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第百八十八話 最上の苦痛

 










「久しぶりだな。……いや、以前は使い魔を通して少し話をしたが……」

「そうですね。アンヘリタさんの時以来ですね」


 ユリウスとエリクは、表面上穏やかな会話をする。

 しかし、それぞれの目は油断なくお互いを見据えていた。


 もし、どちらかが急に動き出したとしても、お互いに対処することができるだろう。

 そんな緊張感が、辺りを包んでいた。


「じゃあ、直接会えたし、もう一度言っておこうか」


 ユリウスはそう言うと、エリクに手を差し伸べた。


「俺の元に来い、勇者。いや、エリク。お前と俺は、協力することができるはずだ」


 それは、使い魔を通して行われた勧誘と、同じであった。

 エリクは穏やかに微笑んでいるのみだ。


「お前が利他慈善の勇者として尽くしてきた王都の民……そいつらからの反応を見て、どう思った?」


 興奮した。


「お前にどれほど助けられても、あいつらはお前を裏切って王国軍に攻撃を仕掛けた。あんな奴らのために、お前が血反吐を吐いて苦しい思いをする必要なんてないんだよ」


 その方が興奮するから良い。


「王族にこき使われる必要もない、爆発させられる必要もない、民に尽くす必要もない。……自分のためだけに生きてみたくはないか?」


 もうすでに自分の快楽のためだけに生きている。


「さあ、俺の手をとれ、エリク」


 ユリウスはそう言って、改めて手を差し伸べる。

 彼の言葉は、それこそドMでなければ非常に心に響き、身をゆだねたくなるような甘い言葉であった。


 しかし、残念ながら彼が手を差し伸べているのは生粋のドMである。

 酷使されたり虐げられながらも利用されたりする方が、ビクンビクンすることができて幸せなのである。


「いえ。私は今の生き方に満足していますから。それに、彼らに使われてしまうとしても、それはそれで本望なので」


 それゆえに、エリクはあっけなくユリウスの誘いを蹴り飛ばした。

 この本望という言葉は、まさに彼の心からのものであった。


「……ふん、どこまでも優しい奴だ。いや、底なしに甘いだけか? 他人を……人を信頼しすぎると、裏切られた時に苦しむのはお前自身だぞ?」

「望むところです」


 ユリウスは、エリクがそれほど他者を思いやる利他慈善という二つ名に恥じぬ男だと認識した。勘違いである。

 どこか言葉に説得力のある内容を聞いても、エリクの考えは変わらない。


 むしろ、信頼していた人から裏切られるとか、どれほどの快楽を与えてくれるのだろうか?

 肉体的どころか精神的な苦痛をも快楽に変換することができるエリートドMであるエリクは、ドキドキと期待していた。


 ミリヤムたちに裏切られれば、それこそ彼は無言の絶頂を迎えるかもしれない。


「……そうか。やはり、俺とお前は相いれることはなかったか。……その子供を渡せ、といっても聞かんだろうな」

「ええ。……クロ、下がっていてください」

「分かったわ」


 ユリウスの目的は、黒い女に酷似しているクロである。

 しかし、エリクが素直に引き渡すはずがない。


 抵抗した方が、苦痛を味わえるからだ。

 彼はクロを後ろに下げさせ、剣を構える。


「だろうな。……ならば、死ね!」


 ユリウスも剣を抜き、エリクに斬りかかる。

 その速度は、今までの誰よりも素早く鋭いもので……。


「ふっ……」


 エリクは人生最上の苦痛を味わうことができると確信し、不敵に微笑むのであった。











 ◆



「はあ? エリクさんが消えた?」


 エレオノーラは迫りくる反乱軍の兵士を、厳つい手甲で撲殺しながら、ガブリエルの方を見る。

 無表情ながら、彼女の雰囲気は呆れたようなものになっていた。


「本当なんだって! あたしが見ている前で、さっきまでそこにいたのに一瞬で消えちゃったんだよ!」


 興奮したように話すガブリエルは、背後から迫りくる兵士を直接見ずに戟で突き刺した。

 刺さった兵士を地面に投げ捨てながら、身振り手振りでエレオノーラに説明しようとする。


 馬鹿なアマゾネスがまたおかしなことを言っている……と普段なら相手にしないであろうエレオノーラであったが、その話題がエリクということもあって、一応聞いておくことにした。


「……原因は分かっているのですか?」

「うーん……あたしも戦いながらだったから、確実なことは言えないけど……。クロちゃんの下に魔法陣が出て、それにエリクくんも飛び込んだら……二人とも消えちゃった、みたいな?」


 ガブリエルが頭を抱えながら絞り出した説明に、エレオノーラは……。


「はっ」


 鼻で笑った。

 悪人以外には基本的に礼儀正しく感情を露わにしない彼女がこのような反応を見せるのは、ガブリエルだけだろう。


 仲というか相性は悪いのだが、案外気を許しあっているのかもしれない。


「クロさんがここにいるはずがないでしょう。彼女は、陣中央でミリヤムさんや妖狐と一緒にいるはずです」


 そう。そして、この二人はその陣の中央に向かっていた。

 前線は王国騎士団が抑えられるだろうし、おそらく混乱しているであろう後方を支えに向かっているのである。


 おそらく、優しい(と彼女たちは思っている)エリクもそちらに向かっているだろう、という打算もあった。


「そ、それはそうなんだけどさぁ……。あたしはちゃんと見たんだって! 騎士ちゃん、信じてよー」

「嫌です」


 二人は走りながらそんな会話をしていると、彼女たちの前方から見知った人物が駆け寄ってくるのを見つけた。


「あっ、エレオノーラさん! ガブリエルさん!」

「ミリヤムさん……」


 声をかけてきたのは、エリクのパートナーであるミリヤムであった。

 まだ陣の中央ではないはずなのだが……どうして彼女がここにいるのだろうか?


 そう不思議に思っていると、そんな二人よりも先にミリヤムが声をかけてくる。


「二人とも、無事ですか!?」

「ええ」

「エリクくんみたいに強い人いなかったから暇だよー」


 それを聞くと、ホッとしたように顔を緩めるミリヤム。

 相変わらず、エリクの次くらいに優しい子だと二人は考える。


 そして、エレオノーラは一番気になるエリクの動向を尋ねた。

 後方に行く途中で、おそらくミリヤムの元に行っているだろうと思ったからである。


「それで、エリクさんはもう後方に向かっているのですか?」

「え、エリク? いえ、まだ来ていませんけど……」

「えっ?」


 目を丸くするエレオノーラ。

 もしかして、エリクは前線で足止めをされているのだろうか?


 どうやら、彼の情報は反乱軍全体に届いているようなので、そのことも十分に考えられる。

 しかし、エレオノーラのそんな考えはすぐに否定された。


「あっ! クロを見ませんでしたか!? クロ、突然いなくなっちゃって……!」

「…………」


 エリクの居場所がわからず、クロまでもが行方不明。

 エレオノーラは視線を感じるので、嫌々そちらを見てみると……。


「ね?」


 案の定、ガブリエルはドヤ顔を披露していたのであった。




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