第百八十五話 クロのお願い
レイ王への報告と現状の説明が私たちになされた後、私たちはそれぞれ与えられた部屋に滞在していました。
先ほどまで、私の割り当てられた部屋に皆さんいたのですが、それぞれ戦闘が近いということもあってやりたいことがあるのでしょう。
私の所にいるのは、先ほど拾った少女のクロだけでした。
「戦争?」
「うーん……反乱の鎮圧は戦争になるのでしょうか? しかし、戦うことは事実ですよ」
クロが私を見上げて聞いてきます。
そう、私が痛めつけられる戦い……胸がドキドキです。
「人が死ぬの?」
「ええ、死ぬでしょうね」
私が死にたい。いえ、死ぬにはまだ被虐を味わっていないので、死ぬほどつらい目にあいたいです。
私の答えに、何か考え込む様子を見せるクロ。
子供が考えているのは、微笑ましいというか少し不思議というか……。
「……戦争は嫌ですか?」
「ううん、全然」
「えぇ……」
優しい子で、人の命が失われることに悲しんでいるのかと思いきや、まったくそんなことはないようです。
とってもドライですね、この子は。
もしかしたら、何か辛い過去が……。
「でも、何だか惹きつけられる言葉ね」
「えぇ……」
悲しむどころか嬉々として受け入れようとしていました。
戦いに惹きつけられるとは……ガブリエルさんの同類ですか?
将来、彼女のように私をボコボコにしてくれることを望みます。
「言っておくけど、別に殺し殺されることが好きなわけじゃないわ。ただ……」
「ただ?」
「……わからないけど、行かないといけない。そんな気がするの」
なんだかしんみりとした雰囲気で言うので、とても大人のように見えてしまいました。
見た目はデボラよりも子供ですのに……。
しかし、戦場に行かなければならないって……私と同じドMですか?
その年でその性癖は業が深いですよ……。私は物心ついたときからドMでしたが。
そんなクロは、私の袖を引っ張って上目づかいで可愛らしくおねだりしてきました。
「ねえ、私も戦場に連れて行って」
「え? ダメですけど?」
「…………」
あっさり断ってしまいましたが。
唖然とした様子のクロ。
確かに、彼女のおねだりの仕方は可愛かったですよ。大抵のお願いなら、大人なら叶えてしまうほどのものです。
しかし、子供を戦場に連れて行く馬鹿がどこにいるのでしょうか?
「……何で?」
「いや、何でって……危ないですから」
当たり前です。
「私は大丈夫よ」
「ユリウスさんに攫われそうになっていたのに、何が大丈夫ですか。戦場はもっとたくさんの人同士がぶつかり合う乱戦なのです。あなたみたいな子供を、連れて行けるわけないでしょう」
……なんだか正論を言っている気分になります。
私が正論を言うなんて……こんなのおかしいです……。
「お願い、なんでもするから」
「ダメです」
というか、クロにそう言われても魅力的じゃないんですよね。
デボラとかなら、『爆発をしてください!』と頼むことができますし、エレオノーラさんやガブリエルさんなら『ボコボコにしてください!』と頼むことができるのですが……。
ただの子供で非力な彼女に、私が求めるものは何もないのです。
「……デボラは連れて行くのに?」
「先ほど、話を聞いていたでしょう? この王城にいれば、王族は危ないから……」
「私も危ないんじゃない?」
「はい?」
クロの言いたいことがわからず、首を傾げてしまいます。
それは、どういう……。
「王城に攻め入る暴徒なんて、誰だって攻撃するでしょう。私も王女の友達だとか思われて殺されるんじゃないかしら?」
「…………」
…………あ。た、確かに、そうかもしれません。
一種の興奮状態に陥った人間というものは、何をしでかすかわかったものではありません。
それが、怒りや憎しみといった憎悪の感情で突き動かされているのだとしたら、なおさらです。
たとえ、クロが王族とは何の関係もない子供だとしても、暴徒と化した人々がそのことを理解して彼女を助けてくれるかと考えれば……難しそうです。
「ね、お願い。ちゃんとデボラの近くにいるから」
「……仕方ありませんね」
よくよく考えれば、私が身を挺してクロを守り抜けばいいのですよね。
その分、私はたくさん傷つくことができます。
クロの要望も叶えられて、私も性欲を満たすことができます。
ふっ……完璧な論理です。
「ありがとう。そういうところ、好きよ」
「ふっ……」
意味深に微笑むクロのことは、すでに意識の外に放り投げられていました。
◆
「進軍は順調だな」
「ああ。こ、こんなにもうまくいくとは……。これも全てお前のおかげだな、ユリウス」
ヴィレムセ王国に反乱を起こした軍営の中。
そこには、反乱の首謀者たちである貴族の当主たちが集まっていた。
そして、一人立って天幕に背中を預けているのが、ユリウスであった。
彼は声をかけられ、閉じていた目を開ける。
「……なに、気にするな。俺には俺の目的がある。お互いを利用し合っていこうじゃないか」
「そうだな。何かしらの見返りを求められている方が、安心できる。我らが王権を簒奪した後、お前が求めるのは……情報だったな」
「ああ、そうだ」
ツァイス家の当主の言葉に、ユリウスは頷いた。
「その黒い女……だったか? 王権を奪うことを手伝って、たった一人の女の情報を欲するとは……お前もよくわからん奴だ。そんなに美しい女なのか?」
ノジコヴァ家の当主が笑いながら尋ねる。
彼らからすれば、それほどまでに魅力的な女なのかと興味がわいてくる。
女の情報のために反乱に加担するような存在なのだ。好色な彼らが興味を抱かないはずがなかった。
ユリウスはそれに少し考えて……。
「……美しい、か。そういう風に見たことがないから、よくわからんが……見つけ出して、必ず殺さなければならん。それだけだ」
その言葉は、恐ろしいまでの冷たさになっていた。
貴族たちは、ごくりと喉を鳴らす。
「ま、まあ、人によって価値観はそれぞれだしな。私たちは王権をいただき、お前には王国全土から集められる情報を渡す。それでよいではないか」
「ああ、そうだな。まあ、せいぜい頑張ってくれ」
ユリウスは最後にそう言うと、天幕から出て行った。
そんな彼を見送り、貴族たちはこそこそと話しあう。
「……本当にあいつをそのままにしておくのか?」
「そんなわけがなかろう。情報だけだと? そんなの、怪しすぎるわ」
「奴は私たちのことを知りすぎている。この反乱が終われば、連絡要員としていた奴は用済みよ」
「この『救国の手』がヴィレムセ王国をとったあかつきには、奴も……」
天幕から離れて歩いていたユリウスは、ふっとほくそ笑む。
「そんなこと、分かっているぞ」
彼らは民のためではなく、自分たちがより楽をしたいから王権を求めて反乱を起こした、自己中心的な貴族たちだ。
そんな利益を前にすれば目がくらむような連中が、自分のことを疎ましく思わないはずがなかった。
そんなこと、簡単に予想している。
「まあ、だからといって今すぐに殺しはしないさ。まだ、お前たちには派手な戦争をしてもらう必要があるからな」
だが、裏切られることが分かっていても、ユリウスが彼らを殺すことはない。
彼らには、まだ利用価値があるからだ。
あちらもまだそう思っているのと同じように、自分もそうなのだ。
まあ、彼らは王権を手に入れた後にユリウスを殺そうとするのだが、彼の場合はその目前である。
「さて、進軍経路を王軍に引き渡すか」
ユリウスが今まで『救国の手』に協力していたのは、黒い女の情報を集めるため。
彼らが国をとれば、情報を集めやすくなると考えていたからだ。
しかし、もうそんなことは必要ない。
であるならば、彼らにしてもらうべきことは王権を簒奪してもらうことではない。
派手に戦って、多くの命を散らしてもらうことである。
「もう、黒い女はここにきている。そして、戦闘が……人の命が大量に失われる場所に、必ず出てくる」
使い魔を通して見たあの子供。
黒い女は大人だった。あんな小さなガキではなかった。
だが……ユリウスの直感は、あの子供こそが黒い女なのだと訴えてきて仕方なかった。
そんなあやふやな根拠であるが、それだけで十分だ。
もう、今までどれだけのものを犠牲にして探してきたか。
あの子供を、捕まえる。
今、ユリウスにあるのはそれだけだった。
「そのため、死んでくれよ、『救国の手』」
自分を利用しようとしている者を利用する。
反乱軍の内部は、複雑だった。