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第百七十話 阿鼻叫喚

 










「もう大丈夫なの、エリク?」


 すでにベッドから抜け出して衣服を着替える私に、ミリヤムが心配そうに尋ねてきます。

 私は彼女に笑みを浮かべて、大丈夫であることを示します。


「ええ、心配ありません。私の不死スキルと、ミリヤムの回復スキル。これがあれば、私は常に万全です」


 異端審問官との戦いの傷は、もうとっくに治っていました。

 デボラに爆発で吹き飛ばされて、悪化しましたが。


 ふっ……流石私の主、ツボを分かっていらっしゃる……。

 治りかけという希望を打ち砕く爆発……見事でした。


 私もビクンビクンですよ、王女。


「また天使教が襲ってくるかもしれません。嫌かもしれませんが、できる限り私と一緒にいてくださると幸いです」


 天使教はミリヤムを見逃さないでしょう。

 であるならば、彼女と共にいれば、その分身体を張る機会も多くなるはずで……。


 彼女を守るためにも、私が快楽を得るためにも、まさに一石二鳥です。

 優しいミリヤムがそのことを考えて嫌がらなければいいのですが……嫌がってもストーカーばりについて行きますがね!


「ううん、嫌じゃない。分かった、ずっと一緒にいる」


 ずっと……?

 なんだか引っ掛かる言葉もありましたが、素直に頷いてくれてなによりです。


 私とミリヤムが笑みを浮かべあっていると……。


「……何だか騒がしくないですか?」


 なんだか外があわただしいように感じました。

 基本的に、王城は静かなのですが……。


 これは……ドMセンサーが反応している……!?


「さあ? また王女様が爆発でもしたんだと思う。どうでもいい」


 冷めた表情でそんなことを言うミリヤム。

 デボラも最近はだれかれ構わず爆発をしなくなっているようですが……。


 ミリヤムはこう言いますが、ドMセンサーが反応している以上、関わらないわけにはいきません。

 私は扉を開けると、通りすがりに知っている顔を見つけました。


「アルフレッドさん!」

「おぉっ、エリク殿! お久しぶりです」


 脚を止めてこちらに好意的な笑みを見せてくれるのは、デボラとダンジョンに行ったときに護衛としてついてきていた王国騎士のアルフレッドさんでした。

 うーむ……彼は騎士としては私に好意的であまりよろしくありません。


「何やらあわただしいようですが、何かあったのでしょうか?」


 そう聞けば、アルフレッドさんは少し考えて私を見ました。


「……エリク殿ならいいでしょう。王都に魔物が現れたようなんです」

「王都に!?」


 ミリヤムが驚愕の声を上げます。

 私だって、声を出していませんが驚きはしています。


 魔物というのは、人の生活上それほど珍しい存在ではありません。

 ですが、出現した場所が問題なのです。


「警備がしっかりとしている王都に、魔物が入りこめるとは思えないのですが……」


 王都には、もちろん王族がいます。

 ヴィレムセ王国の象徴である王族がいる場所に、人間に仇為す魔物が頻繁に現れるようでは安全に欠けるので、王都の周りはほとんど魔物が出ないように駆逐されています。


 仮に出現したとしても、すぐに冒険者や駐屯している騎士が出撃して討伐してしまうでしょう。

 そのため、人の犯罪という治安に関してはそれほど良くありませんが、しかし魔物による被害のことを考えれば、王都よりも安全な場所はないほどです。


 そんな場所に、魔物が……。


「ええ、私もそう思います。しかし、一体の目撃情報だけなら見間違いで済みますが、なんと複数体の魔物が民を襲っているようなんです」

「なんと……」


 さらに信じがたい情報ですね。

 一体くらいならば見逃していたということもあるかもしれませんが、それも複数体なんて……何か大きな力が働いているとしか思えませんねぇ……。


 その牙が私に向いてくれれば言うことはないのですが……。


「実際に被害も出ていますから、我々も無視できるはずもなく……。今は、王城にいた騎士団が出撃して討伐することになっています」

「なるほど」


 騎士団……とくに、王城に詰めている彼らは非常に優秀ですからね。

 性格はアレな人が多いですが。


 彼らならば、それこそドラゴンなんて正真正銘の化け物が現れない限り対処してみせるでしょう。

 ……いつか、ドラゴンと戦いたいですねぇ。


 牙、爪、火炎……どれも素晴らしい……。


「理由や原因は分かりませんが、とにかく存在していることは事実ですから……私も出撃し、民を守らねばなりません。……まあ、そんな考えの騎士はあまり多くはありませんが」


 ばつが悪そうに顔を歪めるアルフレッドさん。

 あなたも私に厳しくしてくれればいいのですが……。


「それならば、私も力添えをさせていただきたい。良いでしょうか、ミリヤム?」

「……うん!」


 私とミリヤムは頷き合って、王都に行こうとしますが……。


「それはありがたい! のですが、エリク殿はレイ王直轄の方ですから。まずは、陛下の判断を受けなければならないのでは……」

「そう、ですね……」


 アルフレッドさんが申し訳なさそうに言います。

 確かに、離れていた場所だったならまだしも、こういう非常事態だからこそレイ王の命令を聞いた方がいいですよね。


 デボラ王女の忠節の騎士ではあるのですが、勇者という役職はレイ王から与えられたものですし。


「それでは、私たちはレイ王の元に行きます。アルフレッドさんも、お気をつけて」

「それでは!」


 アルフレッドさんは軽く頭を下げると、背を向けて走って行ってしまいました。

 くっ……! 私が出る前に魔物を刈りつくされては堪りません! 私も急いでレイ王にパシらされなければ……!!


「では、ミリヤム。行きましょうか」

「……うん」


 私がパートナーであるミリヤムに提案すれば、何だか歯切れの悪い言葉が返ってきます。

 見れば、彼女は思い悩んでいるように顔を歪めていました。


 ふっ、本当にミリヤムは優しいですねぇ……。

 私は彼女の頭に手を置いて、優しく語りかけます。


「これは、あなたのせいではありませんよ。あなたは何一つ悪くありませんし、これが仮に天使教がしたとすると、悪は彼らです。エレオノーラさんが黙っていませんよ」


 冗談めかして言えば、ミリヤムは小さく噴き出します。


「ふっ、ふふ……うん、そうだね。行こう、エリク!」


 良い表情を浮かべているので、もう大丈夫でしょう。


「ええ」


 私とミリヤムは、レイ王の元に向かって走り出すのでした。











 ◆



 王都でも高い建物の上に立って惨劇を見下ろしているのは、この騒動を引き起こしたユリウスであった。

 彼が手の中で弄んでいるのは、魔法陣の描かれた紙であった。


 しかし、もうこれを使うことはできない。


「これは貴重な魔道具だったから、もっと後で使うつもりだったが……今が使うべき時だったろう」


 特定の魔物を召喚する魔道具。

 何もない場所にいきなり召喚することができるので、使いようによっては非常に危険で有用なものである。


 今回のように、いきなり国の中心に魔物を呼び寄せることができるのだから、その重要性が理解できるだろう。

 もちろん、数もそれほど存在しないのだが、その貴重なものを今こそ使うべきだと判断した。


「ひぃぃぃぃぃぃっ!!」

「きゃぁぁぁぁぁっ! 助けてぇぇっ!!」


 眼下を見れば、魔物に襲われて悲鳴を上げながら逃げ惑う民たちがいた。

 皆顔を苦しそうにゆがめ、必死に逃げている。


「……悪いな。だが、これも俺のため……黒い女を呼び寄せるためなんだ。悪いが、死んでくれ」


 ユリウスは別に人を殺すことで快楽を得るような性癖は持ち合わせていないし、ヴィレムセ王国の民に恨みがあるわけでもない。

 だが、これは自分の長年の宿願を果たすためなのだ。


 そのためならば、何でも犠牲にして利用する。彼にはその覚悟があった。


「さて、後は勇者を陥れるための種を植えたら終わりだな」


 利他慈善の勇者……エリクにも恨みがあるというわけではない。

 同類ということもあって、もしかしたら協力し合えるかもしれない。


 だが、どうにも最後は敵対する……そんな未来しか見えなかった。

 だからこそ、ユリウスは彼を陥れるための言葉を発した。


「魔物という魔の生物が入り込んだのは、勇者が半魔をかくまったからじゃないかぁぁっ!?」


 そのあまりにも稚拙な声は、しかし恐怖と悲劇にさいなまれている民たちの心に突き刺さるのであった。




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その聖剣、選ばれし筋力で ~選ばれてないけど聖剣抜いちゃいました。精霊さん? 知らんがな~


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