第百八十一話 勧誘
「さて、とりあえず帰りましょうか。王都について報告をしたら、あなたのご両親を探しましょうね」
「ええ」
私はクロにそう言って立ち上がります。
……子供のようですが、どうにも話し方は大人のように余裕がありますね。
やはり、何かしらの厄介ごとを抱えているのでしょうか?
ふっ……彼女を見つけたのは、私に対するドM神様からのご褒美なのかもしれません。
私はこれから起こるであろうことに胸をときめかせていると……。
『その必要はないぞ』
早速、その厄介ごとが起きてくれたようです。
声がした方を見れば、木に止まる鳥がいました。
……鳥が喋ったのですか?
「鳥の魔物?」
「ふむ……使い魔みたいなものじゃな。戦闘能力というよりも、伝言するためのものじゃ」
ミリヤムの言葉に、アンヘリタさんが解説してくれます。
私たちの中では、こういうことに一番精通していそうですしね。
なるほど、使い魔……主人の命を常に狙う使い魔とかいませんでしょうか?
『その通りだ。久しぶりだな、利他慈善の勇者』
「……ええと」
いきなり話しかけられてしまい、困惑してしまいます。
お知り合いの方でしょうか?
うーん……しかし、使い魔を使えるような知り合いなんていなかったと思いますが……。
『……ユリウスだ。ユリウス・ヴェステリネン。白狐と一緒にいたとき、会ったことがあるだろ』
「あぁ……」
うんうんと悩んでいると、あちらから教えてくれました。
ユリウス……そう、ユリウスさんですか。
アンヘリタさんと一悶着があったころに、確かに一度お会いしていますね。
その時、私のことを完膚なきまでに叩きのめしていただいて……もしかしたら、私のドSパートナーになれるかもしれないと思った方です。
そんな人が、何の御用でしょうか?
も、もしかして、私を再び痛めつけに来てくださったのでしょうか!?
し、しかし、今はエレオノーラさんたちもいますので、おひとりで勝負を挑まれるには少し危険かと愚考しますが……。
「それで、何の御用でしょうか?」
『なに、簡単な話だ。お前の連れている子供を、こちらに引き渡してくれ』
あまりにもあっさりと答えていただいたのですが、私はポカンとしてしまいました。
子供……まさか、デボラのことではないでしょう。
ということは……クロ、ですか?
「えーと……何故でしょうか?」
『……似ているからだ。あの黒い女に』
黒い女……はて、どなたのことでしょうか?
なんだか、私も昔似たような印象を抱いたことがあるような気がしますが……憶えていませんね。
「ふーむ……言われてみればそうかもしれんが……じゃが、あやつは大人じゃったぞ。子供ではない。それとも、子供になれるような魔法や技術が存在するのかの?」
『いや、俺もそれは知らない。だが、似ている……似ているんだ。俺にとって、それだけで十分動くに値する。だから、お前たちに接触をしたというわけだ』
「……似ていますかね?」
ユリウスさんと会話をしたことがあるアンヘリタさんが、彼の相手をします。
しかし……大人と子供を見間違えることはないでしょうし、やはり人違いではないでしょうか?
とはいえ、この世の中には魔法やスキルという、いまいち原理が良く分かっていない超常の力があるのも事実です。
私の不死スキルもしかり、言葉では説明できないですからね。
「しかし、それでもあなたに引き渡すわけにはいきませんねぇ……」
ですが、もしユリウスさんの求める黒い女だとしても、私はクロを手放すことはありません。
この子がいれば、私は素晴らしき苦痛を味わえるとドMセンサーが訴えかけてきていますからね。
『……何だったら、俺の所にお前も一緒に来てもいいんだぞ、勇者。俺とお前は、同じ境遇なのだからな』
「はぁ……」
拒絶すれば、何だか不思議なことをユリウスさんが言い始めました。
同じ境遇……?
…………ユリウスさんもドMなんですか!?
『それに、今王都に戻っても、待っているのは辛いことだぞ? お前の相棒が、半魔だと知られて反応も変わったんじゃないか?』
「まあ、それは……」
ありがたい反応の変化ですよね。
これ以上、好意的な感情を向けられるのは、くすぐったくて仕方ありません。
一方で、敵意や憎悪を向けられて悦ばないドMはいません。
『俺の所に来い、勇者。俺とお前は、協力し合えるはずだ。手のひらを返す王国の人間などよりも、俺の所にいた方がよっぽどいいだろう』
「はぁ? 勝手なこと言ってくれやがって……僕の騎士だぞ!」
私よりもデボラが怒りの反応を見せています。
ミリヤムは……何故か考える仕草。
うーむ……何だか悪そうな人に勧誘されてしまいました。
もし、ユリウスさんの言葉を信じて彼の元に行ったとして、私を裏切って何かしらの苦痛を与えてくださるのであれば、嬉々として向かっていたかもしれません。
しかし、私のドMセンサーによると、彼の元に行くよりも、行かないでクロを守り抜こうとした時の方が私にとって嬉しいことがあるとのことです。
であるならば、私の答えは……。
「そう、ですね。どれだけ拒絶されても、私が彼らを害する理由にはなりません。この子……クロも、あなたには渡しません」
『…………そうか。予想はしていたが、やはり、俺とお前は敵対する運命にあるようだな』
私の拒絶の言葉に、ユリウスさんの声がする鳥は木々からバッと飛びあがりました。
『ならば、力づくでも奪わせてもらおう!』
そして、魔法陣を描きます。
そこから飛び出してきたのは、幾人もの武器を持った兵士たちでした。
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