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第百七十三話 聖具の力

 










 ジルケの持つペンが光り輝き、それが収まってくるとその形状がようやく見えてくる。

 先ほどまでの小さなものではなく、彼女の背丈と同じくらいの長さに伸びていた。


 そして、棒の先には人を傷つけるための刃がつけられていた。

 それは、ペンではなく槍に変わっていた。


「聖槍『ザッパローリ』……天使様のお力の込められた、素晴らしき聖具です」

「聖具……」


 ミリヤムはバルコニーの上から覗き見て、自然と呟いていた。

 隣にいるデボラは、格好いい武器が出てきたと目を輝かせている。


 聖具というのは、天使の力をまねて人間が作り出した武器である。

 もちろん、その力は天使自身のそれと比べて見劣りするものではあるのだが……。


「異教徒を皆殺しにするには十分だ!!」


 そう言って、ジルケは姿が掻き消えるほどの速度で動いた。

 次に現れたのは、エリクの眼前で槍を突き出した時であった。


「ぐっ……!」


 昔のエリクならば、今ので心臓を貫かれていただろう。

 だが、彼も様々なレイ王からの理不尽な命令をこなし、さらに最近ではエレオノーラ、ガブリエル、アンヘリタとバイオレンスかつ実力の高い彼女たちを相手にし、否応にも能力を上げざるを得なかった。


 そのため、身体をひねってかすり傷を負う程度で済んでいた。

 これは、エリクの性癖もあって攻撃を受けているが、本気であれば避けることもできただろう。


「ほほう、今のを避けますか。だが、天使様のお力の前で、異教徒はどれだけ耐えられるかなぁっ!?」


 ジルケは凄惨な笑みを浮かべながら、激しい攻撃を繰り広げた。

 長くて扱いづらいであろう槍を、見事に使いこなしてエリクを攻撃する。


 その激しい槍筋に、彼は防戦一方だ。


「な、なんで……!? あいつ、あんなに強かったの……!?」

「いや、多分違うんじゃないかなぁ」


 驚愕するミリヤムに、隣のデボラがキラキラとした目を眼下の戦いに向けながら呟く。


「なんとなくだけど、あのシスターにそんな力があったとは思えないんだよね。隠していたというわけでもなさそうだし。だからこそ、騎士と戦っていたのは他の信徒だったんじゃない?」


 デボラの成長は、近時著しい。

 もともと、冒険譚に憧れのあった彼女は、エリクと出会ってから頻繁に冒険と称して旅に出るため経験も積んでいるし、彼を追ってやってきたエレオノーラやガブリエルと模擬戦などもしているため、実力は跳ねあがっている。


 なお、その模擬戦のたびに血みどろになって瀕死になるのはエリクである。悦んでいるからセーフ。


「じゃ、じゃあ、どうして今はこんなに……」

「やっぱり、あの聖具とかだと思うよ。あれ使ってから急に動きが良くなったし。天使とかわけのわからない存在を信仰する気はまったくないけど……あれ、欲しいなぁ!」

「…………ッ!」


 ミリヤムの問いに答えながら、キラキラとした目をやはり向けるデボラ。

 エリクがあの女を倒したら、聖具はもらおう。


 もし、逆に彼が殺される寸前までいったら、自身が介入して奪い取ろう。

 最近では、爆発もコントロールできるようになってきたし、ちょうどいい。


 そんなことを考えているデボラの隣で、ミリヤムは激しく武器を打ちあうエリクを見つめるのであった。


「ってか、そんなことも分からないの? 腰ぎんちゃくはダメダメだなぁ」

「ちっ」

「お、王族に舌打ち……!?」











 ◆



「まさか、あなたがこんなにも強くなるとは思っていませんでした」

「ふふっ。聖具には、かつての所有者の経験なども封じ込めることができるんですよ。以前、これを使用していた者がかなりの腕前だったおかげで、あなたのような異教徒を殺せるんです。感謝しないといけませんね」


 エリクとジルケは、激しい剣戟を繰り広げながらもそんな会話をしていた。

 もちろん、柔らかい言葉の応酬ではあるのだが、武器の扱いはお互いの命を狙った非常にシビアなもの。


 とくに、手数に勝るジルケに、エリクは防戦一方であった。


「ふふ、やはり、剣よりも槍の方が防ぎづらいでしょう?」

「ぐっ……!!」


 素早い動きで何度も突きを放ってくるジルケに、エリクは内心歓声を上げながら渋い顔を見せる。

 確かに、剣では振り下ろしや薙ぎ払いのように線の攻撃が多いために防ぎやすいのだが、槍の突きは点の攻撃である。


 やはり、こちらの方が防ぎづらかった。

 それに……。


「ぐぁ……っ!?」


 切り裂かれた皮膚から、ジュッと焼けるような音がした。

 その痛みに、エリクは嬌声を上げてしまう。


「ふふっ、どうですか? 天使様のご威光は? 異教徒の身であるならば、かなりつらいことでしょう」

「ふっ、それが良いんですよ」

「はい?」


 得意げに言えば得意げにおかしな返答があったので、思わず首を傾げてしまうジルケ。

 しかし、異教徒の世迷言だと、気にしなかった。


 そのおかげで、エリクのドM性癖は世に出ることはなかったのである。


「天使様の光は、異教徒に破滅を、天使教徒に繁栄をもたらします。ですから、これがある限り……」

「なるほど」


 ジルケの言葉の後、彼女の身体に光が包まれました。

 おそらく、魔力か体力を回復しているのだろう。


 それも、自分から奪い取ったもので。

 非常に厄介極まりない聖具だ。


「さあ、さっさと死ね、異教徒!! お前の次は、半魔……そして王族だ!!」


 ジルケは豹変し、苛烈にエリクを責めたてる。

 高速の突きは、次々に彼の身体を傷つけて出血を強いる。嬉しい。


「ぐぅぅっ!!」


 この距離では槍の独壇場だ。

 そう判断したエリクが多少の傷を受けることを覚悟の上で、一歩踏み出すと……。


「甘いです」

「ぐがっ!?」


 ニッコリと笑ったジルケは槍を回転させ、尻の部分でエリクの顎を打ち上げた。

 口の中を切り、血が流れる。


 それと同時に脳を揺らされ、視界がぐらぐらと安定しない。


「では、もう一度」

「がはっ!?」


 ふらふらとしているエリクの顔面に、再び石突で顔面を横殴りにされる。

 骨にひびが入っただろう、少し経てば腫れ上がることは間違いなかった。


 二度も頭部に大きなダメージを受けて、もはや満身創痍になってしまうエリク。


「さようなら、利他慈善の勇者。あなたが半魔などを庇わなければ、良い関係が築けたでしょう」

「うっ……」


 ジルケは嘆かわしそうに言って、容赦なくエリクの腹部に槍を突き刺したのであった。


「あぁ……っ!?」


 悲痛な声を漏らすのはミリヤムだ。

 デボラも、ここに至っては面白くなさそうだ。


 エリクの腹部を貫通し、彼の身体を突きぬけて穂先は血に濡れていた。

 これで、勝負はついた。


 ――――――普通の人間ならば。


「ぐっ、おぉぉぉぉ……っ!!」

「なっ……!?」


 エリクは強く歯を噛みしめる。

 歯の間から血がこぼれ出てくるが、それを気にする暇はないほどの痛みと快楽を味わっていた。


 そんな彼が、腹に槍を突き刺したまま一歩前に進んできたのを見て、ジルケは初めて驚愕と焦りの表情を浮かべた。


「な、なんて馬鹿なことを……!?」


 腹に槍を突き刺したまま、それでも前に進もうとする馬鹿がどこにいるだろうか?

 しかも、ズリズリと槍がめり込んでいくのだから、その苦痛は計り知れない。


 さらに、聖槍なので、傷口が焼けるような付加ダメージもある。

 ポタポタとこぼれる血が、下では水たまりのようにすらなっていた。


 口から血を吐き出しながらも、それでも笑って迫ってくる男。


「『狂戦士(バーサーカー)』……」


 エリクの異名の一つを呟くジルケ。

 その直後、彼は彼女に剣が届く距離にまで接近することに成功していた。


「……その精神力だけは褒めてあげますよ、異教徒」

「恐縮です。しかし、これ以上の怪我を何度も負っていますので」


 エリクはそう笑って、剣を振りあげる。


「それでは、ありがとうございました」


 振り下ろされる剣は、確実にジルケの頭をかち割ろうとして……。

 バチッ! という強い音と共に弾かれたのであった。


「なっ……!?」


 愕然とジルケを見るエリク。

 当たるはずであった彼女の頭部には、何やら光る壁みたいなものが出来上がっていた。


「聖盾『ソラス』。万が一ということを想定して持ってきていましたが……まさか、使う羽目になるとは……」


 キラキラと光りに反射して光る壁は、すぐに砕け散ってしまった。

 もはや、役割は果たしたということだろうか?


「……聖具は一つじゃなかったんですね」


 エリクは汗をたっぷりとかきながら問う。

 腹の痛み、そしてこの絶望……ドMからすれば素晴らしき状況であった。


 そんな彼に、ジルケは慈愛に満ちた優しい笑みを向ける。


「本来は一つしか使わないものなんですよ。天使様のお力は強力ですから、その分使用者に負担も強いますしね。私も、おそらく寿命を大幅に減らしているでしょう。しかし……」


 ジルケはエリクの腹から槍を引き抜く。

 腹部に刺しても死なないのであれば、攻撃する場所は限定される。


「天使様のために戦って死ねるのであれば、本望!!」


 ジルケは凄惨な笑みを浮かべ、槍を振りかぶる。


「さようなら、勇者」


 そして、彼女の振り下ろした槍は、エリクの心臓を貫くのであった。




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