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第百七十六話 これからもよろしくね

 










「ふー……」


 エリクは剣を引き抜き、命を落としたジルケを優しく地面に横たわらせた。

 自分を痛めつけてくれた素晴らしい人を、死後も辱めるようなことはする気はなかった。


 辺りを見渡せば、押し入ってきた天使教徒たちは完全に沈黙、無力化されていた。

 では、王都の魔物はどうだろうか?


 エレオノーラとガブリエルが赴いているという時点で望みは薄いが、しかしそれでも……。

 エリクの性癖は心臓を破壊されて焼かれたというのにもかかわらず、未だ貪欲に快楽を求めて行動しようとしていたのだが……。


「エリク!」


 ミリヤムが飛びついてきたことによって、彼の考えは一時停止に追い込まれる。

 優しく抱き留めて、彼女を見下ろす。


「ミリヤム……大丈夫でしたか?」

「私は全然……。でも、エリクは……」


 ミリヤムの心配そうな視線を受けて、エリクは不敵に微笑む。


「ふっ、私も大丈夫ですよ。ミリヤムさえいれば、私は死にません」


 自身の不死スキルと、ミリヤムの回復魔法。まさに、永久機関のようであった。

 自己回復ができないエリクは、それこそ四肢をもがれてそのまま放置されてしまえば、死ぬことはないが何もできずに死んだも同然の状態にされる。


 それを補うのが、半魔ということもあって卓越した回復魔法を扱うことができるミリヤムなのである。


「でも、良かったです」

「なにが?」


 エリクが突然おかしなことを言うので、首を傾げて尋ねる。

 すると、小さな子に何かを教えるような温かい表情で、彼は言った。


「あなたがジルケの言葉に踊らされて、自ら行かなかったことですよ」

「あ……」

「私のことを信じると言ってくれたこと、嬉しかったですよ」


 倒れながら回復魔法を使われていた時、エリクは意識があったのだ。

 代償の激痛によって、快楽の渦にはいたのだが、やはりミリヤムは心配だったので意識は残しておいたのである。


 あの場で、ミリヤムがジルケの元に行っていたら……傷つくチャンスとして飛びあがっていただろうが、もしあの場で即刻処刑ということになっていれば目も当てられないことになっていただろう。


「……ううん」


 ミリヤムは首を横に振って、彼の顔を見上げる。


「私の方が、嬉しかった」


 ミリヤムは感謝の言葉を続ける。


「天使教から私を守ってくれて……」


 宗教……とくにカルトであった天使教は、その数こそ少なかったものの、敵に回せば狂信さから非常に面倒な相手であることは明白だ。

 実際、異端審問会から暗殺者も差し向けられたのだから、その強行性と敵対心には恐るべきところがあった。


 そんな彼らを、自分のために敵に回し、一歩前に出てミリヤムに背中を見せながら守り抜いたエリクに感謝を。


「王都の人たちからあんな目で見られても……」


 ジルケに野次馬が多くいる前で自身が半魔であることを暴露された。

 昔は魔族との激しい戦争もあったため、やはり魔族に対する印象というものは非常に悪い。


 そのため、今まで勇者パーティーとして好意的だった国民たちからの目も、懐疑的なものへと変貌してしまった。

 一度受けた良い評価が反転することは、人は恐れてしまうものである。


 保身に走り、人を売っても不思議ではない。

 しかし、エリクは決してミリヤムを天使教に差し出そうとはしなかった。


「ボロボロになって死にそうなほどの苦痛を味わっても……」


 要求を撥ねつけたため、天使教の荒事専門である異端審問官が差し向けられた。

 その戦いでも大きな傷を負ったが、司教ジルケとの戦いでは心臓を破壊され全身を焼かれもした。


 他人のために、そこまで戦える人がどれほどいるだろうか?

 その希少性が理解できているからこそ、ミリヤムはエリクに伝えきれないほどの感謝と親愛を感じているのである。


「私を、守ってくれた。ありがとう、エリク」


 その笑顔は、今まで誰も見たことがないような、ミリヤムの心からの笑顔であった。

 ただ、見ているだけで笑顔になれるような、そんな温かくて優しい笑顔。


 エリクも笑みを返す。


「いえいえ。いつも、私があなたに助けられていますから。その恩が多少返せたのであれば、それ以上のことはありませんとも」


 どこまでも謙虚。

 その態度に、ミリヤムの胸は強く締め付けられた。


「エリク……」


 もともと近かった身体を、さらに密着させる。

 着やせする胸が、彼の身体に当たって潰れる。


 このように身体を預けることは恥ずかしいが、エリクにならすることができた。


「ミリヤム?」


 しかし、そんな魅惑的な感触を受けても、こじらせた性癖(ドM)のエリクは情欲を抱くことはなかった。

 その澄ました態度にムッとしながらも、ミリヤムはつま先を立たせる。


 エリクの身長は高い方なので、これでもなかなか届きづらい。

 だが……。


 プルプルと爪先立ちで脚を震えさせながらも、ミリヤムは少しだけ尖らせた瑞々しい唇をエリクの顔に近づけていき……。


「…………」


 間近で自分たちをガン見している女たちに気づいて、身体を凍りつかせた。

 ギギギ、と作りの悪い人形のように首を動かせば、興味津々といった様子で見つめてくる女たち。


「続けて、どうぞ」

「…………」


 その代表であるガブリエルが、手を差し出してきてそんなことを催促してくる。できるか。

 というか、王都に行っていたのにもう戻って来たのかと驚愕する。


 やはり、魔物といえどもガブリエルとエレオノーラにかかればあっけなく処分されてしまったのだろう。

 エリクは悲しんだ。


「あ、次はあたしね、エリクくん。ただ、皆に見られるのは恥ずかしいから、夜に二人きりで……」

「不潔です」

「儂の教えた房中術、ちゃんと使うんじゃぞ」

「おい、さっさと離れろよ腰ぎんちゃく」

「……はぁ」


 頬に手を当ててくねくねと身体を曲げながら言うガブリエル、冷たい顔をしながらも目は興味ありげなエレオノーラ、余計な老婆心を向けてくるアンヘリタ、明確に敵意を露わにしているデボラ。

 そんな彼女たちを見て、ミリヤムは一つため息をつく。


 邪魔をされたことは腹立たしいが……しかし、この賑やかなものも嫌いではなくなっていた。

 ただし、デボラは除外する。


「これからもよろしくね、エリク」


 そう言ってエリクを見上げたミリヤムの笑顔は、とても可愛らしいものだった。




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