第百七十四話 ドM、飛翔
ゴポっと血を吐き出すエリク。
その目に光はなかった。
全身から力を抜いて、ふらりと倒れこんでくる。
「……汚い」
ジルケはそんなエリクを蹴り飛ばし、槍を引き抜く。
異教徒の血なんて、ばっちくて触れる気にならない。
聖槍に付着していることも、気持ちが悪いくらいだ。
ビュッと振るって血を払う。
「さて、もう私を邪魔する者はいませんね。では、半魔と王族……ここで死んでください」
そう言って、ジルケは『ザッパローリ』を構える。
本当は一人ずつ、ゆっくりと苦痛を与えて公開させてから殺してやりたいのだが、どうにもエリクとの戦いで疲労してしまった。
それに、天使教徒で騎士団を抑えているが、それだっていつまで持つかわからない。
実力的には騎士たちの方が明らかに上なのだから、勢いで誤魔化せている今しかチャンスはないのである。
ユリウスの協力によって、主力が王都に出ているが、いつそれが戻ってきてもおかしくはないのだ。
だからこそ、まとめて消し飛ばし、短時間で決着をつけよう。
「天使様のお力、お貸しください!」
構えた槍の先端に、光が集まる。
それは、見るだけで破壊力がありそうな確かなものであった。
「僕の爆発と、どっちが強いかな?」
一方、デボラも受けて立つ様子を見せ、ニヤリと不敵に笑っていた。
彼女から魔力の風が吹き荒れ、収束を開始する。
その爆発は、エリクをニヤニヤさせてしまうほどの威力を秘める。
「何をしようと、私と天使様の光は全てを打ち払う!!」
しかし、やはり完全にコントロールができていないデボラと、寿命を減らすことも受け入れて力を振り絞るジルケでは、後者に優位性があった。
また、爆発なので、デボラが十全に力を発揮できないということもあった。
そして……。
「こ、この美味しい展開……逃してしまうわけには、いきません……っ!!」
心臓を貫かれ、スキルがなければ死んでいるのが普通のエリクもまた、ズリズリと地面を張って血の跡を残しながら動こうとしていた。
今でも腰砕けになってしまうほどの苦痛と快楽を味わっているのだが、あの『ザッパローリ』の光はとても魅力的だ。
ドMとして、是非一度味わっておかなければならないだろう。
「くたばれ、異教徒!!」
ジルケの勝ち誇った笑みと共に、『ザッパローリ』から破滅の光が放たれた。
寿命を削るほどの代償を支払った分、その威力は凄まじく、数人程度なら一気に巻き込んで消滅させてしまうほどの力があった。
デボラの爆発でなんとか霧散させることができるかという問題であったが……。
「とぁっ!!」
心臓を貫かれた瀕死のドM、快楽のために跳ぶ。
「なっ!?」
「エリク!?」
光を放ったジルケも、背後に控えるミリヤムやデボラも、皆驚愕してその瀕死の男を見る。
性欲は全てを超越する。
それを体現しているエリクは、光の射線上に身を躍らせ……。
「ぬぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
歓喜しながら剣で光と拮抗し始めたのだ。
バチバチ! と凄まじい音を立てながら、果敢に渡り合う。
「ば、馬鹿がっ!! 瀕死のお前に防ぎきれるわけがないだろう!! そのまま炭になって死ね!!」
ジルケは一瞬焦るが、すぐに平常心を取り戻す。
どう考えたって、エリクが防ぎきれるはずがなかった。
そのまま、エリクも飲み込まれて後ろにいる半魔と王族も飲み込まれる。
それで、終わりだ。
だが……。
「ぐぅぅぅぅぅぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
出来る限り長くこの苦痛を味わいたいと願うドMの力量を、ジルケは見誤っていた。
もはや、これは技術で拮抗させているのではない。
単に精神力で……もっと痛みを味わいたいという卑劣な願いによって、エリクの身体は耐え続けたのである。
とはいえ、聖具の光をただの剣で防ぎきれるはずもない。
エリクの身体は焼け焦げていく。
剣を持つ腕はもちろん、弾かれた光が逸れて彼の顔や身体を焼いていく。
人の身体が焼ける嫌な音と匂いを感じ、その苦痛を味わうエリクは身体をビクンビクンさせていた。
しかし、それでも彼は光をその身体で受け止め続け……。
「がっ、は……っ」
満足したように微笑みながら、彼は地面に落ちて行った。
その身体は炭化している部分が見て取れたが、だからこそご満悦である。
「エリク!!」
「……エリク、すっご」
ミリヤムはすぐに彼の元に駆けよるため降りていき、デボラは自身の忠節の騎士に思わず感嘆の言葉を漏らしてしまう。
しかし、何よりも驚愕していたのは……。
「そ、そんな……。私と天使様のお力が……防がれた……?」
呆然としているのはジルケである。
あの攻撃で、間違いなく半魔と王族を滅ぼすつもりだった。
それを、心臓を貫かれて瀕死の男が、防ぎきった……?
「死にぞこないが……っ!!」
ジルケは鬼のような形相を見せる。
光を失った『ザッパローリ』を携えて止めを刺す。死んでいれば死体を損壊する。
そんな思いで脚を踏み出そうとしたのだが……。
「かはっ……!?」
軽く吐血する。
塊のような血を吐いていたエリクよりはマシだが、それでも吐血するということは身体の内部に深刻なダメージがあるということである。
それは、聖具の力を使った代償であった。
それこそ、聖具を扱う適性などがあればいいのだが、ジルケはそれがないのに無理やり使用している。
そのため、身体にかかる負荷も大変なものなのだ。
激しくエリクと白兵戦を繰り広げ、聖盾『ソラス』をも使い、聖槍『ザッパローリ』の光線まで使用した。
もはや、ジルケ自体も限界であった。
「エリク……!!」
止めをさすことができなかった間に、ミリヤムが到着してエリクに回復魔法をかけ始める。
ビクンビクンさせている彼の身体は、みるみるうちに治っていく。
「…………ッ!」
これはマズイ。体力などは回復しないとはいっても、エリクが再び戦うことができるようになれば、劣勢に追い込まれるのはジルケの方である。
だから……。
「あなたのせいですよ、半魔」
彼女はミリヤムを揺さぶることにした。