第百八十七話 相対
「うぉぉぉぉっ! 死ねぇぇぇぇっ!!」
戦場に出た私に、早速襲い掛かってくる反乱軍の兵士。
嬉しい……確かにこれは嬉しいです。
しかし……。
「ふっ」
「ぐぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
すれ違いざまに切り捨ててしまいます。
ドサリと地面に這いつくばる兵士。
……私がその立場になりたかったです。
「見つけたぞ、賞金首ぃぃぃぃぃぃっ!!」
し、しかし、まだ彼以外にも私に襲い掛かってくれる人がいました。
賞金首……私の首を持って行けば、賞金をいただけるのですか?
誰がそんな素晴らしいことをしてくださったのですか!? お礼を言わなければなりませんねぇ……。
このおかげで、私を狙う人は多いでしょう。
しかし……。
「よいしょ」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
またも、すれ違いざまに切り捨ててしまいます。
……なんですか? この強者みたいな対応は。
私は切り捨てられる立場ではないのですか? こんなのおかしいです……。
「はぁ……」
思わず、ため息を吐いてしまいます。
周りでは、王国軍と反乱軍が激しい衝突を繰り広げています。
そんな戦場のど真ん中で、ため息を吐く私は異様だったでしょう。
反乱軍も、決して雑魚というわけではありません。事実、数という圧倒的優位に立っているとはいえ、王国軍と戦闘らしい戦闘はできています。
それなのに、私がかすり傷すら負うことができずに戦場に立ち続けているのは、遺憾にも私の実力が上がっているということです。
「利他慈善の勇者! 俺の稼ぎのために死ねぇぇぇっ!!」
「はい」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
また襲い掛かってきた人を斬ってしまいました……。
誰か……誰か、私を痛めつけてくれる人はいませんか……。
周りを見渡せば、エレオノーラさんとガブリエルさんは複数の反乱軍兵士を相手に無双していました。
くっ……私もそこに混ぜてもらうしか、方法はありませんか……!?
「くっくっくっ。退屈そうだな、利他慈善の勇者よ」
「あなたは……」
そんな時、何とも強そうな雰囲気を醸し出しながら、私に声をかけてくれる方がいました。
振り向けば、その厳つい顔をほくそ笑ませる益荒男がいました。
こ、これは……!
「俺の名はアルセニー! バヤンジン家私兵団団長だ! お前には、何故だか知らんが多額の賞金がかけられている。金のため、死ねやぁぁぁぁぁぁっ!!」
そう言って、地面を蹴って猛烈な勢いで突進してきます!
その速度は、今まで私に襲い掛かってきた人たちとは比べ物にならないほどで、その振るわれた剣が……。
「はい」
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
私に届く前に切り捨てました。
……あの強そうな人はどこに?
「……なんですか、これ」
私はがっくりと肩を落とします。
違う……こんな手柄を立てるつもりなんてなかったんです。
キラキラとした目を向けてこないでください、王国軍の騎士さんたち。
あのアルセニーとかいう方も、決して雑魚というわけではありません。
ただ、私がエレオノーラさんやガブリエルさんというこの大陸有数の実力者たちに、ほぼ毎日扱かれているため、相対的に彼も弱く見えてしまうのです。
くっ……! 彼女たちにボコボコにされるという圧倒的快楽と引き換えに、私が強くなってしまうとは……!
なんというダメな副作用! 世界はおかしい!
私がそのように世界を呪っていると、近くで戦っていた王国側の騎士たちが驚いたように後ろを振り返っていました。
私のドMセンサーも反応を見せたので、振り返ってみると……。
『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』
王国軍が突破された万が一のことを考えて閉じられていた堅牢な王都の門が、内側から開かれたのです。
そして、そこから飛び出してきたのは、何かしらの武器を持った王都の人々でした。
「なっ!? どうして王都の城門が……っ!?」
愕然とする騎士の隣で、私はある程度の冷静を保っていられました。
というのも、事前に王都の人々が反乱軍寄りになってしまっていることを聞かされていたからでした。
ですので、何も知らない騎士からすると、まさに青天の霹靂といったところでしょう。
まあ、王城に押し寄せるかもとは予想していましたが、まさか門を開けて突撃してくるとは、誰も予想していなかったでしょうが。
「あ、あれは……!!」
近くでは、アルフレッドさんも驚いていました。
陣の中央にあるとはいえ、背後から襲われれば王族も危険になるでしょう。
駆けつけたいのはやまやまですが、しかしこの前線を離れたら反乱軍が押してしまうので、板挟みになっているのでしょう。
ふっ……そんなときのためにいるのが、私です。
「私があそこに行きます!」
「お願いします、勇者殿!」
アルフレッドさんの声に背中を押され、私は駆け出しました。
今行きますよ、苦難!
◆
「な、何が……!?」
エリクが走り出したころ、陣の中央にいたミリヤムもまた異変に気付いた。
怒声を上げて背後から迫りくる人々に、目を見開く。
「背後の王都からの声じゃな。王都の民が暴徒化して襲い掛かってきたのではないか?」
「そ、そんな……!?」
アンヘリタの冷静な分析を聞いて、ミリヤムは愕然とする。
そんなにも、反乱軍のことが良いのか。……気持ちは分かるが。
しかし、だからといって反乱軍と戦っている騎士たちを背後から襲うのはいかがなものだろうか?
「えぇっ!? あいつらが裏切るの? 爆発不可避じゃん」
「いや、一応王国の人々なんだから、やり過ぎじゃないですか!?」
デボラが冷たい目で爆殺宣言をするので、ミリヤムは必死に制止する。
彼女の爆発が大して鍛えられてもいない王都の民のど真ん中で炸裂すれば、間違いなく大勢の死者が出る。
大惨事間違いなしだ。
しかし、アンヘリタはつまらなそうに王都から押し寄せる人々を見ながら、欠伸をする。
「ふーむ……大丈夫じゃろう。あれに純粋な王都の人間もおるじゃろうが、ほとんどが反乱軍の手の者たちじゃろう」
「そうなんですか?」
要は、王都の門が閉められる前にもぐりこんでいた反乱軍の兵士や、彼らに何かしらの対価を用意されて裏切った民たちが、押し寄せてきているというわけだ。
国境近くでもない王都は、基本的には常に門戸が開かれていたので、その手の者たちがもぐりこむのは容易だっただろう。
そもそも、反乱を起こされ敵が同じ王国の者だとしたら、敵国という分かりやすい敵でもないので、こうなるのは仕方ないと言えるだろう。
「じゃあ、余計爆発することに躊躇は必要ないね。僕に任せろぉっ!」
「ああ、もう! クロはここにいて……クロ?」
嬉々として駆け出すデボラ。
そんな彼女を追いかけようとして、ミリヤムは自分たちといたはずのクロが消えていることに気が付くのであった。
◆
エリクが、意訳するなら『うっひょお! 反乱軍と違って王都の民だから攻撃できないし、一方的に攻撃を受け続けることができるとか最高! 早く駆けつけなければいやっほー!』のようなことを考えながら陣の後方に向かって物凄い勢いでご褒美を待つ犬のように駆けていると、見覚えのある人物を発見した。
「戦争……そう、これが戦争ね」
「……クロ!? どうしてこんな所に……」
それは、クロだった。
彼女は冷めたとも熱いともとれる不思議な色を宿した真っ黒な目を、戦場全体を見渡すように動かしていた。
「人が死んでいく。願いを……望みを抱えて」
薄い胸の前に手を当てて、目を閉じる。
「……そう、これが私のやるべきことなのね」
何かを悟ったように、クロはそう言って微笑んで脚を一歩を踏み出そうとし……。
「あら……」
その地面に魔法陣が展開された。
その中に、クロはすっぽりと入ってしまう。
「クロ!!」
なんだか美味しそうな匂い!
エリクは身体を文字通り飛ばして、クロの身体を抱きかかえた。
次の瞬間、彼と抱きかかえられたクロは、その場から姿を消したのであった。
◆
魔法陣は、対象者を転移させるためのものだったらしい。
辺りは激しい戦闘が行われていた平原ではなく、木々が生い茂っている森であった。
「よう、勇者。直接会うのは久しぶりだな」
そして、クロを抱きかかえているエリクにかけられる声。
その声の持ち主を見上げて、エリクは口を開く。
「……ユリウスさん、でしたか」