最終話 不死の勇者は理不尽を謳歌する
そこは、まさしく裁判所のような場所であった。
ただし、現実のそれとは違って、検察官もいなければ弁護人も存在しない。
証人喚問もなければ、傍聴する者もいない。
ここにいるのは、死人となった魂と、それに判決を下す人よりも何倍も大きな身体をした大男であった。
そんな大男の前に現れたのは、でっぷりと腹を太らせたいかにも意地汚さそうな男であった。
大男は手元に現れた紙を黙読する。
その紙には、男の顔と生前の為した善行と悪行がびっしりと書き連ねられていた。
「お前は……貴族という地位を利用しながら好き勝手をし、領民を虐待し続けた。地獄だ」
「じ、地獄!? ヘーグステット家の当主たるこのビリエルが……!!」
抵抗する男であったが、鬼に引きずられて地獄の門をくぐった。
本来であれば彼しか開くことのできない門……少し前は既知の人間から使徒という存在になった男が使ったこともあったが、今はどうやら落とすような対象もいないようで彼以外使っていなかった。
次にやってきたのは、大柄な老人であった。
そんな彼の紙も見て……。
「お前も私利私欲のために他人を利用して人を害していた。地獄」
「わ、ワシは老人じゃぞ!? 労われ! エレオノーラを吹っかけるぞ!!」
何だかわけのわからないことを喚きつつ、鬼に引きずられていった。
次にやってきたのは、恰幅が良く髭の生えた厳つい男であった。
彼の紙を見て……。
「お前も地獄」
「俺に関しては理由も言わないのか!? いくらアマゾネスにあっけなく殺されたからと言って酷いだろ!!」
理由すら言わずに地獄行きへ。
ギャアギャア言っていた男も、鬼に引きずられていった。
次にやってきたのは、先ほどのように歳をとった者ではなく、まだ若いと言える年齢の男であった。
「お前も地獄な。天国に行かせた父が泣いていたぞ」
「だって……僕貴族だったし」
ブツブツと言いながら歩いていく青少年。
先ほどからよくやってくるが、ヴィレムセ王国の貴族というものは皆あんな悪人揃いなのだろうか?
ここに来る貴族の連中は、ほとんど地獄行きになっていた。
現世のことが心配になってしまう。
次にやってきたのは女であったが、こいつもまた癖のある女であった。
「お前も地獄な。宗教はいいけど、度が過ぎたらダメだぞ」
「ああ、天使様。これも私に与えてくださった試練なのですね! 必ずや地獄の責め苦を耐え抜き、あなた様の元へ這い上がって見せます!」
「……死んでも治らん馬鹿ってこいつのことだな」
嬉々として地獄の門に向かう天使教徒の女。
大男は、やはりカルトは理解できないと天を見上げるのであった。
「はぁ……なんだか、最近は色物がやってきて面倒だなぁ……」
ここで休憩である。
大男は部下に入れてもらったお茶を飲んで、深いため息を吐く。
これが仕事なのだから仕方ないのだが、どうにも最近は面倒くさい悪人だらけで気が滅入ってしまう。
どうせなら、善人を天国に送る方が気分も良いというものだ。
だからと言って、悪人を天国に送るような生易しいことはしないが。
「次の者を呼んでも?」
「ああ、頼む。どれ……」
休憩は終わりのようだ。
部下の言葉に頷き、手元に現れた紙を見る。
その間に裁決を受ける男が入ってきたようだった。
またヴィレムセ王国にいた死人だと知って頭が痛くなりそうだったが、あることに気づいて大男は目を丸くした。
なぜなら、今まではびっしりと悪行欄に文が書かれていたのに対し、この男はそれがまったくなかったからである。
代わりに書き連ねられていたのは、善行欄であった。
「ほほう。お前は善人だったようだな。……ちょっと度が過ぎている善意の強さだが、まあそれで人を救っているのだから、文句を言うはずもない」
自身を犠牲にしてまで他人を助けるということは、やはり改善した方がいいことではあると思うのだが、しかしそれが悪行になんてなるはずがない。
気が良くなった大男は、今まで以上にしっかりと紙を見た。
「王族を庇って危険なしんがりを勤め上げた忠誠心、羅刹に落ちかけていた加虐性の者をその身を以て受け止める献身性、理不尽に殺し合いの闘技場に放り込まれてズタズタにされても他人を許す寛容性、魔族に肝を抜かれても微笑む忍耐力、歪な治癒能力を持つ者に対する慈愛……うむ、どれも文句なしだな。どれか一つでもあれば、歴史に名を残すであろう逸材だ」
うんうんと頷く大男。
久しぶりにこんな聖人のような善人が現れて、大変気分が良くなっていた。
最後の欄に書かれてある志望理由を見て、眉を顰めた。
「最期は……子供を守って戦って死んだか。確か、ユリウスとか言ったか? あいつも先に来ていたが、地獄に行ったぞ。まあ、奴だけのせいで歪んだわけではないから、ちゃんと罪を償えば天国に送って奴を待っている妻子の元に送ってやるが」
ユリウスという名を聞いて、目の前に立つ男がピクリと反応を見せた。
やはり、自分を殺した者の名を聞くのは色々と思うことはあるのだろう。
善人だからといって、そういう怒りを持つなということはおかしいので、大男は否定もしなかった。
「お前は間違いなく天国行きだ。かなり現世では苦しく辛い思いをしていたようだからな……せめて、死後だけでも穏やかに楽しく過ごせ」
ふうっと息を吐いて笑顔を見せる大男。
久々に気分よく裁決をすることができた。
これで、しばらくは悪人の裁決もできそうである。
そう思って目の前に立つ男が天国への扉へと向かうのを見送ろうとして……。
「いえ、大丈夫です」
「……いえ?」
男の言ったことが理解できず、大男は繰り返してしまう。
初めてその時、男の顔を見た。
端整に整った顔を穏やかな笑みに変えていた。
「申し訳ありませんが……」
唖然と自分を見ている大男に、男は――――エリクはニッコリと微笑んで言った。
「私は地獄行きでお願いします」
不死の勇者は理不尽を謳歌する 終わり
『不死の勇者は理不尽を謳歌する』、これで完結です!
最後までお付き合いくださった皆様、本当にありがとうございました。
完結記念に下の方にある評価をしていただければとても嬉しいです!
また、新作『偽・聖剣伝説』の方も下から飛ぶことができますので、よろしければ是非そちらも見てください。
それでは、ありがとうございました!