第百九十五話 手紙
エリクへ。
ミリヤムです。忘れていないかな?
この手紙は、いつあなたに届けることができるでしょうか?
それははっきりとはわかりませんが、とにかく書いておこうとは思います。
あなたは自分のことよりも他人を優先するような優しい人でしたので、皆のことが気になっているかと思ったからです。
まずは、私の大嫌いなデボラ王女の話をしましょうか。
彼女はエリクに対して爆発をぶつけたり癇癪したり邪魔をしたりうるさくしたり……とにかく、色々なことをしでかしていたので、私はエリクのことを何とも思っていないかと考えていました。
でも、エリクの頭を抱えて泣いていた私を見て、真っ先に大泣きしたのはデボラ王女だったんです。
これは、少し驚きました。
まあ、だからと言って好きになるわけではありませんが。
子供のように泣きわめいて……癇癪を起こしてとんでもない威力の爆発を連発したんですよ?
本当に死ぬかと思った。ふざけんなよ、王族。
エリクの自爆よりは全然弱かったけど……というか、デボラ王女の爆発を少し弱いと思ってしまうくらいの威力を出したあなたのスキルはいったいなんなのですか? むちゃくちゃだと思います。
それから、デボラ王女はかなり落ち込んでしまい、数か月引きこもってしまいました。
あの冒険バカがこんなにもなるなんて……エリクのことを大切に想っていたことがわかります。
まあ、嫌いですけど。
それから、オラース王子などの励ましの甲斐もあって、デボラ王女は復活したと同時に今まで以上に精力的に政務に取り組み始め、癇癪も一切起こさなくなりました。
そのおかげで、残念なことに国民の間でのデボラ王女の評価が上がっています。最悪だ……。
オラース王子は泣きながら喜んでいましたが、どうでもいいことですね。
そして、そのように立派な王族をしているため、側近として忠節の騎士をつけるべきだという意見も多いのですが……彼女は全てを断っています。
曰く、僕の騎士はエリクだけだから、と。はぁ……。
そして、癇癪を起こさなくなった理由としては、エリクが帰ってきたらためにためた爆発をお見舞いするためだそうですよ。
本当にヤバいかもしれませんよ、本当に。
あの時のデボラ王女の顔は、本気でした。
エレオノーラさんは……残念ですが、少し前の彼女に戻ってしまったようでした。
エリクが死んだとき、呆然としていたエレオノーラさん。
彼女は、以前までの彼女に戻ってしまったように、悪人に対して苛烈な罰を与えています。
それは、エリクが引き受けていた加虐性が抑えきれなくなったから……ということではないと思います。
もちろん、その理由もあると思います。今までさんざん彼女を苦しめてきた病気だから。
でも、それ以上にエリクが死んだ……ううん、殺されたことが大きな理由になっていると思います。
エリクが死んだのは、悪人がいたから。その悪人を皆殺しにして、彼のような悲劇をもう生み出さないように。
そう言って、エレオノーラさんは今日も悪人を撲殺しています。
これについて、私は何も彼女に言うことはできませんでした。
エリクを殺したのは、ユリウス。悪人とはいえ、関係ないのかもしれません。
でも、エレオノーラさんの気持ちも、私は少し分かってしまうのです。
それくらい、彼女もエリクのことが大切だったのでしょう。
サンドバックという風に思っていなかったようです。
ただ、悪人に対して厳しくなったエレオノーラさんですが、私たちとは変わらず親しく接してくれています。
それが、唯一の救いかもしれません。
ガブリエルさんは、アマゾネスの街に戻りました。
彼女も泣いていましたが、デボラやエレオノーラさんのように劇的に何か変わったというようなことはなく、いつも通りのガブリエルさんです。
ただ、エリクがいないならここにいる意味もないと言って、故郷である街に戻って行きました。
すでに、妹さんに女王の座を明け渡しているため、隠居という形だそうです。
時々、会いに来てくれて楽しくお話をします。
……ただ、戦闘狂なところは相変わらずのようで、隠居とは名ばかりで傭兵としてアマゾネスが参戦する時、いつも戦闘を突っ走っているのがガブリエルさんだそうです。
今の女王のアンネさんが、羨ましいと怒っていました。何か違う気がします。
まだエリクくんみたいな戦士には会えないよー、と笑っていましたが……何だか戦闘方法が苛烈になっているみたいで、抗おうとしても叩き潰される猛威を振るっているそうです。
アンヘリタさんも、彼女の住んでいたカッレラ領の森に戻っていきました。
いつも無表情で飄々としている彼女ですが、エリクが死んだのを見たときは明らかにうろたえていました。
白狐にも気に入られるなんて、やっぱりエリクは凄いです。
それから、アンヘリタさんはずっとうじうじとして、あの人と同じように儂を置いて行きおって……とお酒に沈んでいました。
彼女は上質な肝が喰えないから落ち込んでいると澄ました顔で言っていましたが……本当にそうなのでしょうか?
しばらくお酒におぼれていたアンヘリタさんでしたが、森の中に戻って一人ゆっくりと暮らしていくそうです。
あの人という昔の人のお墓もあるそうで……一度お邪魔させていただいたとき、そこにはもう一つの真新しいお墓がありました。
いったい、誰のものなのかはすぐに理解できます。
長い時を生きてきた白狐にこんなにも思われる男性は、おそらくエリクが最初で最後でしょうね。
クロのことですが、彼女はエリクが死んでから姿を消してあれから見たことがありません。
どこかに行ってしまったのでしょうか?
私はあの時、クロが願いを叶える存在だと知り、エリクにもう一度不死のスキルを与えてくれるようにお願いしました。
しかし、一度与えたスキルをもう一度与えることはできないのだそうです。
クロも悔しそうに顔を歪めていましたので、私は何も言うことができませんでした。
今、エリクに助けられた彼女はどこにいるのでしょうか?
ただ、去り際にまた会えると言っていましたので、元気にやっているんだと思います。
その時に、お土産も持ち帰ると言っていましたが……ふふ、楽しみです。
そして、私は……お母さんに会いに行こうかなって思っています。
最近会っていませんでしたから、顔を見せるくらいはしておこうと。
私もエリクが死んでから、しばらくふさぎ込んでいましたから、今からたくさんご飯を食べて痩せた分を取り戻さないといけませんが。
そして……少し、自分の力を練習してみようと思います。
治癒速度と回復状態は自分で言うのもなんですが、かなりのものだと思います。
ただ、その代償に相手に耐えがたい苦痛を与えること……これを、どうにかしたい。
そのためなら、多少治癒速度と効力は減ってもいいかな。
だって……私も困っている人を助けないといけないと思ったから。
エリクがやっていたこと……エリクがいなくなったから、代わりに私がやらないといけないことだから。
それから、デボラは嫌だけど、エレオノーラさん、ガブリエルさん、アンヘリタさんと時々会って話をする……人助けをしながら、そういうことができたらいいな。
……本当は、エリクの後を追って死のうとも思っていました。
ただ、やっぱり優しいあなたはそんなこと望まないよね。
ずっと一緒にいたから、あなたのことは分かっているつもりです。
……もしかしたら、とんでもない性癖とかも持っていたかもしれないけど。
エリクは、そういうことに無頓着だったから、勘ぐってしまいます。まあ、ありえないと思いますけど。
とにかく、私はエリクの成し遂げていたことを、少しだけ真似してみようと考えています。
流石に、あなたほど自分を犠牲にすることはできないけど。
あなたは優しくてとても良い人だったから、おそらく天国に行っているのでしょう。
そこから、私のことを少しでいいから見てくれると嬉しいです。
とりあえず、この手紙はここでおしまいにしたいと思います。
じゃあね、エリク。大好きだよ。
ミリヤムより。