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第百九十話 ご主人様

 










 エリクとユリウスの戦闘は、それは激しいものだった。

 めまぐるしく入れ替わる両者。攻撃していたと思えば防御に回り、押していたと思えば押されていた。


 苛烈な剣戟、近接格闘。それらが続いている中、相変わらずエリクの身体には傷だらけ……ということはなかった。


「くっ……!? 以前とは比べものにならないくらい実力を上げているな……!!」

「皆さんのおかげです」


 むしろ、押しているのはエリクの方であり、両者ともに傷は負っているのだが、どちらかといえばユリウスの方が傷を負っていた。

 このことに、ユリウスは苦しげに顔をゆがめ、エリクの激しい攻撃を受けていた。


「(信じられないくらい強くなっている……!? この力は……!)」


 ユリウスがそう考えている時も、彼の身体は切り傷が増えていく。

 遺憾ながらエリクの実力は、ユリウスにも匹敵するくらい跳ねあがっていた。


 これは、やはり彼女たちの相手をしていたことにあるだろう。

 デボラの癇癪、エレオノーラの加虐性、ガブリエルの戦闘欲、アンヘリタの肝食い。


 それらを全て受け止めていた彼は、身体能力や動体視力の向上が見られていた。

 そのおかげで、以前はさっぱり見えていなかったユリウスの斬撃をしっかりと目で捉えることができ、反撃として身体を動かすことができるようになっていたのだ。


「(……無意味です)」


 なお、エリクはまったく望んでいなかった。

 快楽を得るための行為の副作用で、まさか自分が強くなってしまうとは……。


 しかも、以前は手も足も出なかったユリウスと互角以上に戦えていることに、エリクは激しい後悔を覚えているのであった。

 素早く両者動いて、剣をぶつけ合って鍔迫り合いになる。


 その力の勝負でも、エリクはユリウスを押していた。


「ぐっ……! これだけの力があれば、もっと自分のために使えるだろうが……!!」

「私は自分のためだけにしか、自分の力を使っていませんよ……!」


 主に、ドM的性欲を満たすためだけに力を使っている。


「人助けも自分のためか? おこがましいにもほどがある……!!」


 ユリウスは好意的に勘違いするが、もはやいつものことである。

 ギリッと強く歯をかみしめて脚に力を入れるが、しかしそれでもエリクの力に押されていた。


 このままでは、押し切られてしまうのも時間の問題だ。


「ふっ……!」


 それゆえに、ユリウスはふっと剣の力を抜いて身体をひねる。

 そうすると、力で押していたエリクは身体が前のめりになってしまい……。


 その無防備な身体に、ユリウスは拳を叩き付けようとする。


「なっ……!?」


 確実に以前までならくらっていた攻撃。

 だが、エレオノーラやガブリエルを相手にして散々そのような攻撃を嬉々として受け続けてきたエリクは、もはやその程度の攻撃では満足することすらできなくなっていた。


 人の欲望は無限なのである。

 唸りを上げて迫りくる拳を紙一重で避け……。


「がはっ!?」


 ユリウスの顎下を思い切り殴りあげたのであった。

 身体が軽く宙に浮き、目がちかちかとするようなほどのダメージを受けるユリウス。


 口を強制的に閉じられたせいか内部を切ってしまい、血が流れる。

 脳が揺れて、素早く体勢を整えることができない。


「げほぉっ!?」


 そして、無防備にさらされていたユリウスの腹部に、強烈な蹴りが叩き込まれた。

 吐しゃ物を撒き散らし、彼は後方に吹き飛ばされる。


 そのガブリエル直伝の蹴りの威力は凄まじく、ユリウスは軽く喀血するほどのダメージを負わされていた。


「くっ……ははっ。ここまでくると、笑えてくるな。こんなにも短期間で成長するとはな……」

「望まない副作用です」

「うん?」


 何故か憮然としているエリクに首を傾げながらも、ユリウスは息を整えるためにふーっと深呼吸した。

 口の中が血や胃液の味でとんでもないことになっているので、唾を吐く。


 顎にダメージを受けたことでまだ頭はフラフラとするし、腹部も鈍い痛みが続いている。

 エリクは強い。おそらく、今の自分よりも強くなっているのかもしれない。


 最初から油断せずに戦っていたら話は違っていただろうが、以前の戦いのときの彼と思ってしまい、随分と戦闘で押されてしまった。

 ダメージもこちらの方が大きいので、このままでは負けてしまうかもしれない。


「だが、諦めるわけにはいかない……!」


 ユリウスは目に強い光を宿していた。

 どれほどダメージを受けても、彼は決してあきらめない。


「俺自身の願いを……望みを! 叶えるためになぁっ!!」


 まるで、主人公とラスボスが逆転したかのような絵面。

 エリクはニッコリである。


「いいえ。ここであなたのたくらみは終わります。あなたの欲望のために王国と多くの人々を危険にさらしたこと、ここで贖罪してください!」


 エリクはそう言って駆けだした。

 その速度は、ユリウスでもやっと捉えられるほどの疾風とも言えるほどの速さ。


 ドMがユリウスに迫る!


「凍りつけ!!」

「おぉっ!」


 ユリウスはそう叫ぶと、魔力を込めて地面を叩き付けた。

 すると、ビキビキという音と共に、地面が凍り付いていく。


 魔法。なかなか味わえない苦痛に、エリクは目を輝かせて悦ぶ。

 彼が魔法を使えるとは思っていなかったので、避けることができずに脚を凍りつかされ地面に縫い付けられる。


 こうすれば、そう簡単には解放することはできない……と思っていたが。


「こいつ……冗談だろ……!?」


 エリクは自身の持つ剣で、容赦なく凍りついた脚を叩き付けはじめたのである。

 ガキン! ガキン! という音と共に、氷がはがれていく。


 そして、それと同時に大きな苦痛と衝撃が彼を襲っているはずだ。

 なるほど、確かに衝撃を加えれば、氷が壊れて解放されることはできるだろう。


 しかし、そうすることによって、自身の身体が傷つくことだって十分に考えられるのだ。

 事実、エリクは剣での傷や氷が割れて傷がついたりしていた。


 自身で自身の身体を傷つけ苦痛を与えてしまうかもしれないということになれば、多くの者はためらう。

 エリクには、その躊躇いが一切なかった。


 下手をすれば、自身の脚が斬りおとされてしまうような状況でも、彼は笑ってそれを成し遂げているのである。


狂戦士(バーサーカー)め……!」


 エリクにつけられた二つ名のうち、嘲りと畏怖が込められた名を呼ぶユリウス。

 やはり、地面に脚を縫い付けたくらいでは、この男は止まらない。


 氷の魔法を行使して、ユリウスの周りにはつららのような氷のつぶてができていく。


「くたばれ! 勇者!!」


 そして、それは身動きのとれないエリクに一斉に襲い掛かったのであった。

 ガツガツと彼の全身に氷のつぶてが襲い掛かる。


 縫い付けられている脚、胴体、そして頭部。

 さまざまな場所に分け隔てなくぶつかり、あざを作って流血を促す。


 そんな攻撃を受けても、エリクの表情から笑みが消えることはなかった。


「(堪りません!)」


 ドMだからである。

 しかし、そんな薄汚い性癖事情を知らないユリウスからすれば、どれほど攻撃を受けても笑い続ける男など恐怖の対象にしかならない。


「く、クソ……! さっさと倒れろぉっ!!」


 そんな焦燥しきった表情で叫ぶユリウスの願望を打ち砕くように、エリクは氷漬けにされていた脚を解放してしまった。


「行きますよ!(ご主人様!)」


 氷漬けの地面を砕きながら、ユリウスに迫るエリク。

 血だらけで笑いながら迫ってくる男など、狂気以外のなにものでもない。


「来るなぁっ!!」


 当然、ユリウスは拒絶を示して氷のつぶてを走らせる。

 ヒュンヒュンと、空気を裂いてかなりの速度で迫りくる氷。


 エリクは駆けながらそれを避け、接近してから避けづらくなってくると身体にぶつかることもいとわずに、ユリウスに迫り続ける。

 そして、エリクは彼の懐に飛び込むことに成功したのであった。


「ちぃっ!!」


 下から跳ね上げられるエリクの剣。

 汗水を垂らしながら、それを剣で迎撃するユリウス。


 その二つの剣はぶつかり合い、ガキン! と激しい音を立ててギリギリと削り合う。

 しかし、それは一瞬の出来事であり、ガン! という強い音と共にその拮抗は終わりを迎えた。


「なっ……!?」


 驚愕しているのはユリウスであり、剣を跳ね上げられたのもまた彼であった。

 筋力という意味での力ならば、両者ともにほとんど変わらないもののはずだった。


 だからこそ、鍔迫り合いができていたのだ。

 だが、先ほど……あの一瞬だけ、エリクは片手で持っていた剣に拳を叩き付けたのである。


 急激に力を加えられて、ユリウスはまるで万歳をするかのように腕を上げてしまったのである。

 唖然とした状態で無防備な胴体をさらしているユリウスに、エリクはニヤリと笑った。


「これで、終わりです」


 そうして、エリクの剣はユリウスの心臓を貫いたのであった。



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