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第十九話 自分だけの騎士

 










「…………」


 デボラはじーっとエリクとミリヤムを見ていた。

 ミリヤムは未だに危険なダンジョンの中にいるのにもかかわらず、心底安心しきった寝顔を彼の太ももを枕にしながら披露していた。


 そんな彼女を、エリクもニコニコと優しく微笑みながら見ている。


「(……なんだろう、この疎外感)」


 あの強力な魔物であるオーガを倒したのは、誰のおかげだろうか。

 エリクのその身を犠牲にした献身はあったが、止めをさせたのは自分の爆発があったからこそである。


 この冒険は、誰のためのものなのだろうか。

 これは、デボラが立案してエリクたちを連れてきたものである。


 それなのに、この二対一的な状況はなんなのだろうか。


「…………」

「あいたっ!?」


 むしゃくしゃのため、エリクの腕を叩く。

 一瞬恍惚とした表情を浮かべる彼は、すぐに元に戻った。


「どうしましたか、デボラ王女?」

「んー?別にぃ?」

「い、痛い……」


 デボラはエリクの問いかけには答えず、彼の腕をつねった。

 エリクは目じりに涙を浮かべながら、内心歓喜していた。


 特に理由もなく行われる暴力……ご褒美である。


「ねえ、勇者。君はさ、いつもこんな冒険をしているの?」

「え?」


 デボラに問いかけられ、エリクはうーんと考え込む。


「君、パパから割と難題をいつも吹っかけられているんでしょ?こんな危険なこと、なかったの?」

「そうですねぇ。確かに、レイ王からは(ありがたいことに)難題を与えられますが……それでも、ちゃんと報酬は受け取っていますから」


 ニッコリと笑うエリク。

 だが、デボラはうわさでまともな報酬を受け取っていないことを知っていた。


「嘘。君に支払われている金は、庶民の平均月収と大して変わらないって聞いているよ」


 そう言えば、エリクは苦笑して頬をかく。


「私の場合は、金としての報酬ではなく、故郷を優遇してもらうことが報酬になるんです。税の免除であったり、インフラの整備であったり……」

「そっかぁ……」


 エリクの言葉を聞きながら、デボラはあることを思い出していた。

 利他慈善の勇者。エリクを表す二つ名である。


 自身のことを一切省みず、他人のためにすべてを投げだす勇者。

 小さなころからそうあれと育てられた貴族や騎士の子だったならば理解できるが、ただの農民の子である彼が、どうしてここまで他人のために尽くすことができるのだろうか。


 それが、デボラには分からなかった。

 ムカつく奴を爆殺し、気に食わない奴を文字通りブッ飛ばしてきた彼女には、なおさらであった。


「ねっ、勇者。僕も疲れたから、眠らせてよ」

「いいですよ。見張りは任せてください」


 ふっと笑うエリク。

 つい先ほどまで瀕死だったのに、もう見張りを任されることにMを刺激されていた。


「違うよ。その女はひざまくらしているのに、僕は地面で寝ろっての?死刑にするよ?」

「おっふ……しかし、私の膝は……」


 無慈悲な宣告にニヤリとするエリクであったが、しかしデボラの求めるひざまくらはできそうにない。

 ミリヤムがしがみつくようにして大部分を占領しているからだ。


 だから、デボラもそこを求めていない。

 そもそも、何かと不敬なミリヤムと頭をそろえて眠るつもりなど、毛頭ない。


 自分が何を言いたいのか理解できずにうんうんと悩むエリクに我慢の限界が来たデボラは、グイッと引っ張って彼を仰向けに倒した。


「ほら、腕を伸ばして」

「はい?」


 何がしたいのかはわからないが、とりあえず言いなりになるドMのエリク。

 地面に転がった腕に、デボラは頭を乗せるのであった。


「あぁ、なるほど」


 ようやく彼女がしたいことが分かったエリク。

 ミリヤムを膝枕しているのであれば、デボラは腕枕である。


 手入れされてもふもふとした柔らかい髪を腕に感じて、非常にこそばゆい。


「どうですか、私の腕は?」

「うーん……硬くて寝心地は良くない。僕の枕の方がすっごく寝やすい」

「なるほどぉ」


 自分から要求しておいてこの言いよう……エリクは歓喜した。

 デボラは文句を言いながらもごそごそと頭の位置を調整し、至近距離のエリクの顔を見てニコッと笑った。


「でも、なんだか安心するかも」

「……私、弱いですよ?」

「それは知ってる。オーガにボコボコにやられていたし」


 デボラが何故安心するのかさっぱりわからないエリク。

 まあ、癇癪姫に腕を貸すというのも、いつ爆破させられるかわからないという緊張感があって素晴らしい。


「ねえ。勇者は、そいつが困っていたら助けるの?」

「そいつ……ミリヤムですか?」

「そう、そいつ」


 気に食わなさそうにミリヤムを睨みつけるデボラ。

 この二人の相性は最悪だなと思いながら、エリクは苦笑する。


「もちろん、助けますよ。私はいつもミリヤムの世話になっていますからね」

「そう?勇者の足手まといにしかなっていないような気もするけど」


 一瞬、ミリヤムの身体がピクリと反応したような気がしたが、気のせいだと考えたエリク。


「そんなことは絶対にありませんよ」


 デボラの言葉を、彼はバッサリと切り捨てた。


「私はこの子がいなければ、今こうしていられたか疑問です。この子のおかげで、レイ王の命令もこなせるのですよ」


 エリクはそう言って、ミリヤムの髪を撫でた。

 そう、彼に激痛を与える回復魔法がなければ、その旅は恐ろしく冷めたものになっていたに違いない。


 少なくとも、エリクのドM性癖を満足させることは、今ほどはなかっただろう。


「私の隣に、この子がいてよかった」

「……ふーん」


 やはり、面白くない。

 優しい笑顔を浮かべているエリクも、耳を真っ赤にしているミリヤムも気に食わない。


 しかし、その一方でデボラの心にはどこか期待があった。

 もしかしたら、エリクは……。


「……僕は?」

「えっ?」

「もし、僕が困っていたら、勇者は助けてくれる?」


 デボラはそう言って、エリクの顔を覗き見た。

 彼は少し驚いた表情を浮かべていた。


 傍若無人の『癇癪姫』が、このようなことを言ってくるとは思ってもいなかったのだろう。

 デボラも、何故こんなことを聞いているのか、自分でも理解できなかった。


 しかし、一度言ったことをなかったことにすることはできない。

 ……いや、爆発を使ってエリクと聞き耳を立てているミリヤムを消し飛ばせば迷宮入りさせることもできるだろうが、どうしてか今の彼女にエリクを爆発させる気は微塵も湧いてこなかった。


 ミリヤム?いつでも爆発させるとも。

 デボラは、多くの者から恐れられている。


 感情が昂ぶれば辺りを爆破してしまうのだから、国民はおろか側仕えのメイドや執事たちでさえ忌避している。

 彼女と普通に接してくれるのは、レイ王やオラース王子といった家族だけだ。


 もし、エリクが頷いてくれたら……。

 そうしたら、デボラにとっては初めての……。


 デボラは期待と不安が入り混じった視線を向けて……彼女の願いは……。


「もちろんですとも」

「――――――っ!」


 エリクが頷いたことによって、デボラは満たされた。

 初めて……初めて家族以外の人間に受け入れられた。


『癇癪姫』もまだ子供。その喜びは、非常に大きなものであった。

 なお、エリクの考えが『王女に近くにいればまた爆発させてもらえるかも』という不純なものであることは言うまでもない。


 彼に、女の気持ちを察せよという方が無理な話である。


「あなたが困っている時は、私をお呼びください。必ずや、あなたの助けになりましょう」


 エリクは自身の腕枕に頭を置いているデボラを見て、ニッコリと微笑んだ。

 デボラはその笑顔に少し見入って……。


「そ、そっか!!」


 彼女は勢いよく起き上がった。

 後ろを向くことで、熱くなった顔を見せまいと努力する。


「(な、なんかすごくドキドキする……)」


 自身の薄い胸を抑えながら、深呼吸をする。

 落ち着け。エリクだけならともかく、気に食わないミリヤムの前で取り乱すことは、弱みを与えるようなものだ。


 そして、数回深呼吸をして落ち着かせると、再びエリクに向き直った。


「なら、これをあげるよ」


 そう言って彼女がエリクに差し出したのは、宝玉の取り付けられた指輪であった。


「これは……指輪ですか?」

「もちろん、ただの指輪じゃないよ。『忠節の指輪』っていうんだ」


『忠節の指輪』とは、ヴィレムセ王国の王族が心の底から信頼する臣下に下賜するものだ。

 それは、臣下にとっては最高の栄誉であり、一生その主に対して尽くすというものである。


 もちろん、強制力というようなものはないが、大抵の臣下はこれを下賜されることが至上の喜びであり、たとえばレイ王の宰相やオラース王子のヴァルターなどがそれにあたる。

 しかし、今までデボラにそれを与えた者はいなかった。


 それは、彼女が恐れられているということも原因の一つだが、彼女が心の底から信頼できるような人間が周りにいなかったということが最も大きな原因だ。

 そんなデボラが、今初めて自分の……自分だけの騎士を作ろうと考えていた。


「勇者……いや、エリク。君は、僕だけの騎士になってくれる?」


 立ち上がり、指輪を差し出しながらそう問いかけるデボラ。

 うっすらと微笑んでいるその姿は、彼女の可愛らしさも相まって、世間で『癇癪姫』と恐れ忌避されている存在だとはとても思えない。


 エリクはしばし呆然としていたものの、ミリヤムの頭を優しく膝からおろし、デボラの前に跪いた。


「もちろんです、デボラ王女殿下。私は……エリクは、あなたのために粉骨砕身忠節に勤めましょう」

「~~~~ッ!!」


 跪くエリクを見て、デボラは形容しがたい喜びに包まれていた。

 父であるレイ王や兄であるオラースを羨んでいた彼女に、ようやく自分だけの騎士ができたのだ。


 顔を赤くして喜ぶデボラ。


「うん!一緒に頑張ろうね、僕の騎士!」


 ニパッと笑うデボラに、エリクも微笑み返す。

 これで、性癖的に素晴らしい日常を送れるだろうと予見し、思わずニコニコだ。


「じゃ、じゃあ指輪を……」


 デボラはおそるおそるといった様子で、エリクの指に指輪をはめようとして……。

 その狙う先が左手薬指だったため、ついにミリヤムの限界が訪れる。


「痛ぁっ!?」


 デボラの腕がベシッとはたかれる。

 割と強い力で叩かれたため、デボラは慌てて腕を引っ込めた。


 それをしたのは、エリクは気づいていなかったようだが、先ほどから狸根入りを決めこんでいたミリヤムであった。


「……何をするのかな、この足手まといは」


 先ほどまで有頂天と言えるほど幸せな気持ちに包まれていたデボラは、恐ろしく冷たい目でミリヤムを見る。

 王女の腕をはたくだなんて不敬以外のなにものでもないし、せっかく初めての騎士を作ろうとしていたことを邪魔されたこともあって、デボラはいつもよりも五割増しくらいで怒っていた。


「すみません、デボラ王女。虫がいたので」


 しかし、普段は臆病なミリヤムも、エリクが関係すればスーパーパワーアップする。

 爆発という恐ろしい固有スキルを持っているデボラにも、一歩も退くことはない。


 あからさまな嘘に、デボラの額がピクリと動く。


「虫?そんなの、僕は見ていないけど?」

「あれ、そうでしたか?私にはエリクにたかる虫が見えたのですが……」

「…………」

「…………」


 シンと静まり返る『ビギナー殺しの小部屋』。

 まさか、このような痴話げんかの現場になるなんて、誰も思わなかっただろう。


 思わず逃げ出したくなるような極寒の雰囲気であるが、ドMのエリクはニコニコだ。巻き込まれたい。

 彼がそんなことを思っている間に、ついに静寂が破壊された。


「マジで殺すよ、このクソ女!ムカつくんだよ!」

「エリク、怖い。助けて」


 スススッとエリクに近寄って彼の陰に隠れるミリヤム。

 自身の騎士の後ろに隠れられ、デボラは激おこ。


「おい!!こういうときだけエリクに助けを求めるな!!」

「王女がエリクって呼ばないで!!」


 次に激怒したのはミリヤムだ。

 普段では決して出さないような怒声を上げる。


 嫌いな王族が、エリクの名を呼ぶことすら腹立たしい。

 彼女たちは、決して相容れることはないのかもしれない。


「(……二人のぶつかり合う冷たく苛烈な視線。そこに挟まれる私……最高です)」


 エリクはいつも通りであった。



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