第百七十七話 謀略
ユリウスはヴィレムセ王国の王都のカフェで、のんびりと飲み物を飲んでいた。
そんな彼の隣のテーブルに座るカップルが話していた。
「この前、大変だったわよね」
「ああ。いったい、どうして王都に魔物が現れるんだ? ここの良いところは、魔物の脅威に怯えなくて済むというところだけだったろうに。これじゃあ、良いとこなしだぜ。普段偉そうな騎士様たちは何してんだ」
二人の会話の内容は、やはりつい先日起きた王都での魔物出現騒動である。
絶対に安全だとされていた王都に、人間に仇為す魔物が唐突に現れたことは、今までの常識がひっくり返されることになるので多くの人々の話のタネになっていた。
しかも、ただ現れただけではなく、実際に建物の損壊や人の死亡などの被害も出ている。
これ以上に話をするようなことがあるだろうか?
「それもそうだけど……この騒動の原因、他にあるみたいよ」
「ん? 何だ、そりゃ」
こそこそと話してくる女に、男は不思議そうに首を傾げる。
魔物を駆除する騎士たちが怠慢だったからこそ、今回のような騒動が起きたのではないのか?
「ほら、天使教とかいうのが前騒いでいたでしょ? あの時に、勇者様のパートナーが半魔って言われたじゃない」
「あ、ああ……そんなこともあったな」
女に言われて、男はふと思い出す。
王都の中でも人けの多い場所で、勇者たちと天使教徒たちが言い争いをしたことが、つい先日あった。
その時に暴露されたのが、いつも勇者の隣に侍っていた女が半魔……つまり、人間と魔族の間に生まれたハーフであることだった。
魔族と長年敵対関係にあった人間からすれば、やはりそういう魔の血をひくものは恐怖の対象であると同時に差別の対象にもなる。
汚い。そう思う者だって、多いはずだ。
「……あの半魔が原因だって言う人も多いわよ」
「そ、そうなのか!?」
ぎょっと目を見開く男。
しかし、何をもって原因だとするのか。
「魔が魔物を惹きつけた、ってか? で、でもよ、そんなことありえるのかよ……」
「わからないわよ、そんなの。ただ、噂があるっていうのは事実だもの」
女が別に、そう思っているというわけではない。
だが、王都に住む人々の間では、この推測は持ちきりであった。
何か、理由がほしいのだ。批判の対象が欲しいのだ。
その槍玉となっているのが、どういうわけか勇者のパートナー……ミリヤムであった。
「……半魔を庇った勇者様も、やっぱりレイ王と変わらないんじゃっていう噂も」
「う、ううん……」
それと同時に、彼女を大切に扱っている利他慈善の勇者エリクに対しても、疑惑の目が向けられている。
いや、もはや疑惑を越えて、怒りを覚えている者だっている。
今回の魔物騒動で、大切な人を殺されたり物を壊されたりした者たちである。
彼らは、どうしようもない怒りの吐け口を求めているのだ。
愚かなことかもしれない。だが、人間の精神というものは、案外脆くて弱いものなのである。
たとえば、そんな精神的苦痛を悦びに変えられるような変態ならまだしも、普通の人々には無理な話である。
だからこそ、王都ではこのような噂が持ちきりなのだが……。
「で、でもよ、俺たち今まで散々勇者様に助けられただろ? お前だって、暴漢に襲われた時勇者様が身体を張って助けてくれなきゃ……」
しかし、男はここで冷静に立ち止まることができた。
それは、彼の大切な人が、勇者に助けられた経験があったからである。
「……うん。勇者様、私を庇って刃物を突き立てられたんだよね……」
女もそう言って思い出す。
目の前の男と会うために歩いていて、暴漢に襲われた時のことを。
刃物を突き付けられ、恐ろしくて震えていた時に、利他慈善の勇者が助けに来てくれた時のことを。
その際、彼は女の代わりに刃物をその身体で受け止め、血を流してしまったのである。
それでも、彼は笑って、『大丈夫ですか?』と聞いてきたのだ。
赤の他人のために、あんな身体を張ることができる人はいないだろう。
「そ、そのことを考えると、だ。やっぱり、勇者様があの王と同列ってのはなぁ……」
「……そうね。私も家を壊されたから、ちょっとおかしくなっていたみたい。いくら半魔を庇ったからといって、勇者様まで責めるのはお門違いよね」
エリクと関わったことのある者は、こういう考え方に至る者もいるだろう。
だが、ミリヤムへの評価は以前厳しいものだった。
というのも、彼女はエリクと違って直接民を助けるようなことがなかったからである。
とはいえ、ミリヤムの回復魔法は対象に耐えがたい激痛を与えてしまうため、やりたくてもエリクのようなドMでないとできないのだが。
「まあ、その半魔って子が原因かもわからねえしよ……」
「ただ、噂は確実に王都中に広まっているし、勇者様を見る目も変わってきているわよ」
「……まあ、仕方ねえかもな。やっぱり、今まで通りにはいかねえよ」
そう言って、二人のカップルは席を立つのであった。
そんな彼らの会話を聞いていたユリウスは、笑みをこらえきることができなかった。
「くっ、くくくっ。想像していた通り……いや、それ以上の効果が出ているようでなによりだ」
その噂を流したのは、もちろんユリウスであった。
あの騒動が起こっている中、わざわざ色々な人に聞こえるように大声で話した甲斐があったというものだ。
「勇者はそういう評価を気にするような男ではないと思うが……味方よりも敵を増やした方がいいし、味方でも疑心暗鬼になっていてくれれば、動きを制約できる」
エリクを足止めしてくれるのであれば、ユリウスにとってはメリットしかない。
彼が敵対してきたら、それこそ負けることはないだろうが、ミリヤムの回復魔法もあれば非常に厄介だ。
「さて、後は『救国の手』を動かすだけだな。奴らも大分勢力としては衰退してきているし、ここで一か八かの大勝負に出てもらおう」
ユリウスもそう言って席を立つ。
未だ暗い空気の漂っている王都の中を歩きながら、ブツブツと呟く。
「悪いな、ヴィレムセ王国。俺のため……あの黒い女を呼び寄せるため……」
恨みはない。
だが……。
「――――――滅ぼさせてもらう」
ヴィレムセ王国に、危機が迫っていた。
第五章 魔の血編はこれで終わりです。
次章で最終章となりますので、最後までお付き合いいただければと思います!
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