第百八十九話 駆けつけようとする者たち
「エリクが消えた!?」
「ねっ、騎士ちゃん。あたしの言っていた通りだったでしょ?」
「…………」
ミリヤムは伝えられた事実に愕然とする。
意識が遠くなり、フラフラと足取りがおぼつかなくなってしまう。
彼女にとって、エリクとは生きる理由そのものだ。それが行方不明になってしまえば、この強烈な衝撃も当然といえるかもしれない。
一方、ガブリエルはニマニマ笑顔でエレオノーラを弄っていた。
「ど、どうすれば……ど、どこに行ったか、わからないんですか!?」
「うーん……流石にわからないかな。物凄い速さで動いていたら目で追えたんだろうけど、魔法はからっきしだからさ」
「……私も得意ではありません」
「そんな……」
二人の返答に顔を青くさせるミリヤム。
手がかりがゼロである。
ミリヤムだって、回復魔法以外の魔法に精通しているわけではない。
「まあ、人を撲殺するような戦い方をしておいて、魔法が得意とか言われても困るよね」
「は?」
そんなミリヤムを置いておいて、早速喧嘩を始めるガブリエルとエレオノーラ。
二人もエリクが消えたことで、少し気が立っているようで……いや、いつも通りかもしれないが。
しかし、少なからず影響は与えていた。
「消えちゃったんだったら、追いかけるしかないよね!」
「え……?」
そんな三人の元に、そのような元気な声が聞こえてきた。
振り向けば、自信満々といった様子で腕組みをしているデボラと、面倒くさそうに欠伸をしているアンヘリタが立っていた。
「王女殿下? どうしてここに……」
「アンヘリタに頼んで連れてきてもらった!」
「まったく……儂があの王に目をつけられたらどうするんじゃ。エリクを身代わりにするしかないのう」
エレオノーラが聞けば、自信満々に他人の力を借りてやってきたとのたまうデボラ。
その利用されたアンヘリタは、煩わしそうに白髪をかいていた。
そんなことよりも、ミリヤムには気になることがあった。
「追いかけるって……」
「誰だか知らないけど、エリクは僕のものだ。勝手に連れ去るとか、許さないぞ!」
地団駄を踏んで怒りを露わにするデボラ。
出会った当初は城から抜け出すための道具としか思っていなかったのに、随分と独占欲が強くなったものである。
あの癇癪姫にそこまで想われることは、はたして幸せなことか不幸なことなのか……。
「何か手立てでもあるの? 王女様」
余裕な態度と自信ありげな雰囲気を醸し出すので、打開策があるのかと期待してガブリエルが聞いてみれば……。
「ない!!」
「えぇ……」
やはり、自信満々に首を横に振った。
じゃあ、その態度はいったいなんだよ。
「僕も魔法とかあんまりわかんないし……でも、アンヘリタなら何か知ってそうだし!」
「儂任せか」
ため息を吐くアンヘリタ。
本来であれば、微塵も協力する気は起きないのだが……自身の気に入っている肝……もといエリクが関係しているというのであれば、致し方ない。
「まあ、ここにいる奴らよりは、誰よりも詳しいじゃろうな。魔法陣に乗って消えた……ということは、転移魔法じゃろう。それこそ、使い慣れてよく理解している強大な魔法使いならば妨害されるじゃろうが、そうでもないのであれば、魔力の残痕からどこに行ったかは大体予想がつく」
「……こういうところでは役に立ちますね、妖狐」
「喧しいわ」
ボソリと毒を吐くエレオノーラを流し目で見るアンヘリタ。
どうにも、エレオノーラはアンヘリタとの相性も悪いようで、ガブリエルの次くらいに衝突を繰り返していた。
「よーし! じゃあ、みんなでエリクが消えたところに行くぞー!」
「おー!!」
デボラはえいえいおーと手を上げるが、元気に追随したのはガブリエルのみであった。
「デボラぁぁぁぁぁぁぁ!! ワシのデボラはどこに行ったぁぁぁぁぁぁっ!?」
「父上! 今はデボラよりも目の前の暴徒の対処をしてください!!」
どこからかそんな怒鳴り声が聞こえてきたが、デボラは振り向くことはなかった。
◆
ガブリエルに案内されて戦場に戻るミリヤムたち。
時々、反乱軍の兵士が襲い掛かってきたのだが……彼らが悲惨な目にあったのは言うまでもないだろう。
癇癪姫、断罪騎士、アマゾネスの元女王、白狐……敵対すること自体が自殺行為であった。
そんなわけでとくに足止めされることもなく、ガブリエルが目撃した現場につき、アンヘリタはそこで魔力を調べ始めた。
「ふむふむ……やはり、転移魔法を使いこなしているというわけではないようじゃな。まあ、魔力の消耗が半端なく習得することも非常に困難なこの魔法を使い慣れている者なぞ、現代に存在するかはわからんが」
「じゃあ、どこに行ったかは……!」
「ああ、分かるぞ」
「えー! すっごいじゃん!」
アンヘリタの言葉に顔を輝かせてミリヤムが聞けば、彼女はコクリと頷いた。
ガブリエルが賞賛の声をかけるが、アンヘリタは無表情ながらどこか戸惑うような雰囲気を醸し出す。
「というか、実力が足らんかったのかは知らんが、大して距離は離れておらんぞ」
もっと苦労して転移場所を算出するのかと覚悟していたが、まったくそんなことはなかった。
少し見ただけで分かってしまうような、非常に近場に存在していた。
「どこ?」
「あそこじゃ。あの森の奥深くじゃな」
アンヘリタが指さしたのは、本当に目と鼻の近く……というほどではないかもしれないが、しかし目でしっかりと視認できる位置にある森であった。
これくらいならば、歩いてもたどり着くことができるような距離である。
まあ、こんな短距離でも一瞬で対象を移動させる転移魔法というものは、非常に高位の魔法になるのだが。
「よーし! じゃあ、エリクを勝手に僕に黙って連れ去った奴を爆殺して、連れ戻そう!」
デボラが物騒な宣言をしているが、ミリヤム以外はとくに疑問を持つこともなく、全員が森の奥に赴こうとして……。
「おぉっ、いたぞ!! 賞金首の集まりだぁっ!!」
「うわっ!? なにこれ……」
反乱軍の兵士たちがわっと押し寄せてきた。
その数は非常に多く、皆ギラギラとした目を彼女たちに向かわせていた。
戦場では、女というものは蹂躙されて欲望の吐け口にされるということがままある。
見目麗しい容姿の者たちが集まっているため、その理由ももちろんあるのだろうが、しかしそれ以外にも理由がありそうだ。
ミリヤムは、賞金首という言葉に耳を疑った。
「賞金首……私たちにかけられているの?」
「……私を悪人扱いですか。ぶち殺しますよ」
「まあ、足止めのためじゃろうな。儂らをエリクの元に……というよりも、身動きとりづらくさせる。金のために動く荒くれ者たちを動かすのであれば、賞金首にすることが賢いやり方じゃ」
エレオノーラの過激発言を無視して、アンヘリタが説明をしてくれた。
これは、ユリウスが事前に反乱軍に賞金首の情報を流していたために起きている現象であった。
彼からすれば、エリクと共に刃向われたら厄介な相手を足止めすることができる。
兵士たちからすれば、賞金も手に入って美しい女たちを自由に扱うことができる。
まさに、相互互恵的な関係であった。
「くっ……」
ミリヤムは強く歯をかみしめる。
こんな所で時間を喰っている暇はないというのに!
一刻も早く、エリクの元に駆けつけたいのに!
しかし、これほどの人数が邪魔立てをするのであれば、戦闘能力のない彼女にはどうしようもなく……。
「何しているんですか、ミリヤムさん。ここは私たちが引き受けますから、先に向かってください。おそらく、森の付近には敵はいないでしょうから」
「エレオノーラさん……」
そんなミリヤムに声をかけてくれたのが、エレオノーラであった。
彼女は手甲をぶつけ合わせながら、『ここは俺に任せて先に行け! すぐに追いつくさ』をした。エリクが羨ましがること間違いなしである。
「今エリクがどのような現状なのかは儂も興味があるのじゃが……まあ、ここは譲ってやろう」
「アンヘリタさん……」
人間全体を軽く見下し興味をあまり示さないアンヘリタも、エリクのこととなれば動きを見せる。
白い尾を揺らめかせながら、ミリヤムに先に行くよう指示する。
「よっしゃ! じゃあ、僕も……!!」
そして、ミリヤムと一緒に行く気満々のデボラも意気揚々と走り出そうとして……。
「王女様に動かれたら面倒だし、ここであたしたちと一緒に頑張ろうねー」
「何でだぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
ガブリエルに首根っこを押さえつけられてしまった。
王女に好き勝手動かれるより、ここで目の届く範囲で暴れてもらった方が楽である。
もちろん、デボラは激しく暴れるのだが、ガブリエルの力にかなうはずもなかった。
「ガブリエルさん……王女様……」
「おい! 今僕を見てなんと言った!?」
ミリヤムは感動したように目を潤ませる。
デボラの言葉を無視し、キッと強い目をして走り出した。
「すみません! エリクは必ず連れて帰りますので……お願いします!!」
「ごらぁぁぁぁぁぁっ!! 待てって言ってんだろぉっ!? 僕を見てなんと言ったぁっ!?」
ミリヤムは背中にかけられる怒声と敵意を無視して、アンヘリタに教えてもらった森に向かって走り続けるのであった。
そんな彼女を、反乱軍の兵士たちは追いかけようとはしなかった。
「あれ? 追いかけようとしないの?」
そのことを不思議に思い、ガブリエルが聞いてみる。
まあ、追いかけようとしていたら、ここにいる四人のいずれかに殺されていただろうが。
彼女の問いかけに、兵士たちはニヤニヤと嗜虐的な笑みを浮かべる。
「いや、あの姉ちゃんはあんまり懸賞金がかけられていなかったしな。それに……」
「こんな可愛い姉ちゃんたちがいれば、俺たちも退屈しねえからよ」
「うわー……」
あからさまな態度と言葉に、ガブリエルは頬を引きつらせる。
彼女は割とそういうことにも理解があって奔放なタイプだが、ああいう男たちに好きにされたいなんて破滅的な願望は持ち合わせていなかった。
そんなことを考えるのは、度し難いドMくらいだろう。
「薄着であることが災いしましたね、アマゾネス。ですが……」
エレオノーラはガツンと手甲をぶつけ合わせ、彼らを睨みつける。
「異性に無理やり欲望をぶつけることは悪です。断罪します」
「あたしも別に性に貪欲というわけでもないからねー。抵抗するよー」
「人間風情が儂に触れられるわけがなかろう。儂に触れて良いのは、あの人とエリクだけじゃ」
「君たちの次はミリヤムだ……!」
一部おかしなことを呟いている者もいたが、こうして戦闘が勃発するのであった。