第百七十一話 要求
レイ王のいるであろう玉座の間に走る私とミリヤム。
通りすがりに会うのは、あわただしそうに動く騎士たちばかりです。
くっ……! 急いで許可をもらわなければ、王都に現れた魔物が消えてしまう!
まだ痛めつけてもらっていませんので、それは困ります!
その一心で走り続けて……。
「お待たせしました!」
ついに、玉座の間にたどり着きました。
そこには、レイ王はもちろん、彼の忠節の騎士である宰相と、彼の娘であるデボラがいました。
オラース王子は、おそらく王都の外に出ているのでしょうね。
彼は山の如く動かないレイ王の代わりに、精力的に民のために活動していますから。
そして、私を出迎えたレイ王は……。
「おお、遅かったな、勇者よ。処刑していい?」
まさかの開幕処刑宣言。ふっ、流石はレイ王、私の悦ぶことを理解していらっしゃる……。
というよりも、自分より娘と仲良くしていることにまだ怒っているのでしょうか?
年頃の娘と一緒にお風呂に入ろうとすることがダメだと思うのですが……。
「パパ、ダメだって言ってんじゃん」
「す、すまん、デボラ」
無表情で冷たく言われて、レイ王は汗を垂らしながら謝罪します。
この王が謝罪するなんて、それこそデボラ以外にはありえないのではないでしょうか?
「あの……私たちも王都の魔物の討伐に向かってもよろしいでしょうか?」
とりあえず、騎士たちに倒される前に現場に赴きたい私は、そう尋ねました。
「うむ、そのまま死んでくれるとワシは嬉しい」
「えぇ……」
許可をいただくことはできたのですが、レイ王の私に対する殺意が溢れ出しています。
不死スキルがあるので死のうと思っても死ねないのですが……。
私は嬉しいのでいいのですが、ミリヤムがピクピクとし始めているので、さっさとレイ王の前から消える方がよさそうです。
「まあ、お前の力はもう必要ないかもしれんがな。騎士団を派遣しているし……それに、断罪騎士とアマゾネスの元女王も向かっておったわ」
なん……ですと……!?
私は愕然としてしまいます。
騎士だけでなく、あの卓越した戦闘能力を誇る彼女たちが、すでに王都に……!?
エレオノーラさんは騎士ですから、困っている民を助けんとして向かったのでしょう。
ガブリエルさんは面白そうな戦いがあったので突っ込んで行ったのでしょう。
アンヘリタさんは……人間を軽く見下している彼女は、魔物に襲われている民を見てもなんとも思わないでしょうし、戦闘狂というわけでもないのでどこぞで見物でもしているのでしょうか?
しかし……くっ! 本当にもう終わってしまっている可能性が高いですね……私、がっかりです……。
「では……」
とりあえず、王都にはいきますが……どうせ、もう終わっているでしょうね。
はぁ……残念です……。
そんなことを考えていると、ビクンビクンと私のMセンサーが反応を見せました。
なっ……!? この反応の大きさは……近くに私を虐げてくださる何かがある……!?
私は全ての五感を敏にして、その所在を突き止めようとします。
『な、何だ貴様ら!?』
『ここをどこだと思っている!? 国王陛下のおわす王城だぞ!?』
『我らにそんなものは関係ない! 天使様のために!!』
そして、耳に届いてきたのはそのような怒鳴り声と戦闘音でした。
こ、これはまさか……!!
『レイ王!! この災厄をもたらした王よ、出てきなさい!!』
最後に、私以外にも聞こえるような大きな女性の声で、確定しました。
「まさか……」
「ほほう」
ミリヤムは天使教が関連していると思い至って顔を青ざめさせ、レイ王は面白そうに顔を歪めました。
隣にいるデボラも似たような笑みを浮かべていることから、やはり二人は親子なんだなぁと思いました。
「陛下、ここは私が……」
レイ王の忠節の騎士である宰相が、脚を踏み出します。
声はかなり近くから聞こえてきましたから、流石に無視をするわけにはいかなかったのでしょう。
おそらく……王城の前の広場でしょうか?
しかし、レイ王は愉快そうに笑いながら首を横に振りました。
「いや、良い。呼ばれておるのはワシだ。行ってくるとしよう」
「き、危険です!!」
レイ王が玉座から立ち上がると、宰相がそれを抑えようとします。
……レイ王ってこんなに肝が据わっていたんですね。
まあ、これほど心臓に毛が生えていないと、国民から割と嫌われている王なんてできませんよね。
「なに、バルコニーから見れば距離もあるし、勇者を盾にすることもできる」
私を肉壁扱い……! それが良い……っ!!
ナチュラルに私を盾にしようとするレイ王の考えに感服です。
「それに……こんな面白いことは初めてだしな」
ニヤリと笑うレイ王の顔は、かなり獰猛でした。
◆
レイ王を先頭にして私たちがバルコニーに出ると、外では騎士団と天使教の人々の衝突が起きていました。
王都に現れた魔物を討伐するために主力が抜けた騎士団と、天使のためならば命を捨てることに何ら躊躇しない天使教徒たち。
実力的には前者が圧倒的なのでしょうが、勢いや心構えは明らかに後者が優位です。
そのため、拮抗したいい勝負になっているようです。
そして、そんな彼らの争いの中心にいるのに巻き込まれずに余裕の笑みを浮かべているのは……天使教司教のジルケでした。
「お初にお目にかかります、レイ王」
彼女はバルコニーに現れた私たちを視認すると、ミリヤムと私をチラリと見てからレイ王に頭を下げました。
それを、面倒くさそうに受けるレイ王。
「ここに押し入ってきておいて、今更何をかしこまっているのだ。ほれ、何かしらの要求があるんだろう? 言ってみろ」
「では……天使教ヴィレムセ王国担当司教のジルケ、要求を言わせていただきます」
簡単な自己紹介をして、ジルケはジロリとミリヤムを見据えます。
「そこの半魔の身柄の引き渡し、および……天使教の国教化を要求します」