き込むわけにはいかないのです。
とはいえ、嬉しいことはまた事実。
「おやおや……。それは嬉しいですねぇ……。なら、これから無病息災でいてくださいね」
「うん、わかった!むびょーそくさいでいる!」
ふふふ、意味を分かっていないようですね。
しかし、それでいいのです。
病気もなく怪我もなく、健やかにこの子が育てば、この子に見合う男性と一緒になれるでしょう。
そして、その時には私ももっと快楽を得ていたら嬉しいです。
「道を開けろぉっ!!」
少女の言葉に温かい空気が流れるこの場所に、何とも騒々しい怒鳴り声が聞こえてきました。