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第百七十九話 子供

 










 レイ王の命令に従って、魔物の討伐を済ませた帰り。

 穏やかな日差しと緑豊かな小道を歩いていると、とても穏やかな気分になれます。


「エリク……」

「ミリヤム……」


 そんな道を歩いている私の腕に抱き着いているのは、茶色の髪を一つに縛ったミリヤムでした。

 ……胸、当たっていますけどいいのでしょうか?


 しかし、何とも熱っぽいような視線を向けてきてくれます。

 こんな風に直接的に甘えてくるようなことは、今までなかったのですが……あの天使教での事件で、何だか一気にべたべたし始めたと言いますか……。


「あー、もう! 離れろって言ってんじゃん! 王女命令だぞ! 逆らったら処刑だ!!」


 ふわふわの髪を振り回して怒り狂うデボラの前では、決してしていなかった甘え方です。

 彼女の感情の高ぶりに合わせて、近くの木々が小規模な爆発でなぎ倒されました。


 私を対象にしていただきたい……。


「いやー……急にミリヤムは甘えん坊になったよね」

「なんじゃ、断罪騎士。お主も羨ましいのか?」

「……黙っていなさい、妖狐」


 私たちの他にも、最近仲良く(ボコボコにされるという意味で)させていただいている御三方も一緒です。

 金色の髪を後ろでくるりと返してまとめ、褐色の肌と唇の近くにほくろがあるのが特徴的なガブリエルさん。


 白い髪と獣耳、そして狐の尾が生えていて黒い着物を着ているアンヘリタさん。

 黒髪を短くおかっぱに切りそろえ、重厚な鎧を身に着けているエレオノーラさん。


 それぞれとレイ王の命令によって出て行くのは良くあるのですが、こんなふうに勢揃いしているのは珍しいです。

 別に、個々に強力な彼女たち全員の力が必要な命令だった……というわけではありません。


 以前までなら、殺意すら感じられるようなキツイ命令も多かったのですが、デボラが一緒に行動し始めてからは、それはほとんどなくなりました。

 親馬鹿なレイ王が、愛娘のデボラが危険な目に合うような命令をするはずがありません。


 本当に、たまたま皆さんのスケジュールが空いていて暇だったということがあって、全員で魔物討伐に来たのです。

 癇癪姫、断罪騎士、アマゾネスの元女王、白狐……こんな過剰戦力で討伐に行ったものですから、当然魔物さんは私を痛めつけてくれる余裕すらなく消し飛ばされてしまいました……。


 くっ……魔物さん……! 私を痛めつけることもできずに……無念だったことでしょう……!

 私が魔物さんの死に悔やんでいると、ミリヤムが袖を引っ張ってきます。


 なんでしょうか?

 彼女はニッコリと笑って、私を見上げます。


「邪魔者増えたけど、私がエリクの一番だからね」

「はぁ……」


 なんだか笑顔が怖いですよ、ミリヤム。


「はぁぁぁぁぁぁっ!? 何言ってんだ、この腰ぎんちゃく! エリクは僕の忠節の騎士なんだから、僕が一番に決まっているじゃん!!」


 デボラの我慢も限界だったようで、大声を上げてミリヤムを引っぺがしました。

 そこから、私は後ろに追いやられ、二人で先頭を歩きながら激しく口論しています。


 これは、割とみられる光景だったのですが……最近はやけに苛烈になっているような気がします。

 私も混ぜていただきたい。いえ、私は攻撃しませんが。


 いつ矛先が向いてくるかとワクワクしながら二人の背中を見ていたのですが、その隣にエレオノーラさんが歩いてきました。


「しかし、エリクさん。あなたはいつもこんな命令を受けていたのですか? レイ王は悪なのでは……?」


 なんだか恐ろしいことを呟いています。

 エレオノーラさんは、最近は私が一身に引き受けているのでマシになってきたようですが、苛烈な加虐性の持ち主です。


 そんな彼女も、罪のない人をその対象にするのは良くないと考えていたので、悪と判断した者に苛烈な罰を与えていたのですが……レイ王が悪認定されれば、どのようなことになるのでしょうか?


「いえいえ。私の故郷のためですから。そう言えば、以前の王都での魔物の騒動……エレオノーラさんは大丈夫でしたか?」


 私は答えながらも、気になっていたことを聞きました。

 今回の魔物討伐で思い出したのですが、以前私も会うことすらできなかった王都で大暴れしたとの魔物……いったいどのような魔物だったのでしょうか?


 あまり強くない魔物でしたら、私も納得させることができるのですが……。


「ええ。ワイバーンだったのですが……無実の民を襲う悪でしたので、処分しました」


 ワイ、バーン……?

 私は愕然としてしまいました。


 あのドラゴンに似ているような存在……? それが、王都にいたのですか?

 ……どうして私が行く前に討伐されてしまったのですか!!!!


 まあ、エレオノーラさんとガブリエルさんを相手にすれば、殺されるのは理解できるのですが……それでも、頑張ってほしかった……!!

 私が涙を流しかけながら肩を震わせていると、後ろからふわりと抱き着く人がいました。


 首に回された褐色の腕……そのまま首を絞めていただいて構いませんが。


「ねえねえ、あたしの心配はしてくれないの? エリクくん」

「もちろん、ガブリエルさんも心配でしたよ」


 頬に頬をこすり付けてくるガブリエルさん。当たって潰れていますよ、胸。

 ガブリエルさんよりもワイバーンの心配をしていたのですが……。


「えへへー。まあ、ワイバーン程度なら大丈夫なんだけど。ね、騎士ちゃん」

「…………」

「また無視されちった」


 ガブリエルさんの言葉に応えることなく、エレオノーラさんはスタスタと歩いて行ってしまいました。

 その対応も慣れているのか、ガブリエルさんは軽く舌を出して笑います。


 ……お二人も仲がよろしくないですよねぇ。

 ミリヤムとデボラ、エレオノーラさんとガブリエルさん……ふっ、火薬がいっぱいで嬉しいです。爆発しませんかね?


「しかし、きな臭くなっておるのぉ。最近、王都の人間のお主を見る目も随分と剣呑なものに変わってきておるじゃろ」

「ええ、そうですね」


 アンヘリタさんも近寄ってきて、話しかけてきます。

 彼女が私たちに付き合うかは本当に気まぐれで、今回ついてきたのも久しぶりなくらいです。


 というのも、アンヘリタさんは人間全体を軽く見下している節がありますし、人のために力を使うということも微塵も考えていませんので、それも当然でしょう。

 レイ王に従う理由もありませんしね。


 そんな彼女の言う通り、今の王都は何とも素晴らしいことになっていました。

 私のことを賞賛してくれていたよろしくない街だったのですが、最近は私に対して懐疑的……はたまた、怒りや憎悪のようなものも向けてくれる人が出てきているのです。


 未だに直接的な被害はあまりありませんが、今まで好意的だった人が反転して冷たくなるとか……快楽を禁じ得ませんねぇ……。


「なんか酷い噂が出回ってるみたいだしねー」

「エリクさんの悪口を言う……悪ですか?」


 ガブリエルさんもエレオノーラさんも食いついてきます。

 というか、エレオノーラさんの悪判定緩くなってきていません? 加虐性が暴走しかけていませんか?


「まあ、そう気にすることはない。もし、奴らが本格的にエリクを追放しようとしたら、儂の住処に来るといい。あの人も、お主ならば歓迎してくれるじゃろう」

「えー。それだったら、アマゾネスの街に来ればいいよ。妹たちも喜ぶだろうし」


 両腕にアンヘリタさんとガブリエルさんが抱き着いてきて、とても嬉しいことを言ってくれます。

 ですが、ドM的には放逐してくれた方が嬉しい……!


 また、柔らかな胸に挟むなどよりも、そのまま腕をへし折っていただけた方が私的には……。


「おーい、エリクー!」


 そんなことを考えていると、前方を歩いていたデボラから声がかけられます。


「どうしましたか?」

「ガキンチョが倒れてるー」


 えぇ……? この辺りに、村とかありましたっけ?

 疑わしげに前方を見れば、確かにそこには子供らしき人影が草むらに倒れており、ミリヤムが早速駆け寄っていました。


 どうしてこんな所に……と考えていたところ、私のドMセンサーが反応を見せました。

 これは……行かざるをえませんねぇ……。


 そう言って、嬉々として子供の元に赴こうとする私を、エレオノーラさんが止めます。


「エリクさん、気を付けた方がいいかと。こんな場所に、子供が一人でいるのはおかしいです」


 エレオノーラさんの懸念は、まさにその通りだと思います。

 近くに村はないし、子供が一人で来られるような場所ではないはずです。


 とすると、考えられるのは、子供を使った罠かもしれません。

 たとえば、山賊などが子供を餌にして、助けに来た善良な者を食い物にする……というものです。


「それでも、本当に困っていたら大変ですから」

「あ……」


 そんな状況があり得るのであれば、私が止まることなんてありえません。

 エレオノーラさんの静止を振り切り、子供の元に向かうのでした。


「そういうところあるよね、エリクくん」

「じゃが、そういうところが好きなんじゃろ?」

「……知りません」


 後ろでの会話は聞き取れませんでしたが、私に対する罵詈雑言であると嬉しいです。

 そんな希望を持ちつつ、すでに子供の状態を見ていたミリヤムに問いかけます。


 この子も優しいですねぇ……。


「ミリヤム、その子の容体は……」

「……外傷はない。ただ寝ているだけだと思う」

「変なのー。こんな所で寝ていたら、魔物か賊に襲われて大変なことになるのに」


 ミリヤムがうかつに回復魔法を使うわけにはいきませんから、ただ身体を確認しただけですが……そうですか、良かった。

 私が痛めつけられるのは大歓迎ですが、子供が苦しんでいるのはあまり見たくありませんから。


 そんな子供の一人であるデボラは、不思議そうに首を傾げていました。

 まあ、そこは私も気になります。


「ん……」


 都合の良いことに、子供が目を覚ましました。

 うっすらと目を開け、キョロキョロと辺りを見渡しています。


 ……しかし、なんというか黒という印象が強い子供ですね。

 肌はガブリエルさんのような褐色にもなっていませんが、髪や目、そして何よりも衣装が黒いです。


 彼女はひとしきり見渡した後、私の顔をじっと見始めました。

 とりあえず、怖がらせないように笑顔を浮かべます。


「初めまして。私はエリクと申します。あなたのお名前は? お父さんやお母さんは、どこに?」

「……わからない」


 最低限のことを聞いてみると、子供はそう言いました。

 首を傾げ、嘘を言っている様子もなく。


「名前も、親も、わからない」


 うーん……ドMセンサーがビンビンに反応していますねぇ……。




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